17 華燭の典と葬送の儀(8)
数刻後、大鵬鳥の進路の彼方に、中央大平原と金杖王国を隔てる西の台地の断崖絶壁が見えてきた。すると、リーユエンは立ち上がり、低い声で短い呪を唱えた。フォンダンの目の前で、白金の髪は、みるみるうちに漆黒の髪へと変わった。
太師がその姿を見て、「やはり変形術を使うのか」と、尋ねた。リーユエンは肩をすくめ、
「この髪色でなければ、誰だがわからないでしょう」と、答え、「葬儀にも立ち会いたいので」と、声を落とした。
太師はうなずき、
「そうだな、わしも立ち会おう。玄武の国内で、邪術が堂々と行われていたのは、魔導士協会の代表のひとりとして、国王に詫びねばならないことだ」と、応えた。
フォンダンは、変身薬も飲まずに呪文ひとつで髪色を変えてしまったリーユエンに驚き呆れた。蟲術しか取り柄のない自分とは、格が違いすぎると思った。
大鵬鳥が西の台地へ降り立ったとき、地平線に、日は沈もうとしていた。
大鵬鳥は、巨体のため、離着陸に凄まじい強風を巻き起こす。そのため、専用の離着陸場が必要で、降り立ったその場所は、雑木林を切り開き、赤土に覆われた八十丈四方の空き地であった。どの町からも離れた場所にあり、王都は、そこから騎獣を走らせても、三、四時間以上かかる距離にあった。この時間から出発しても城郭の閉門時間に間に合わない。彼らは翌日王都へ出発することにし、宿を探そうと大鵬鳥に乗せてきた騎獣の手綱を引きながら、町の方角へ進み始めた。そこへ、町の方角から、騎獣に乗った黒いフード付き外套をまとう中肉中背の魔導士が近づいてきた。魔導士は騎獣から降りると、太師へ丁寧に揖礼した。
「お久しぶりでございます。ハイネルでございます」
太師はハイネルと名乗った魔導士に近寄り、
「ハイネル、ご苦労だった。例の件は処分が済んだのか?」と、尋ねた。ハイネルはうなずき、「はい、陣へ入れ聴聞を行ったところ、やはり殿下からの知らせの通りでした。魔力を剥奪することとなり、今は、親族の領地の方へ帰っております」と、答えた。ハイネルは、リーユエンの方を見ると、太師へ対する時以上の丁重さで深々と礼を行い、「でん・・」と、言いかけたところ、慌ててリーユエンはその腕をとり、
「私は、太師の助手として来ているので、お気になさらないで」と、ささやいた。そのやりとりを、フォンダンは、大鵬鳥が飛び立つさまに気を取られて、見逃してしまった。
ハイネルは、リーユエンの言葉に「了解しました」と小声で答え、
「宿へご案内いたしましょう」と言った。しかし、リーユエンは、ハイネルへ、
「柩を保管したいのですが、どこか頼めるところはありますか」と、尋ねた。
ハイネルは、リーユエンが手綱を持つ騎獣に繋がれた荷車の上の柩に気がつき、眉をしかめた。
「柩ですか・・・宿では無理ですね。寺院へ頼みましょうか」すると、リーユエンは、
「場所を教えてください。私は、今晩は、寺院で柩の番をします」と、宿へ行くのを断った。
ハイネルは、慌てた。微行中とはいえ、玄武国第二位の身分のお方を、柩の番をするために寺院に寝泊まりさせるなんて、とんでもないことだと思った。
「いえ、番が必要なら私がやります。あなたは、ちゃんと宿で休んでください」
けれど、リーユエンの決意は堅かった。
「この柩の中の者は、私が最後を看取ったのです。葬儀が終わるまでは、ずっと付き添っていてやりたいのです」
目深に被るフードのために、表情こそ分からないが、その声には沈痛の響きがあり、ハイネルも折れるしかなかった。それでも
「あなたひとり、別の場所に泊まるなんて、心配です。私もご一緒します」と、提案した。
二人の会話を聞いた太師は、
「もう時間も遅い、あなたひとりでは困ることもあるかもしれない。ハイネルに付き添ってもらいなさい」と、指示した。
フォンダンは、太師を迎えにきたハイネルが、若輩のリーユエンに付き添い、太師の世話をしないのは理不尽だと思い、
「よろしければ、私が付き添いましょう。ハイネルは、太師を宿へ案内してはどうだろう」と、提案した。この町のことは詳しくないので、宿への案内は、ハイネルに任せるべきだとフォンダンは思ったのだ。
結局、ハイネルから寺院の場所を聞き、フォンダンが付き添っていくことになった。
寺院につき、柩を一晩安置させてほしいと宿直の僧侶に頼んだが、僧侶は、眉をしかめ、
「そのご遺体の方は信者なのか」と、横柄に尋ねた。フォンダンは、その無礼なもの言いに、文句を言いかけたが、リーユエンが前へ進み出て、
「金杖王国の出身の者で、遠方の地で亡くなりました。故郷の土へ還してやろうと連れて参ったのです。建物内が無理でしたら、せめて敷地の隅なりと、一晩過ごさせてやってはいただけないでしょうか」と、もの柔らかな口調で頼み、僧侶の手へ素早くデナリウス金貨を一枚握らせた。
キラリと光る金貨を見るなり、僧侶は途端に態度を変え、
「なるほど、遠方からはるばるおいでになったのなら、気の毒だ。信者であろうとなかろうと、わが寺院は慈悲の心で接しておる。敷地内で一晩過ごされればよかろう」と、建物の外、石畳の広場の横手へ彼らを連れていき、その後、白湯と魔石の入った火鉢を持ってきた。
僧侶が建物の中へ入ってしまうと、フォンダンはリーユエンへ、
「あんな横柄な生臭坊主に、どうしてデナリウス金貨なんか渡すんだ。勿体無い」と、文句を言った。けれど、石畳に毛布を敷いて座り込んだリーユエンはフォンダンを見上げ、
「金貨は寄進ですよ。追い出されなかったから、よかったじゃありませんか」と言った。
フォンダンは、リーユエンの割り切った態度に呆れ、ただ頭を振るばかりだった。




