3 噛みつきドルーア(1)
襲撃から十日後、隊商は東荒を目指し出発した。穀物、岩塩を積ん荷車が数百台、蒼馬に惹かれて延々と連なった。今回も、狐狸国からは、ハオズィと甥のミンズィが参加した。
出発当日の夕方、玄武の国から使者がやって来た。金色の霊気をたなびかせ、純白の長毛が渦を巻いて波打つ金眸三眼の獣、その使者の姿を見た瞬間、ダルディンは、もうリーユエンとの新妻ごっこは終わりだなと思った。
使者は空を駆け、リーユエン目がけて一気に降下し、
「会いたかったよ。主っ」と叫んで、彼女へ抱きついた。
リーユエンは、その黄金の三眼を見下ろし、微笑みながら、
「アスラ、待たせたわね。もう、大丈夫だから」と、優しく声をかけ、その頭を撫でてやった。そして、ふたりで、天幕の中へ籠もってしまった。
ダルディンは、アスラが早速リーユエンの生気を貪っているのだろうと思った。けれど、予想外に早い時間で、人形となったアスラは、穏やかな顔をして天幕から出て来た。それで思わず、
「アスラ、もう済んだのか?」と、尋ねた。すると、アスラは不思議そうな顔をして、
「うん、前ほど大量に生気をもらわなくても、足りている感じなんだ。主の生気は、何だか前とは変わったと思う。ものすごく強力になっている」と、言った。
「そうなのか」と言っていると、天幕の中からリーユエンが現れた。すると、アスラは跪き、「主、巽陰大公から伝言です。『しばらく玄武の国より遠ざかりなさい。私も領地内に隠れる。ダルディンをよろしく頼む。おまえの甲当てと、面覆いは、アスラへ持たせた。受け取りなさい。では、体に気をつけて、旅を楽しみなさい』です」と伝え、甲当てと、面覆いを差し出した。それを受け取ると、リーユエンは、アスラへ「ヨークを見つけて連れてきてちょうだい」と命令した。
ダルディンは、ヨークが来ていると知らなかったので驚いた。
「ヨークは、金杖王国の陰護衛だろう?どうして、隊商の中にいるんだ?」
「ザリエル将軍が手紙で教えてくださったのだけれど、国王陛下は、ヨークの主代えをお認めになったそうなのよ」
ダルディンは眉をひそめ「主代え・・・一体、誰に代えたんだ?」と、尋ねた。するとリーユエンは、黙って彼女自身の胸を指差した。
「えっ、あなたへなのかっ」と、ダルディンは思わず叫んだ。
「そう、私に代えたの。それなのに、彼ったら逃げ回るばかりで、私が呼び出してもちっとも出てこないのよ。主代えしたくせに私の言うことを聴かないなんて、とんでもない陰護衛だわ」と、リーユエンはこぼした。
(と、いうことは、俺たちが赤スグリ亭に泊まっていた時も、ずっとどこかで陰護衛しながら、様子を見ていたのか・・・まさか、あんな事やこんな事をしているところまで見られていたんじゃ・・・)
ダルディンが狼狽えているところへ、アスラがヨークを引っ張ってきた。
リーユエンは、ヨークへ
「元気そうね、ヨーク、主代えしたって、ザリエル将軍が教えてくれたわ。新しい主に挨拶くらいしたらどう?」と、薄っすら笑いながら、声をかけた。その言葉に、アスラに捕まってしまい、もう金杖王国へ追い返されるに違いないと思っていたヨークの表情は、たちまち明るくなった。そして、地へ跪き、
「リーユエン様へご挨拶申し上げます」と、叩頭した。
リーユエンは彼へ近寄ると、
「起きなさい、それよりあなた何日風呂へ入ってないのよ。今夜は、風呂に入って体を綺麗にしなさい。その後、話があるから、天幕へ来てちょうだい」と言った。
その夜、リーユエンの天幕に、ダルディン、ヨーク、アスラが集まった。
リーユエンは天幕の周りに防音結界を張り巡らせると、
「私と乾陽大公は、東荒で隊商から離れます」と、宣言した。
ヨークは驚き、「離れてどうされるのですか?」と、尋ねた。
するとリーユエンは、「東荒の奥地へ行きます」と言った。
今度はダルディンが驚き、
「そんな所へ何をしに行くのだ?玄武の国が荒れようとしているのに、情報収集できない僻地へ行っている場合なんかじゃないだろう」と、反対した。それに対して、リーユエンは
「大公殿下、あなたの伯父上である猊下が、お若い頃、方々を旅したお方であることはご存知ですよね」と、切り出し、続けて、「あのお方が、西荒も中央大平原も、そして南洋海を渡り南荒まで行った。それは何のためだと思われますか」と、問うた。
「何のためって、伯父上は、先代の法座主とは折り合いが悪かったそうだから、玄武の国に居辛くて、方々を彷徨っていたのではなかったのか?」
「本当に、それが理由だとお思いなのですか?」
リーユエンの反問に、ダルディンは黙り込んだ。今まで、理由など深く考えたことがなかったが、指摘されてみると確かにその程度の理由で、わざわざ南荒まで行くだろうかと疑問が生じた。
「だが、アプラクサスは、君を甦らせる方法を探していたといっていただろう。そのためではないのか?」と、問い返した。




