3 噛みつきドルーア(5)
リーユエンは、魔法陣を操作しながら、(魔導士の人数も多すぎる。これは盗賊じゃない。玄武の刺客か?)と、疑念を抱いた。そして魔導士が反撃に遭うとすぐ攻撃をやめてしまうことをおかしいと思った。
(反撃にあったらすぐ攻撃をやめるなんて、誰かの指揮で動いているのか・・・揺動作戦か・・・狙いは、乾陽大公だっ)と、気がつき、ダルディンの姿を探した。ダルディンは、彼女から十数丈離れた場所で、大刀を振り回す黒装束の盗賊を数人まとめて、法力で吹き飛ばしていた。その姿を目にした時、視界の角にダルディンの背後に迫る人影をとらえた。
「乾陽大公、気をつけてっ」
リーユエンは警告の叫びを上げたけれど、刀を打ち鳴らす音や叫び声に紛れて届かなかった。人影は、懐から何かを取り出し、ダルディンへ投げつけようとしていた。
「ダメだっ」
リーユエンは叫び、艮の陣を発動させ、人影とダルディンの間に、地面から一気に数丈の高さの土壁を隆起させた。そして、人影へ向かって疾走した。
ドルーアは、毒薬入りの小瓶の蓋をあけ、ダルディンの背後から投げつけようとしたが、突如現れた数丈の土壁に阻まれた。
「チッ、邪魔な」と、つぶやき、小瓶を持ったまま、左手に法力を集中させ、それを一気に土壁へぶつけ、粉々に破壊した。その破壊音に驚き振り返ったダルディンへ、ドルーアは腕を振り上げ、小瓶を投げつけた。が、その瞬間、リーユエンが間に割り込み、外套のマントでダルディンの体を覆った。小瓶は宙を飛びリーユエンの顔へ当たった。その瓶を、次の瞬間、彼女は握り締めドルーア目がけて投げ返した。
「ギャーッ」
小瓶に半分ほど残っていた毒薬が粉となって舞い上がり、ドルーアの顔にかかった。ドルーアは悲鳴をあげ、片手で顔を覆いながら、法力を発動させ、その場から姿を消した。
「リーユエンッ」
ダルディンが叫び、彼女へ駆け寄った。小瓶の中身の半分は顔に当たった瞬間にこぼれ落ち、顔の右下がみるみる焼け爛れていった。美しかった右側の顔が焼け爛れていくのに動揺したダルディンは、法力を送り込んで治そうと彼女の手を握りかけた。けれど、その手は払いのけられた。
「いけません。あなたは今夜法力を使い過ぎている。薬で治しますから」と、彼女は断り、薬袋を取り出して右手へ一気に中身を空け顔へ塗りつけた。痛みに顔を歪めながらも気丈に
「大丈夫・・・少し浴びただけです。全量ではありません」と、リーユエンは囁いたが、顔色は真っ青だった。
ダルディンは、顔の火傷をのぞき込み、
「後ろから近づいてきたのを、気づけなかった。すまなかった」と謝り、「あれはドルーアだった。彼女は毒使いだ。毒なら解毒しないと面倒だ。やはり法力を通そう」と言った。
けれどリーユエンは、「これから、長丁場の旅になるのに、法力を枯渇させないでください」と、言いいながら立ち上がった。
ダルディンはリーユエンの両肩をつかみ、「どうするつもりだ。その薬には解毒作用はないぞ」と質した。リーユエンは、胴衣のベルトからナイフを抜き、「これで焼けたところを切り落とします」と、言い出した。
ダルディンは驚き「そんな事はするな!火傷は治せても、肉まで抉ったら元通りにはできないぞっ」と、叫んだ。
けれどリーユエンは、冷たい目でダルディンを見、
「毒なら早くしないと、体へ染み込んでしまう。さっさと抉ってください」と、言った。
「えっ、俺がやるのか・・・」
そんな事をするくらいなら、枯渇しようとも法力を通す方がマシだと思ったが、リーユエンはダルディンへナイフを渡し、
「自分の顔からは正確に肉を抉れませんから抉ってください。今なら少し抉るだけで済みますから、さっさとやってください」と言った。
ダルディンは仕方なく、自分の懐へ彼女の顔を片手で押さえつけ、一気に肉を抉り取った。その瞬間、リーユエンは激痛に体を強張らせた。
ダルディンは、(俺は何てことを・・・伯父上の大切な人を傷つけてしまった)と思い、動揺して茫然自失となった。彼が握り締めたままのナイフを、リーユエンは取り返すと、刃先を魔力で熱し、それを抉ったばかりの傷へ一気に押し当てた。
ダルディンは、それを見て、「やめろっ、正気か」と叫んだ。
リーユエンは、顔へナイフをしばらく押し当てていた。肉の焦げる匂いがして、ダルディンの眸は完全に縦長へ変わった。リーユエンは、ナイフを外すと「血止めをしないと、危険だから」とだけ言うと、また薬を塗りつけた。
指揮官のドルーアが負傷し逃げ出したため、隊商を襲った者たちは一斉に引き上げた。カリグラは、荷運び人らに指図し、風で吹き飛ばされた天幕を回収させ、びしょ濡れのまま設営し直させた。そこへ
「リーユエン、あんた、また顔を火傷したのかい?」と、涙目になったオマが駆けつけ、彼女をいきなり軽々と抱き上げると、
「あたしの天幕へおいで、手当してあげるから」と、さっさと連れていってしまった。
ダルディンは、それを呆然と見送った。リーユエンの指摘通り、何十人もの襲撃者を吹き飛ばしたため、法力はかなり減っていた。齢五百年でしかないダルディンの力は、まだまだ弱く、伯父のような無尽蔵とも思えるほどの強大さからはほど遠かった。




