18 炸裂 玄武十式(3)
首筋に刃物を当てられたフォンダンの姿に、リーユエンは身動きがとれなくなった。
一方、フォンダンは、たとえ頭が胴から離れることになっても、明妃をあんな馬鹿貴族の側妃になんかできないと思い、悲壮な覚悟で、
「私のことは構わず、逃げてください」と叫んだ。叫んだはずみで、首筋に刃が食い込みそうになり、下男が刃物を離そうと姿勢を崩したその瞬間、リーユエンの手から黒い影が現れ六尺棒となった。彼女はそれを一気に旋回させ、私兵をすべて横殴りに薙ぎ払った。そして、フォンダンの腕をつかみ、六尺棒に飛び乗るや、一気に上昇した。
「ヒエェェーッ」
フォンダンは悲鳴をあげた。
リーユエンは、フォンダンの腕をしっかりつかみ前を向いたまま
「ただの飛行術ですよ。そんなに怖がらないで」と言った。フォンダンは、
「すみません、私は、高所恐怖症なんです〜」と半泣きで叫んだ。
リーユエンは六尺棒を飛ばし、ガリアムの屋敷と敷地を囲う石積塀の上を通過した。その時、突然地上から矢が飛んできて左肩を射抜かれた。矢が深々と突き刺さり、血が赤い飛沫となって飛び散り、六尺棒は失速し、ふたりは地上へ真っ逆さまに墜落した。
リーユエンは背中から墜落し、土埃を上げて転がった。肩の傷を抑え、起きあがろうとする彼女に、覆面をした人足姿の男が駆け寄り、その体を乱暴に蹴飛ばした。そして、彼女の顔をのぞきこみ覆面を外して自分の顔を見せつけ、
「ひさしぶりだな、リーユエン」と言った。それは、髪を切られて追放されたビアロスだった。
ビアロスは、彼女の左肩を射抜いた矢をわざと乱暴につかみ、引き抜いた。傷口が広がり、出血が増えてリーユエンは呻き声をあげ、また地面に倒れた。ビアロスは、その背中を踏みつけ、
「ふんっ、体がもう動かないだろう。この鏃には、即効性の強力な痺れ薬が塗布してあるからな」
そこでビアロスは、地面に倒れたリーユエンを見直して、ギョッとした。
「おまえっ、誰だっ、本当にリーユエンなのか?」
痺れ薬の影響で、リーユエンの変形術が解けて、髪が白金色に戻ってしまった。ビアロスは、黄昏時の薄闇に輝く白金色の髪に目を見開き、動揺した。それに、目を閉じているので、特徴のある紫眸が見えなくなっていた。さらに、魔導士服を着ていてもはっきりわかる胸元の膨らみに気がついた。
「同名の別人でもいるのか?まさか、人違いなのか・・・」
記憶にあるリーユエンの姿とあまりに違いすぎて、ビアロスはその場で固まった。そこへ、屋敷の門から下男たちが飛び出してきた。落魄れたとはいえ、ビアロスは元近衛右軍少将だ。下男など何人かかってきても勝負にならない。皆、黄杖獅子の怪力で投げ飛ばし、蹴飛ばし、蹴散らしてしまった。そして、痺れ薬が回って動けないリーユエンを肩に担ぎ上げ、その場から騎獣に飛び乗り、遁走した。置き去りとなったフォンダンは必死で後を追ったが、彼は転身しても砂漠跳び鼠なので持久力もなく、追いつくはずもなく、何とか式を放って騎獣にしがみつかせるのがやっとだった。そして、フォンダンは、緊急通信用の魔法陣を展開し、ヨーダム太師へ助けを求めた。
ビアロスは、リーユエンを自分の隠れ家に運び込むと、手首と足首を縛りあげ、懐から黒皮に魔石を嵌め込んだ首輪を取り出し、それで彼女の首を締め付けた。
「よく似合ってるぜ。そいつは、魔力の流れを阻害して、魔導術を使えなくする魔道具だ。これで、おまえは何の取り柄もない凡人だ」と、彼女の顎をつかみ、楽しげに言った。
リーユエンを目を開き、ビアロスを上か下までじっくり観察した。巻き毛がわからなくなるほど黄金の髪を短く刈り込み、袖なしの黒無地の短衣に腕から手甲にかけては黒い皮当てをつけ、足も素足に編み上げ靴、皮の脛当てをつけ、肌は赤銅色に日焼けして、すっかり荷運人足らしく変わり果てた姿に、目を眇め、薄笑いを浮かべた。
「何だ、その顔は、俺に馬鹿にするなっ」
ビアロスは、一発殴ろうと拳を振り上げた。けれどリーユエンは、
「殴らない方がいいよ。あなた、今は、ずいぶんお金がなくて苦労しているんだろう」と、話しかけた。
髪を切られ、金杖王国を追放されてから、窮乏生活に陥っていた。元近衛右軍少将は、人に頭を下げたこともなく、商売にはまるで不向きだった。落魄れ獅子がたどるお決まりのコース、膂力を生かした荷物運びしかなかった。今、着ている衣も、中古の品で、ところどころ擦り切れて痛みが目立った。自慢の髪も切られてからはバサバサのままで、近衛右軍少将の面影もなく、万年金欠の荷運人足そのものだった。それをリーユエンに図星され、ビアロスは頭に血が昇った。
「うるさいっ、おまえ、自分の立場がわかってるのか」と、怒鳴りつけた。
怒鳴られても、リーユエンは平気で、
「わかってるよ。わかってるから、殴らない方がいいって言っているんじゃないか。大金が手に入る機会を逃すつもりなのか」と、ビアロスへ話しかけた。
ビアロスは、眉をしかめた。
「大金だと?どういうことだ」
リーユエンは、少し媚びを含んだ目線で、ビアロスを見上げた。
「私が、ガリアムの屋敷の塀を飛び出してきたのは、どうしてか、知っているのか」
ビアロスは頭を振った。
「俺は、おまえがそこにいると聞いて待ち伏せしていたんだ。まさか、塀の上から飛び出してくるとは思いもしなかった」
「ガリアムの奴、私を側妃にするって言い出して、下男に捕まえさそうとしたから、ぶっ飛ばして逃げたんだ」
ビアロスは大口を開けて笑った。
「ギャハハハッ、そりゃ傑作だ。それなら、おまえをガリアムの屋敷へ、その首輪をつけたまま運び込んでやるぜ」
その言葉を聞いたリーユエンは、頭を振り、ため息をついた。




