18 炸裂 玄武十式(5)
ビアロスは、手足を拘束したリーユエンを袋詰めにし、騎獣へ乗せ、まる二日かけてマドリード国へ運びこんだ。彼は、高級娼館へ行ったことがなかった。それに今の格好では、高級娼館に入ろうにも門前払いになるのは間違いない。伝手もないから、やはり値段を叩かれても、人買いに売り払おうかとまだ迷っていた。リーユエンは、ビアロスの迷いなどお見通しだった。
到着するや、リーユエンは、
「風月館なら、私を高値で買い取るはずだよ。行ってみたらどうだ?」と、ささやいた。
「俺はこんな格好なんだ。そんな高級娼館、どこから入ればいいんだ?」
「大丈夫だよ。娼館の横の路地から裏口に回り、下男に取り次いでもらえばいい。嫌なら、人買いに売り飛ばすといえば、言値で買ってくれるさ」
「言値って、いくら言えばいい?」
ビアロスは、まるで仲間に相談するように気安く訊いた。
「うーん、そうだな・・・六千デナリウスにしておけば?」
「ろ、六千デナリウス!」
ビアロスは、目を見開き、口をあんぐり開けて、リーユエンへ震える指先を向けた。
「六千デナリウスなんて、俺が三ヶ月ぶっ通しで荷運びしても稼げない額だぞ、ふざけるな」
リーユエンの方が、ビアロスよりはるかに神経が図太く、
「高級娼館へ売り飛ばすんだろ。安値じゃ逆に疑われるぞ。どこぞの良家で妾が邪魔になって、こっそり売り飛ばしにきたと思わせるなら、そのくらいの値にしないと、かえって怪しまれるぞ」と、言った。
「そ、そうなのか?」
リーユエンは、「そうだよ」と、平然と言った。
二階の香車の部屋で、昨日の売り上げを確認していた風月館の館主のもとへ、庭で風呂焚きをする下男が、扉の前での声かけも忘れて飛び込んで来た。
「どうしたね、そんなに慌てて」
香車のマデアが、風呂焚きの爺さんへ声をかけた。すると、鼻の頭を煤で黒くした爺さんは、「今、女を売りたいと、獅子崩れの若造が庭へ来てまして」と、言った。
マデアは、獅子と聞いた瞬間、鼻をフンッと大きく鳴らした。
「不良獅子かい、追っ払いなっ、どうせ金に困って自分の情婦を売り飛ばしに来たんだろう。そんなもん、すぐ逃げ出そうとして使い物にならないからね。要らないよ」
ところが、爺さんは、オロオロし始めた。
「どうした?オルド、何か気になるのか」
館主が、優しい声音で尋ねた。ここでは、香車は憎まれ役、館主は皆を守る優しい経営者と、役割分担が決まっていた。爺さんは、頭を下げ、
「連れてきた女を、一度、品定めしてはもらえねえかと思いまして・・・」と、言った。
「品定め・・・?」
香車は、形のよい眉を寄せた。爺さんがそんなことを言うのは初めてだった。オルドの顔は、茹でた南洋大水蛸みたいに真っ赤になった。
「わ、わしは、あんな女を今まで見たことがありやせん。香車、お願いですから、追っ払うにしても、ご自分で見てからにしてくだせえ」
風呂焚きが役目とはいえ、オルドは風月館に勤めて五十年過ぎていた。それまで数多くの女を見てきたのだから、目だってそれなりに肥えているのだ。その爺さんが、ただならぬ興奮を必死で抑えているのだ。館主は、興味が湧いてきた。それで館主は、香車へ、
「オルドがそこまで言うなんて、珍しいことだ。見るだけなら大した手間でもあるまい」と、言い、立ち上がった。
館主が行くのに、自分だけ居残るわけにもいかない。マデアは一緒に階段を降り、裏庭へ出た。
「何だい、女なんかいないじゃないか」
マデアは周囲を見回し、不機嫌に言った。
風呂焚き用の薪の山が積まれた裏庭にいたのは、金髪を短く刈り込んだ落魄れた獅子と、黒いフードを被って薪割台に腰掛ける魔導士の姿だった。オルドが横から、
「あの、黒いマントを着ているのが、女なんです。見てやってくだせえ」と、マデアへささやいた。
マデアは、朝一番の売り上げ確認を中断させられ、イライラした気分のまま足早に魔導士へ近寄ると、いきなりそのフードを跳ね除けた。その瞬間、息を止め、思わず後退った。最初に気がついたのは、紫眸だった。フードをいきなり捲られたため、光に目を眇めたが、眸は宝石のように輝いた。顔色は、ひどく悪く、血の気が失せて青白かったが、抜けるように白い肌に、少し憂いを帯びた秀麗な顔立ちだった。そして、朝日を受けて神々しい輝きを放つ白金の髪は腰の下まであった。それに気がつくや、今度は素早く近寄り、マデアは、衣の中へ手をつっこみ、全身を遠慮なく触りまくった。手に触れると、何だか吸い付いてくるような、それでいて柔らかい羽毛のような手触りで、同性の自分でさえ一瞬うっとりしかけた。しかし、左肩に触れると、女は顔を歪めた。衣から手を取り出すと、べっとり血がついていた。それで、怪我をしているのに気がつき、連れてきた男へ、
「怪我をさせたのかいっ、疵ものじゃないか」と、声を荒げ、文句をつけた。
男は、口をパクパクさせたが、反論できなかった。
香車は、「この女をいくらで売りたいんだ?」と、訊いた。
すると、男は、「六千デナリウス」と言った。
香車は、思わず吹き出しかけたが必死でこらえて、館主を見上げた。館主は、黙ってうなずいた。香車は、男へ、
「わかった、買うよ。それから、誓約書を書いておくれ、今後、この女とは、きっぱり縁を切って関わらないとね」と、宣告した。
すると、男は、「こ、こいつは、俺の情婦なんかじゃないぞ。俺は、金さえもらえれば、それでいいんだ」と、叫んだ。けれどマデアは、獅子崩れの言う事は一切信用しないことにしていたので、
「お黙りっ、そんな事、誰が信じるものか。おまえの情婦でなけりゃ、どうして、こんなところへ素直について来るんだい。とにかく、金を払ってやるから、文句を言わずに誓約書を書きなっ」と言い、男を館主の方へ突き出した。




