第七十二話 学園再開
クエルはケインが天使である事を誰にも言わず、自分の胸の内に止めていた。
魔族にとって天使は天敵とも言える存在である。
ケインが天使である事が母であるソフィア=ガーランドに知られれば、何をするか分かったモノではない。
自分とケインを引き離すかもしれないし、最悪の場合ケインを殺害するかもしれない。
そのためクエルは、ケインが天使であることを黙っている事に決めた。
邪神に悪の救世主としてこの世界に転生し、魔王の娘として生まれた。
本来であれば天使を抹殺するのが使命なのかもしれない。
だがクエルは、その使命に背く。
消すのではない、白を黒に塗り替えるのだ。
◇
ケインがクエルに天使であると告白してから数週間後。
襲撃事件の影響で休校していた学園が再開した。
久しぶりに登校する生徒たち。
幸いと言うべきか事件当日、試合を観戦に来ていた生徒たちに大きな怪我などをする者はいなかった。
登校した生徒たちの話題は当然、対抗戦襲撃事件の事で持ちきりである。
生徒たちは事件に対して、真実を知る者はいない。
知っている事と言えば、騎士団が発表した王族や貴族を狙ったテロ活動であったと言う事くらいである。
実行犯たちが何者だったのか?
闘技場の外から目撃した立ち昇る黒いオーラや、闘技場の一部を破壊した黒い閃光の正体などは謎のままであった。
だが、生徒たちの多くは貴族である。
闘技場でのクエルたちの死闘が知られたという訳ではないが、この手の話はたとえ伏せていても、尾ひれを伴って広まるものだ。
王立学園においても、それは例外ではない。
『裏社会の抗争でガーランド家の当主が襲われ、王族はその巻き添えを食らった』
『邪教徒が、闘技場の観客を生贄にして魔王復活の儀式をしようとしていた』
などと言う噂話が生徒たちの間で飛び交う。
特に多かったのが対抗戦に出場していたクエル、ケイン、ミレーヌの噂話であった。
『今回のテロで、クエル=ガーランドが怪我をした』
『ケイン=シルフィード様が、ミレーヌ=ソレイユ様と協力して、テロの首謀者を打ち倒した』
この噂は、名の知れた三人に対する様々な思惑が絡んでいる。
事件後ケインが、ガーランド家に出入りしているのが目撃され、ミレーヌが王国騎士団から事情聴取をされていたという話もあり、妙な信憑性を獲得しつつあった。
その様な噂話があちらこちらで囁かれる中、クエルとケインが腕を組んで登校して来た。
相変わらず大量のアクセサリーをジャラジャラと鳴らしながら、廊下を歩くクエルとケイン。
いま注目の二人に、生徒たちの目が集まる。
クエルはそんな視線を気にもせず、ケインの腕に寄り添っていた。
以前のような周囲に見せつけるのではなく、依存するかのような雰囲気を漂わせている。
ケインの献身的な治療と肉体奉仕により、クエルは日常生活を送れるほどに回復していた。
もっとも、性欲抑制剤や魔薬は手放せない状態であったが。
「待っていたわよ、クエル、ケイン殿」
二人が教室の前まで来ると、一人の少女が立っていた。
「ミレーヌ」
話題の三人が集まった事で、周囲がにわかにざわめく。
「ここじゃ人目があるわ。 場所を変えましょう」
ミレーヌは赤い髪を振ると背を向け歩き出す。
クエルとケインは顔を見合わせると、ミレーヌの後について歩き出した。
◇
三人は学園の中庭へと移動していた。
既にホームルームの時間であり、周囲に人影はない。
クエルはケインに寄り添いながら、ミレーヌを警戒していた。
女神教との戦いにおいて、クエルたちと違いミレーヌは完全に巻き込まれた部外者である。
それだけなまだしも、騎士団と関係の近いソレイユ家というのが問題だ。
今回の事件を、ミレーヌがどこまで把握しているのか?
何か探りを入れてくるのか?
注意深くミレーヌの出方を窺う。
「二人とも、身体の方は大丈夫なの?」
「おかげさまで、わたしもケインも健康そのものよ」
そう言ったクエルであったが、以前のようなギラついた覇気がない。
目の下のクマ、少しやつれた頬など、まだ病み上がりであるのがわかる。
「そぅ、ともかく二人とも無事でよかったわ」
ミレーヌはクエルに深く突っ込まず、安堵の溜め息をもらす。
事件後ミレーヌは、クエルとケインの体調を気にかけていた。
闘技場で二人と別れた後、その後の事はわからなかったのである。
クエルは肉体にダメージを負い、ケインは一度魂を奪われたのだ。
気にするなというのは、無理な話である。
「ミレーヌ、君にはまだお礼を言っていなかったね」
「よしてくれ、私の落ち度でケイン殿を危険にさらしてしまったのだ。 本当に申し訳ない」
「ミレーヌが気に病むことは無いさ。 ボクを助けるために闘ってくれて、ありがとう」
ケインが頭を下げ、真摯に礼を言う。
その礼儀正しい紳士な姿に、ミレーヌはバツが悪そうな顔をする。
「クエルやフウ殿に比べれば、私の活躍など微々たるものだ」
「そんな事はないよ。 ミレーヌにも、クエルにも、フウさんにも感謝しているよ」
「そう言ってもらえると、闘った甲斐があったかな」
返事は穏やかであったが、ミレーヌの態度はどこか落ち着かない。
目を背け、どうしようかと考えている様子である。
ミレーヌがしばらくすると、口を開いた。
「実は、二人に聞きたい事があってな」
「聞きたい事?」
「今回の襲撃事件について、二人はどこまで知っているのだ?」
ミレーヌの質問に、クエルは眉を顰める。
「あなたこそ、どこまで事件の事を知っているの」
睨みつける様な鋭い視線を、クエルはミレーヌに向けた。
事と次第によっては、ミレーヌを亡き者するかもしれない。
「襲撃者についてはフウ殿から聞いた、女神教とか言う連中だそうだな」
「あの獣人から、私たちもそう聞いている」
「女神教の狙いが、ケイン殿だったという事も聞いたわ」
「まさか、ケインの魂を狙っているとは思わなかったわね」
「何故、ケイン殿の魂が狙われた?」
「さぁ?」
「……女神教の男、ジヴァートが言っていた」
素っ気ない態度をとるクエルに、ミレーヌが顔を引き締める。
「ケイン殿あなたは、天使なのか?」
その瞬間、空気が張りつめた。
少しの沈黙の後、ケインが口を開く。
「……ボクは」
「ケインは、天使じゃありません」
ケインの言葉を遮り、クエルが否定する。
「ケインは『天使』ではなく『天才』です。 大体ミレーヌ、あなた天使が何なのか知っているんですか?」
するとミレーヌは、少々困った顔をする。
「それは、その……よくわからんのだが」
「そうでしょう。 ミレーヌも『剣聖』と呼ばれる剣の天才なんですから、もしもあなたがケインほどの魔法が使えたのなら、あなたが女神教に狙われていたかもしれないんですよ」
「そ、そうなのか」
「それよりもミレーヌ、あなた女神教の事を騎士団に報告しなかったの?」
「いや、それはフウ殿に口止めされていて、女神教に関しては冒険者ギルドの方で対処すると、騎士団が関わるとややこしくなるからと……」
クエルの勢いに押されて、あたふたとするミレーヌ。
このまま誤魔化そうと思っていると、背後から声がかけられた。
「三人とも、こんな所にいましたか」
大人の女性の声に振り返ると、担任教師であるルシアが歩いて来た。
「ホームルームにも出ないで、何をしていたのですか?」
「すみませんルシア先生、三人で少し話がありまして」
ケインがルシアに頭を下げて謝罪する。
「はぁ、仕方ありませんね。 それよりこれから全校集会がありますので付いてきてください」
「「「 はい 」」」
三人は返事をすると、ルシアの後に付いて行く。
全校集会では、学園長のシルビアが対抗戦襲撃事件に対する生徒へのお詫びと、テロへの卑劣な犯行に対して強い憤りを長々と生徒に話すのであった。
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