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第五十九話 悪女VS聖女


「あなたも女神教も、わたしとケインの敵! ここで叩き潰してあげる!」


 クエルは床を蹴り、ジャラリとコートに付けた大量のアクセサリーの音を奏でながら竜骨棍を振りかざしザビーネに突進する。


「ふっ、愚かな……」


「えっ!?」


 ザビーネが白い影を残し消えた。


 ガッシャアアン!


 振り下ろした竜骨棍は影をすり抜け、窓ガラスを叩き割った。


 凄まじい速さのために、残像だけがクエルの目に映ったのだ。


 反射的にクエルは、もう片方の竜骨棍を気配を頼りに振る。


 ガッ!


 クエルに向かって突き出された錫杖を、竜骨棍が辛うじて防ぐ。


 チッと舌打ちをしてクエルは、次の攻撃が来るより早く後方に跳躍し間合いを取る。


「よく反応できましたね」


 錫杖を肩に担ぎ、ザビーネが笑う。


身体強化ブースト……」


 一時的に身体能力を大幅に高める魔法。


 竜骨棍を避けた動きは、それしか考えられなかった。


 だが、ザビーネが呪文を唱える間はなかったはず。


「……まさか、無詠唱」


「フフフ……。 これくらいの事が出来なければ、天使様の聖女は務まりません」


 嗜虐的しぎゃくてきな微笑を浮かべたザビーネは、一瞬でクエルとの間合いを詰めた。


「くっ!」


 凄まじい高速移動であったが、その動きをクエルはその目に捉えていた。


 り出される錫杖の攻撃を、二本の竜骨棍をあやつり打ち合う。


 カァン! カァン! カン! カン! カキン!


 お互い一歩も引かない攻防。


 人気ひとけのない通路に竜骨棍と錫杖が打ち合う音が響く。


「あなた……これのどこが聖女よ……この……」


 錫杖を竜骨棍でさばきながら、クエルは低くうめいた。


「わたくしの試合を観ていなかったのですか? こう見えて、わたくし武闘派ですの」


 クエルの竜骨棍を避けながら、ザビーネは余裕たっぷりにせせら笑った。

 

「あなた達、ケインをどうしようって言うのっ!」


 バシーンッ!


 激しく打ち合っていたクエルとザビーネは、弾かれたように間合いと取った。


「我々の崇高すうこうな理念は、あなたには理解できないでしょう」


 次の瞬間、ザビーネの身体は天井に触れそうな高さにまで跳躍していた。


「まずは天使様を手に入れる」


 降下と同時にザビーネが錫杖を大きく振りかぶった。


「その為には、あなたがっ!」


 ザビーネは、クエルに向けて錫杖を振り下ろす。


「くぅぅっ!」


 クエルは二本の竜骨棍をかざして迎え撃つ。


 ガキッ!


 交差させたクエルの二本の竜骨棍が、ザビーネの狂気と体重を乗せた錫杖の一撃を受ける。


 だが完全に受け止める事が出来ず、ザビーネの錫杖はそのままクエルの首筋を強烈に打ちえた。


「キァ……!」


 その衝撃と激痛に、鋭い悲鳴をあげるクエル。


 ザビーネがそのままクエルを押さえ付けようと錫杖に力を込める。


「我々は天使様の力を手に入れ、わたくしは天使様の肉体をいただく!」


「ぅ……ぁぁ……」


「さっさと這いつくばりなさい」


「わたしの男に……ケインに……手を出すなっ!」


 二本の竜骨棍で挟み込んでいた錫杖を強引に振り払うと、クエルは脚を振り上げる。


 ごっ!


 振り上げたクエルの美脚が、ザビーネの側頭部へと鋭い蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ……!」


 小さく苦悶のうめきをもらし、ザビーネが後退あとずさる。


 ザビーネのかけていた眼鏡が宙を舞い、カシャンと音を立てて床に落ちた。


 クエルは片膝をつくと、打たれた肩を手で擦る。


 二本の竜骨棍が多少なりとも威力を削いでくれたおかげか、骨に異常は無さそうだ。


 だが打たれた首筋から肩、腰のあたりにかけて強い痺れが残っていた。


 ザビーネを見ると、クエルに蹴られた顔に手を当てている。


「ぅ……っぅ……」


 口元には血が滲み、鼻からは鼻血が垂れザビーネの白い法衣を汚していた。


「……ぁ……ち、血が……」


 手についた血と、血で汚れた法衣を見たザビーネは愕然とする。


「顔が……わたくしの顔が……」


 ザビーネは頬を震わせ、声まで震わせてうめいた。


「あら、少しは見れる顔になったんじゃない」


 頬を押さえてあえぐザビーネに、クエルは冷ややかに言った。


「お、おのれ……よくもわたくしの顔に傷を……」


 クエルの言葉に、ザビーネが逆上した。


「もう手加減は無しだっ!! メスガキが覚悟しろ!!!」


 空気を震わせるほどの声で叫び、ザビーネは美しい顔を鬼のような形相に変える。


「ずいぶんと早く、汚い本性を現しましたね」


「黙れっ!」


 ザビーネが錫杖をクエルに向けて構える。


「聖なる力よ。 我の元につどい目の前の悪しき者を払う力となれ」


 ザビーネを中心に魔力が渦を巻き、錫杖の先端に光り輝く小さな光球が現れ、どんどん大きくなっていく。


「マズい、今あんなモノ食らったら終わりよ」


 クエルは立ち上がるが、まだ身体の痺れは取れていない。


 覚悟を決めて、クエルは二本の竜骨棍を前に突き出す。


「邪悪なる者に浄化の光を、『光輝聖球シャイニングホーリーボール!』」


 ザビーネの持つ錫杖の先端から、光球がクエルに向けて飛ばされる。


稲妻ライトニングボルト!」


 クエルの掛け声と共に、二本の竜骨棍の先端から青白く光る電撃がザビーネに向かって放電される。


 ザビーネから放たれた光球とクエルから放たれた電撃が、両者の間で激突した。


 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!


 通路になどと生易しいものではない、闘技場全体が震えるほどの爆音がとどろいた。



 クエルの魔石と魔地を仕込んだ竜骨棍から放たれた電撃と、ザビーネの錫杖から放たれた光球がぶつかり合った衝撃が通路のあらゆるものを薙ぎ払った。


 通路の窓ガラスは粉々に割れ、床は抜け落ちそうなほどひびが入り、壁は衝撃によって崩れ大きな穴が開いている。


 爆煙によって視界がさえぎられた通路に、ザビーネが立っていた。


「ハハハハハハハ! メスガキめちりになって消し飛んだわ! アハハハハハハ!!」


 ザビーネの笑い声が通路に響き渡る。


 笑いに込められた尋常ではない悪意は、誰にも聞き違えようがなかった。


「……さて、人質にするという計画でしたが、元々天使様をたぶらかしていた悪女。 まぁ、問題ないでしょう」


 ひとしきり笑ったザビーネは、冷静になりひとりごちるときびすを返す。


「今頃、神父様が上手く天使様の力を手に入れているはずですし、合流してわたくしも天使様の肉体を……」


 ジャラッ。


 歩き出そうとしたザビーネの背後で、不愉快極まりないアクセサリーの揺れる音が聞こえた。


 耳障りな金属音にザビーネが振り返ると、煙の中からクエルが飛び出してきた。


「ケインの所へは行かせないっ!」


 バチバチと青白い電撃を纏う二本の竜骨棍を突き出すと、クエルは宙を滑るようにしてザビーネに突っ込んだ。


光盾シールド!」


 ザビーネはとっさに手をかざすと、光の障壁が現れる。


 ギンッ!


 ザビーネの目前に迫った竜骨棍が、光の障壁に阻まれる。


 安堵の顔をするザビーネに、クエルが叫んだ。


「全部持ってけ! 稲妻最大ライトニングボルドマックス!!!」


 ギィィィィィィィィィィンッ!!


 クエルの創った魔道具が放つ渾身の一撃が、ザビーネの作り出した防御魔法を打ち貫いた。


「なにっ!?」


 聖女を名乗るザビーネの顔が驚きと驚愕に満ちる。


 防御壁を破壊され、もはやそれを避ける術もないザビーネの胸元へ、電撃を纏った二本の竜骨棍がめり込む。


 バギャッ!


「ぐっああぁっ!」


 全身に凄まじい衝撃を受け、ザビーネは吹っ飛ばされた。


 ザビーネの身体が、壁に開いた穴の外へ投げ出される。


 しまったと思った時にはもう遅い。


 浮遊感に続いてクエルの姿が見る見る遠ざかっていく。


 必死に手を伸ばすが、その手は空しく宙を掴む。


「うぁ……あぁ……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………」


 闘技場の最上階から、ザビーネは悲鳴をあげながら落下していった。


「…………わたしの……勝ち」


 ザビーネが落ちていくのを見たクエルは、ふぅーと大きく息を吐き出した。


 魔地に蓄えられていた魔力をすべて使いきった竜骨棍をしまうと、ふと足元に何か落ちている事に気がつく。


 それは、レンズの割れたザビーネの眼鏡であった。


 クエルは眼鏡を拾うとザビーネの落ちて行った穴に投げ捨て、会場の中へ通じる通路へと駆け出した。


(ケイン、今行くからね)


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