17 華燭の典と葬送の儀(7)
フォンダンは、太師は何を言っておられるのかと思った。魔導士界の最高峰と誰もが認める太師が、自分を越えたなどと直弟子を褒めちぎるなんて、信じられなかった。
その時、毛布の中の魔導士がもぞもぞと動きだし、毛布がめくれ、上半身が現れた。
「!!!!!」
フォンダンは、目を見開き、口を阿呆みたいにあんぐり開けた。
白金に輝く長髪が、大鵬鳥の飛行に伴う風に舞い、やつれた青白い顔は大層端正で、目元には、疲労しきった徴のように、濃いくまで青黒くなっているのに、その魔導士は大層美しかったからだ。美しい弧を描く眉の下、けぶるような長いまつ毛に縁取られた目は、宝石のように輝く紫眸で、まだ起き抜けのぼんやりした眼差しで、太師を見上げた。太師は、その魔導士の顔をのぞき込み、
「おや、お目覚めかな?金杖王国へ到着するのは、もう数刻先だから、まだ寝ておってもよいぞ」と、声をかけた。
フォンダンは、先ほど直弟子だと紹介されたものの、太師がその魔導士へ話しかける声音は、弟子に対するというより、もっと親しいというか、慕わしそうな響きすら感じてしまい、ますます居心地悪くなった。何だか、自分はここにいてはならないという気が増す一方であった。
その魔導士は、毛布を畳み起き上がると、真っ先に柩を繋留する綱が緩んでいないかを念入りに確認した。
太師は、魔導士へ近寄り、「仕事は全部片付いたのか?」と、尋ねた。
魔導士は、くまの浮いた目をしょぼつかせた。
「はい、何とか九割方は片付きました。後は、パパディに押し付けてきました」
太師は、珍しいことに、ハハッと声に出して笑った。
「あのパパディは、偏屈者だが役に立つ男だ。あなたに押し付けられた分くらい、ちゃんと処理できるだろう」
「そうでないと、困ります」と言うと、魔導士は太師へ「尸蟲の検出器具は幾つ用意できたのでしょうか」と、尋ねた。太師は、
「五百組用意した。震陽大公の書斎にあった控えから、尸蟲についての覚書がみつかり、没収しておいた。それをもとに、産み付けられたかもしれない人物も、大方特定がついておる。ああ、それから、学院の蟲術の専門家も同行をお願いしておる」と、言うと、フォンダンの方へ歩み寄り、
「紹介しよう、魔導士学院の専門課程で、蟲術を指導するフォンダンだ。フォンダン、この者は、わしの直弟子のリーユエンだ。ただ、訳あって魔導士登録はさせていない。能力の方は、わしが保証する。今回の調査、お互いに協力してあたってくれ」と、互いを紹介した。
(リーユエン、はて?リーユエン・・・どこかで聞いたことがあるな)と、フォンダンは自身の記憶を探り、卒然と思い至った。
「リーユエンって、龍石の錬成師が通り名の神童か。君が、そうなのか」と、問いかけるフォンダンへ、リーユエンは深々と揖礼し、
「リーユエンでございます。このたびは、ヨーダム太師の助手として同行いたします。よろしくお願いします」と、挨拶を返した。
「そうか、君がリーユエンなのか。こちらこそ、よろしくお願いする」
フォンダンは感激した。龍石の錬成師は、魔導士学院の七不思議のひとつだった。学院創立以来の神童といわれながら、卒業後ふっつり行方が途絶えた謎の存在なのだ。そのリーユエンが、今、自分の目の前にいるのだから、驚かずにはいられなかった。けれど、フォンダンが、リーユエンの同窓であった魔導士から聞いた話と、今、目の前にいる魔導士とでは、随分姿形が変わっているようだ。どうしてなのかと不思議に思った。初対面で色々訊くのもためらわれたが、結局、好奇心が勝った。
「君は、卒業以来音信不通も同然だった。一体どこで何をしていたんだ?」
フォンダンは自分の方が十年以上卒時が上なので、遠慮のない口調で尋ねた。訊かれたリーユエンは、一瞬視線を宙に彷徨わせ、肩をすくめた。
「私は、あちらこちらへ行き歩き、落ち着かないもので・・・」
生真面目なフォンダンは、その返事を聞いて、この優秀な後輩魔導士のことが心配になった。
「君のような優秀な魔導士が、まだ身を落ち着けないなんて、魔導士界の損失だよ。落ち着き先が決まらないのなら、魔導士学院へ戻ってきて、教職なり研究所へ入るなりしたらどうなんだい?」
真剣に心配するフォンダンへ何と言えばいいのか困ってしまい、リーユエンは太師へ視線で助けを求めた。太師は、視線を向けてきたリーユエンへうなずき、フォンダンへ近寄った。
「リーユエンは、すでに、あるお方に仕える身なのだ。ただ、その方の希望で、魔導士登録はしておらぬ。その方は、玄武国の非常に身分の高いお方なのだ」
フォンダンは、太師の言葉にうなずいた。優秀な魔導士ほど若いうちから高待遇で引き抜かれ、大公家などのお抱えになる。リーユエンもいずれかの大公家の専属かと納得しかけたのだが、あることに気がつき、はっとした。
「今回、君が同行するのって、まさか、震陽大公のお抱えだったのか?」
その言葉を聞いた瞬間、リーユエンの眉間のあたりに、凄まじい殺気が現れたのをフォンダンは確かに目撃した。しかし、それは寸毫過ぎるよりも早く消え失せた。自分が見たのは幻だったのかと思うほどだった。ただリーユエンはその紫眸を光らせ、
「いいえ、私は震家には仕えておりません」と、断言した。その声は、抑揚がなく、冷え冷えとした響きがあった。
フォンダンは、自分が何か非常にまずい質問をしたのだと気がついたが、口に出した以上、今さらなかったことにもできず、ただ
「そうか、違うのか。わかった」と、返事をして、後は沈黙した。




