18 炸裂 玄武十式(4)
リーユエンのわざとらしいため息に、ビアロスは眉をしかめた。
「何だ、何が、気に入らない?」
リーユエンは、また薄ら笑いを浮かべ、憐れみの眼差しを向けた。
「ガリアムの屋敷になんか、私を運び込んだって、一デナリウスの儲けにもならないね」
荷運人足の中には真面目な者もいる、けれど、大半の者は稼いだ金を博打ですったり、娼館で女に浪費してしまい、常に金欠状態だった。何度か隊商を立ち上げ、荷運人足を雇ったことがあるので、リーユエンは、そういうことには詳しかった。だから、ビアロスに何をどう言えば自分の思う通りに動かせるか、簡単に思いついた。一方、単純なビアロスは、自分が彼女の術中に嵌りかけていることに、気が付かなかった。ただ、金が欲しい一心だった。それほど、窮乏生活がこたえていたのだ。
「おまえを側妃にしたいのなら、礼ぐらい寄越すだろう」
その答えにリーユエンは頭をふった。
「私を連れていっても、そんな人足姿の見すぼらしい男に礼なんかするものか。文句を言ったら、伯父である大公の権威を嵩にきて、追い払われるだろうよ。さっきは下男相手だから、あなたは圧勝したけれど、抵抗したら、兵隊に袋叩きにされるよ」
ビアロスは少し考えた。リーユエンの言うことは間違っていない気がした。
「では、どうやったら金を稼げるんだ」
リーユエンはニヤッと笑った。
「私を、マリード国へ連れていって、娼館へ売り払えばいいのさ」
そうだ、その手があった、ビアロスは目から鱗が落ちた気分だった。
マリード国には、公営、私営、数多くの娼館があり、別名は快楽の都だった。
中央大平原の、乾燥した荒地に位置する国のため、自給できる農産物もないし、鉱物を産出する山もなかった。交易で必要物資を手に入れようにも交換できる品がないのだ。それで、昔から、娼館や賭場を数多くつくり、隊商の商人や人足を引き留め、金を落とさせ、交易の代金に充ててきたのだ。
確かに、リーユエンほどの器量なら、マリード国の人買いは高額で買い取るに違いない。けれど、自分で娼館へ売り払えばいいと言い出すなんて、正気の沙汰ではない。リーユエンの建前と本音に散々翻弄されてきたダルディンなら、こんなことを言い出すなんて怪しいと思ったはずだ。ビアロスも、せめて、もう少し知恵の回る男なら、こいつの本当の狙いは何なのかと、疑っていただろう。
金が欲しいという気持ちに傾きかけたものの、やはりビアロスは、近衛両軍の将軍たちの前で、リーユエンに棒術で叩きのめされた事をいまだに恨んでいた。あの時、地面に這いつくばらされた屈辱を思い出すと、腹わたが煮えくり返り、目の前の女を殴りつけて、二目と見られない醜い面相に変えたい衝動はこらえ難かった。それで、彼女の髪をつかんで引っ張り、顔を仰け反らして、睨みつけた。
「俺は、おまえのせいで面目を失ったんだぞ。娼館へ売り払ったくらいじゃ収まりがつかん」と、唸り声をあげた。
リーユエンは、ビアロスを見上げ、
「では、もう一回殴り合いでもするのか?だが、言っておくが、あなたは私に勝とうが負けようが、もう一度面目を失うことになるんだよ」と、冷たく言った。
ビアロスは、リーユエンの髪を乱暴に引っ張った。リーユエンは痛みに涙目になった。
「痛いっ、引っ張らないでよ。少しは冷静になったらどうだ。黄金獅子同士の決闘ならともかく、矢傷まで負った私を痛めつけたら、それこそ金杖王国の獅子の振る舞いじゃないって非難されるぞ。だから、私に勝とうが負けようが、どっちにしたって、あなたの名誉が回復する見込みはないよ。それだったら、娼館に売り飛ばして、さっさと金にする方がよほど溜飲が下がるんじゃないのか?」
そう言われると、ビアロスは、憂さ晴らしに痛めつけたら自分はすっきりするかもしれないが、金杖の獅子としては褒められた行いではないし、傷を増やしたら商品価値が下がってしまうのだと気がついた。結局、不名誉にしかならない憂さ晴らしより、金が欲しい気持ちが勝った。ついにビアロスは、
「よし、おまえをマドリード国へ売り払う」と宣言した。リーユエンは、
「人買に売ったら、値切られて損をするから、売るんだったら、大きな娼館へ直接売りにいったらいいよ」と、言い出した。ビアロスは、確かに人買は、誰でも買い叩くから、儲けが少なくなるなと思い、彼女の言う通りにすることにした。




