第五章 古の災いと十の刃
第五章では、物語の中核を成す存在、「十ノ同胞」と「三古の夙罹」がついに対峙します。
これまで静かに語られてきた神話は、ここでひとつの大きな節目を迎えます。
本章は、英雄の嘆きから生まれた祈りが、より深い災厄に立ち向かう「始まりの記録」です。
あくまでこの世界に伝わる“神話”であり、事細かな戦闘描写はなされていません。
そのかわりに、伝承としての荘厳さと、象徴性の強い表現を意識して綴っています。
いつとも知れぬ、遠き記憶の涯て。
世界がまだ、痛みと祈りの名を持たぬ頃――
深淵より揺れ出でしは、三つの影。
それは、夙罹の最も古き源。
名を持ちし禍、いまここに現れる。
禍津赫霊――
それは災厄の火、赤き憤怒の心。
地を裂き、峰を穿ち、万象を焼く者。
天魔翔吼――
それは空駆ける暴威、声にして死を呼ぶ爪。
雷鳴を引き裂き、天を騒がす咆哮の王。
無願煉獄――
それは名を捨てた闇、終わりなき哀しみの渦。
人の想いを腐らせ、魂を眠りへ誘う者。
三古、相寄りて顕現せしとき、
世界は沈みかけた――そのまま、永劫の無へ。
だが、その刻。
ひとつの祈りが、大地に息を吹き返した。
かつて命を贄とした英雄の、その残響。
十と数えられる、かの欠片の宿り手。
十ノ同胞が、呼ばれもせず、ただ応じて現れた。
頭蓋に知を、
眼球に真を、
声帯に詩を、
両腕に力を、
両脚に旅を、
骨盤に守を、
心拍に命を、
臓腑に清を、
毛髪に封を、
陰影に召を宿し。
彼らは人に似て人に非ず。
羽衣の霊気を纏い、光とともに歩む。
戦いは語られぬ。
なぜなら、それは剣ではなく、誓いであり。
勝利ではなく、応答であったから。
ただ、祈りだけが天へと還っていった。
静かに。確かに。永劫の礎として。
この戦いは、終わりではなかった。
それは、英雄の嘆きを継ぐ者たちによる、
新しき神話の始まりであった――
やがて語り継がれるだろう。
十ノ同胞と三古の夙罹。
この相克の名を「黎明の誓い」と。
「三古ノ夙罹」の章は、構想段階から慎重に組み上げた節でもあり、
物語世界の深淵に少しだけ触れる内容となりました。
実際の戦いや詳細な描写をあえて避けたのは、この物語が“神話”として語られる形をとっているからです。
それゆえに、本章では象徴と詩調を優先し、「誰かが誰かに語り継いでいる」という視点を大切にしました。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。