第六十九話 訪問者
「死体が見つからないって、どういうことだよ?」
フウは酒を飲む手を止めると、その顔をいぶかしげに曇らせた。
「クエルお嬢様の話では、ザビーネと戦い闘技場の最上階から叩き落したそうなのだが」
クエルからその話を聞いたセリカは、直ぐにガーランド家の使用人たちに調査を命令した。
ザビーネが落ちたと思われる落下地点を調査すると、落ちた形跡を発見する。
だが、肝心のザビーネの姿は無かった。
少なくない血痕が残されていただけである。
「……生きていて、その場から逃げたか」
「組織に捜索をさせているが、足取りは掴めていない」
女神教は、ケインの魂を盗った後の逃走経路も確保していたのだろう。
今頃は王都を脱出して、国境に向けて敗走している頃かもしれない。
敵ながら、その逃げ足の速さは称賛に値する。
「わかった、そのザビーネとか言う女の事は冒険者ギルド総本部に報告しておくぜ」
琥珀色の酒を飲み干し、フウは渋い顔で唸った。
ベネディクト王国内ならいざ知らず、国外となるとセリカたちには手が出せない。
ここは冒険者ギルドに任せるしかないだろう。
「まぁ問題は残っちまったが、これで少なくとも坊やが女神教に狙われることはねぇだろう」
フウはチーズをひと口かじって肩をすくめた。
今回の襲撃犯たちは、実力からして女神教の残党の中でも精鋭の者たちであった。
ザビーネは恐らく幹部クラス、勇者の末裔であったジヴァートに至っては女神教残党の切り札的存在であったはずである。
彼ら以上の者が再び襲ってくるとは考えづらい。
「そうだな、貴様の仕事も終わったな」
「これであんた達ガーランド家との協力関係は解消かな?」
元々フウの仕事は、天使候補であるケイン=シルフィードを狙う女神教の排除であった。
セリカを含むガーランド家の使用人たちは、ケインの恋人であるクエルが巻き込まれぬようフウと協力関係を結んでいたのである。
襲撃を企てた女神教の信者たちが壊滅した今、セリカたちがこれ以上フウに協力する義理は無い……だが。
「今回の件で貴様には大きな借りが出来た、何かあれば組織として協力しよう」
そうは言ったが、セリカはフウの事を完全に信用しているわけではない。
互いに利用する関係は継続と言ったところだろう。
もっとも、クエルに何か不都合な事が起これば、即座にフウを切り捨てる考えだ。
「その時は助けてもらうとするよ」
フウはボトルを手に取ると、自分とセリカのグラスに酒を注ぎ入れる。
「一つ聞き忘れていた事があるんだが、訊いていいか?」
「なんだ?」
「嬢ちゃんと坊やは、あの後どうしたんだ?」
あの日、クエルとケインは二回戦を始めていた最中に、駆けつけたセリカたちによって身を隠すように闘技場を後にした。
その後、残されたフウとミレーヌは騎士団から事情聴取を受け、翌日解放されたのである。
そのためフウは、クエルとケイン、二人のその後を知らなかった。
「クエルお嬢様はあの後、お屋敷で倒れてしまわれた」
「倒れたって、何かあったのか?」
「肉体の限界以上に魔力を使われた為に、クエルお嬢様の身体への負担が限界に達せられたのだ」
魔封じの指輪を外し一時的に封じていた魔力を開放した反動は、想像以上であった。
また肉体のダメージもさることながら、それ以上に媚魔薬の後遺症が酷く発情が収まらなかった。
そのため性欲抑制剤の他に、上物の魔薬であるヘブンダストとギガポーションをキメて発情を紛らわせている。
ポーションとは、飲めば身体の自然治癒力を高め、切り傷、打撲、火傷、何にでも効き、疲労回復もする万能薬であった。
ポーションにもランクがあり、ギガポーションは一部の貴族しか使えない高級ポーションである。
「ヘブンダストって、お前らの所で売りさばいてるヤバいクスリだろ、それをギガポーションと一緒にって、大丈夫なのかそれ?」
「問題ない、それに幸いと言うべきかシルフィード様がクエルお嬢様の傍にいてくれたおかげで、容体が安定されるまで精神的な支えになってくれている」
精神的な支えとは言ったが、実際のところはクエルの性欲の発散相手であった。
「そうか」
アルコール臭い溜め息をつき、フウは呟くと酒をあおる。
事情を知らないとは言え、フウはクエルに対して肉体の限界以上の魔力を使わせてしまった。
その負い目もありこれ以上、二人に関して聞くのは躊躇われる。
セリカが酒を飲み干すと、空のグラスを置いて立ち上がった。
「なんだ? もう帰るのかよ」
「まだ事後処理が残っていてな、貴様は好きに飲んでいて構わん、代金は気にするな」
そう言うとセリカは、カウンターから離れ軽く手を振ると歩き出した。
「お言葉に甘えて、もう少し飲んでいるよ」
グラスを掲げセリカの背中に向けて言うと、フウはバーテンダーに追加のボトルを注文した。
◇
数時間後。
ベネディクト王都。
フウはセリカと別れた後、ねぐらにしている冒険者ギルド本部に戻っていた。
酒のボトルを片手にほろ酔い気分で広いロビーに入ると、受付カウンターにいた受付嬢がフウを見るなり話しかける。
「フウさん、戻られましたか」
「おう、どうした? 何かあったのか?」
「先ほどフウさんを訪ねてきた者がいるのですが」
受付嬢の言葉に眉を吊り上げ、フウは怪訝な顔をする。
Aランク冒険者とは言え、訪ねてくるような友人などいない。
「なんだ、また騎士団が襲撃事件の事情でも聴きに来たのか? 面倒くせー、わたしは居ないとでも言っておいてくれ」
フウは手にしたボトルをラッパ飲みしながら受付嬢に言うと、その場を後にしようとした。
「あっ、訪ねてきたのは、魔導師風の少年でして、名前は……クリスと名乗っていましたが」
受付嬢からその名を聞いた瞬間、フウはアルコールが身体からスウッと引いていくのを感じた。
「ど、どこだっ! ご主…………じゃなかった、その少年はっ!」
フウは叫ぶと、受付カウンターを平手で叩きつけた。
かなり強く叩きつけたらしくバシーンッと大きな音が、広いロビーに鳴り響く。
ロビーにいた冒険者やギルド職員たちが何事かと一斉に振り返る。
「え、えーと、応接室でサブギルドマスターが対応していますけど」
それを聞いたフウは、驚きに目を丸くしている受付嬢を尻目に、手に持ったボトルを放り出し駆け出した。
ボトルが床に落ちて割れるのも気にせず、勝手知ったるギルド内を走る。
応接室に近づくにつれて、獣の鼻に懐かしい匂いがした。
部屋の前まで来ると、フウはノックもせずにドアを勢い良く開け放つ。
部屋の中には驚いた顔をするサブギルドマスターのトバルと、ティーカップを手に平然としている少年がソファーに座っていた。
フウの視線は、少年に釘付けになる。
「ご、ご主人さまっ!?」
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