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第六十話 魂盗


 会場の中へ続く通路を駆けながら、クエルは不安を感じていた。


 女神教の聖女を名乗るザビーネの言っていた仲間の事が気にかかる。


 ケインに限って、女神教の者に後れを取るとは思わない。


 オマケにケインの近くには、事情を知っているAランク冒険者のフウも居たのだ。


 何の問題も無いはず。


 だが、会場が近づくにつれて、不安な感覚が強まっていく。


(お願いケイン、無事でいて)


 祈るような気持ちで通路を駆け抜けたクエルは、会場のスタンドに飛び出す。


 観客席の最上段に出たクエルの目に飛び込んできたのは、悪夢のような光景であった。


 クエルの眼下がんかには、フウが金縛りにあったように動きを止めている。


 その近くには、ミレーヌが腰を抜かしたように座り込んでいた。


 しかし、そんな二人の事などクエルの目には映っていない。


 クエルの見つめる視線の先には、金色の髪にこん色の法衣を身に纏い、手に錫杖を持った中年の男が立っていた。


 そして、その男の拳がケインの胸に突き刺さっていたのである。


「ひゃ……ひっ、ぃやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 クエルが闘技場中に響くような悲鳴をあげた。


 半狂乱になって叫ぶクエルの悲鳴に反応し、フウが金縛りから解かれたように動いた。


「て、てめえっ! 坊やを放しやがれっ!」


 フウが男に飛び掛かろうとするが、それよりも速く男はケインの胸から拳を引き抜くと後方に跳躍しステージの上へと降り立つ。


 支えを失ったケインが、まるでスローモーションのように仰向けに倒れた。


「うぐっ、うぁ……っ。 ケイン……っ。 ケイン、ケイン、ケインッ!」


 目に涙を浮かべ絶叫したクエルは、階段状になっている観客席を駆け降りると、フェンスを飛び越えケインの元へと走る。


「ケイン、しっかりして」


 クエルはしゃがみ込むと怪我の状態を見ようと身体を調べるが、ケインの身体には傷一つ付いていなかった。


 胸を突き刺されたように見えたのは、気のせいだったのか?


 ケインの無事に安堵するクエルだが、何か違和感を感じた。


 気を失っているのか、ケインは目を閉じたまま動かない。


「……ケイン?」


 身体を揺すってみるが、ケインは起きる気配がない。


 ケインの手を握るとトクットクッと鼓動が感じ取れる。


 倒れているケインの上半身を抱き起こすと、クエルは顔を近づけた。


 微かに風の流れが感じられ、呼吸をしているのが分かる。


 生きているはずなのだが、ケインは微動だにしない。


「…………ねぇ、ケインが目を覚まさないの、脈もあるし息もしているのに……」


 涙を流しながら、クエルは助けを求めるかのように声を震わせた。


 ケインを抱いているクエルの元へ、フウが駆け寄る。


 しゃがみ込みケインに触れたフウの顔色が変わった。


「これは…………抜け殻だ」


「……え?」


 クエルにはフウの言っている意味がわからなかった。


「精神体……魂を抜き取られている」


「そんな……」


「わ……わたしのセイだ……ケイン殿は、わたしをかばって」


 ポツリと呟いたミレーヌの言葉に、クエルは顔を上げる。


「素晴らしい」


 ステージの上に立つ男が、困惑しているクエルたちを見つめながら口を開いた。


 三人は一斉にステージの上に立つ男に視線を向ける。


「愛や友情というモノは、見ていて気分の良いモノですね」


 クエルは男に見覚えがあった。


 対抗戦に参加している冒険者の一人であり、本来であればBブロック第四試合に出場しているはずの男である。


「貴様、ただの大会に参加した冒険者ではないわね。 何者だっ! ケイン殿に何をしたっ!」


 事情を知らないミレーヌが、男に向かって叫ぶ。


「お嬢さん方には、改めて名を名乗っておきましょう。

 わたくしは女神様に仕える神官、ジヴァートと申します」


 ジヴァートと名乗った男は、鷹揚おうような仕種で一礼した。


「さて、天使様に何をしたかと言われましては……見えますか? これこそが天使様の力の源」


 ジヴァートの手には、純白の珠が握られていた。


 ジヴァートがその手にしている真珠のような宝石を見たフウが叫ぶ。


「あれは、魂の結晶だっ!」


 ケインの肉体から抜き取られた魂を物質として加工した、魂の結晶。


 呆然として動けないクエルとは対照的に、ミレーヌが勢いよく走り出すとステージの上に飛び乗った。



「さっきから聞いていれば、天使だとか訳の分からない事を」


 ミレーヌは、ステージの上でジヴァートと対峙する。


「ミレーヌ=ソレイユさんですね。 あなたにはお礼を言わなければ」


「何ですって」


「あなたのおかげで、天使様を手に入れる事が出来ました。 ありがとうございます」


 頭を下げるジヴァートに、ミレーヌはぎしりと拳を握り締めた。


「あの時、わたしを襲ったのは」


「あなたを狙ったのは、天使様であればていしてあなたを守ると思いましたのでね」


 一回戦最後の試合である、Bブロック第四試合を観ていた時の事だ。


 試合が始まった直後、会場内に煙が発生した。


 会場内に煙が充満し観客がパニックになる中で、ステージの上にいたジヴァートが選手専用席に座っていたケインに襲い掛かったのである。


 想定外の連続に、ミレーヌはケインとジヴァートが闘うのをただ茫然と眺める事しか出来なかった。


 しばらくの間ケインと闘っていたジヴァートだが、その標的を突如ミレーヌに変える。


 状況が分からず立ち尽くしていたミレーヌに、ジヴァートの拳が避けられるはずもない。


 られると思った瞬間、ケインがミレーヌとジヴァートの間に割って入った。


 その結果、ケインがジヴァートの拳に胸を突き刺されたのである。


「ケイン殿の事は、わたしの責任だ! 貴様を叩きのめし騎士団に引き渡すわ!」


 ミレーヌが腰のバスタードソードを抜く。


「困りましたねぇ。 私は平和主義者でして、暴力は嫌いなのです」


「な、何……?」


 これまでの行いに矛盾するそのセリフに、ミレーヌはぎゅっと唇を噛み締め、ジヴァートを睨みつけた。


「それに天使様を手に入れた以上、あなた方と闘う理由がないのですが」


「逃がすかよ」


 フウがステージの上に飛び乗ると、ジヴァートの背後に回り込む。


「元々わたしの獲物はテメエら女神教だ! ここで逃がしたらご主人様に顔向けできねえからな」


「あなたはAランク冒険者、虎族の獣人フウさんですね。

 妙に天使様の警護が厳重だと思いましたが、あなたの仕業でしたか」


「天使候補の坊やをどうやって誘拐するのかと思っていたが、まさか魂を抜き取るとはな。

 『魂盗ソウルスティール』、ご主人様以外でそんな魔法を使える奴がいるとは思ってなかったぜ……」


「獣人は魔法に疎いと聞いていたのですが、どうやら貴女もただの冒険者ではなさそうですね」


「悪いがその手の魔法に詳しいお方が居てな、テメエを倒すついでに坊やの魂も返してもらおうか」


 フウが構え、戦闘態勢を取る。


「フウ殿! ケイン殿を元に戻せるのか!?」


「この野郎の持っている結晶を、坊やの肉体に押し込んでやるだけで元に戻る!」


「なら話は早いわ。 この男を倒し、ケイン殿の魂を取り戻す!」


 ハァッと気合を込めると、ミレーヌの身体から青白いオーラが立ちのぼる。


「ほぉ、これは驚きです。 剣聖などと大袈裟に呼ばれていると思ったのですが、まだ子供だと言うのに闘気を使えるとは」


 ミレーヌの姿に感嘆かんたんの声を出すジヴァート。


「驚くのは早いぜっ!」


 ジヴァートの背後で、フウが短い気合と共に全身から金色こんじきのオーラを発する。


「何と、獣人の中でも一握りの者しか使えないと言われている獣気じゅうきを練る事が出来るとは、さすがはAランク冒険者と言ったところでしょうか」


「剣聖ちゃん、間違っても結晶を斬るんじゃねえぞ!」


「わかっている!」


 ミレーヌとフウに挟まれ逃げ場のないジヴァートだが、その顔には余裕が見える。


「やれやれ、お二人供やる気満々ですね。 仕方ありません」


 ジヴァートの手に持った純白の珠が光り出す。


「何を!?」


 三人が見ている前で純白の珠が光に包まれると、ゆっくりと頭上へと浮かび上がっていく。


「結界を張らせてもらいました。 これで私を倒して結界を解かない限り、魂を肉体に戻す事はかないませんよ」


 そう言うと、ジヴァートは両腕を広げる。


 床が震え、空気が震えた。


「さぁ、始めましょうか。 せいぜい頑張ってください」


 ケインの魂を取り戻す闘いが始まった。


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