3 噛みつきドルーア(2)
「そんな私的な理由で、方々を当てもなく旅することを、先代の猊下がお許しになったと思いますか?通常なら、連れ戻されていたはずです」
確かに、玄武八族の掟は厳しい。リーユエンの言う通りで、愛した女を甦らせるなどという身勝手な理由で、玄武の祭祀に参加もせず、何年も放浪の旅を続けることなどできないはずだ。
「では、先代猊下が、伯父上の旅行を黙認していたのは、何か理由があったのか?」
「恐らく猊下は、先代から何らかの密命を受けて動いておられたのだと思います。大牙の国へ来られたのも、銀牙一族を滅ぼす密命を受けていらしたからです。その後も、密命があったのだろうと思います」
「密命って、何なんだ?」
リーユエンは紫眸をダルディンへ向けた。それは、怜悧で冷たい光を放っていた。
「北荒に依拠する玄武八族は黒玄武、そして大牙によって滅ぼされたのは、西荒の白玄武、北と西の玄武は、古代には、部族同士でお互いに婚姻を繰り返していたと聞いております。その白玄武が滅ぼされ、黒玄武は通婚するべき一族を失ってしまい、黒玄武の八族で通婚を繰り返してきています。先代は、そのような状況を憂えて、白玄武に替わる別の玄武一族を探し出せとお命じになっていたのだと思うのです」
それは、今まで考えたこともなかった新たな視点だった。
「なるほど、通婚の問題を解決しようとしたのか」
確かに、この千数百年の間、玄武八族の中で通婚を繰り返してきた弊害なのか、突出した法力を持つ玄武が現れなくなっていた。
「猊下は、東荒へも旅しようとなさいましたが、その直前、先代猊下危篤の知らせが届き、玄武国へ帰国されたと聞いております」
「その通りだ。先代猊下が崩御し、先代の指名により伯父上は法座主となり、俺の父が乾陽大公を継いだのだ」
そこまで言ってダルディンは気がついた。
「リーユエン、あなたは、東荒の奥地まで行って、玄武の一族を見つけるつもりなのか?」
リーユエンは、うなずいた。
「ええ、そのつもりです。私は金杖王国でバトゥーダ上人の『東荒見聞録』を読ませていただきました。それには、『東荒をひたすら東進し続けると、やがて大峡谷と大雪原をぬけ、砂漠の高地をくだり、緑豊かな常春の国へ到着し、東方海へ到った。常春の国の民は、青大亀を神として祭り、海へ貢物を捧げる』とありました」
「東荒の先にも海があるのか」
ダルディンは、未知の土地に興味が湧いて来た。
「上人が記された青大亀というのが、何なのか、いまひとつはっきり致しませんが、玄武の可能性がないともいえません。一度確かめに行くべきだと思いました」
そこまで聞いたダルディンは、リーユエンへ
「行くべきだという意見には賛成だが、行くのなら俺ひとりで行く。あなたは、隊商と行動を共にするべきだ。そんな旅は、凡人には危険すぎる」と、言った。けれど、リーユエンは、
「いいえ、私は行きます。だって、玄武かもしれないって、思いついたのは私なのですから、確かめに行くのは私の権利です。それに、明妃位を返上してしまったので、私は玄武国での身分を失っています。よほどの功績でもない限り、入国させてもらえるかも怪しいのです。だから、玄武が見つかれば、それをネタに、入国させてもらおうと思っています」と、反論した。ダルディンは、
「絶対ダメだ。そんな危険な旅はあなたにさせられない」と、押し留めようとした。「止めたって無駄ですよ。アスラと一緒に行きますから、そうだっ、ヨークはどうする?無理しなくてもいいのよ。今からでも金杖王国に戻って構わないわよ」と、リーユエンが言うと、ヨークは、身を投げ出すような勢いで、彼女の前に飛び出し、
「いいえ、絶対ついて行きます。あなた様がたとえ地獄へ向かおうとも、ご一緒いたします」と、叫んだ。アスラも、
「我は主が行くところなら、どこへでも一緒に行くよ」と、言った。
リーユエンは、ダルディンを見上げ、口元を歪め、小さな声で「イヒヒヒ」と陰険笑いした。ダルディンは眉をしかめ、口をへの字に曲げ、(ああ、本当に昔からこの子は、根回し上手だ。これじゃあ、俺の方が連れていってもらう扱いじゃないか)と、思った。そして、仕方なく
「分かった。この面子で出発しよう。けれど、絶対無茶だけはしないでくれ」と、釘をさした。
翌日、カリウラは、リーユエンから隊商を途中で抜けると言われ、驚いた。だが、乾陽大公の供をするためだと聞き納得した。
(玄武の国の秘密の使命のために抜けるなら、仕方ないな。まあ、ウマシンタ川までは一緒に行動できるから、それで良しとするか)と、考えながら歩いていたら、赤天幕で賄い担当のオマに呼び止められた。
「総隊長、総隊長」と、小さな声で呼ぶオマに気がつき、近寄ると、頭頂部に髷を団子のようにのせた大柄な彼女は、声を潜め
「老師、随分印象が変わったね。何だか、そのう・・・あれだよ。一緒に来ている。大柄な商人と偉く仲が良さそうに見えるんだけれど、あれかい、老師は、男同士で好き合ってるのかい?」
オマの意外な問いかけにカリウラは思わず「はあっ?」と、大声を上げてしまった。




