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第五十八話 女の闘い


「女神に仕えるシスター? まさかあなたが……」


 クエルは、ザビーネと名乗る女性僧侶と対峙した。


「わたくしが……いったい何でしょう?」


 ザビーネが含むような笑みを浮かべる。


「あなたが……女神教……」


 質問ではなく確認するというニュアンスで、クエルはザビーネに尋ねる。


 大会参加者については、すべて冒険者ギルドに任せていたのが仇になった。


 まさか対抗戦に参加している冒険者が、ケインを狙っている女神教の手の者だとは思ってもみなかった。


 クエルは桜色の唇を噛み、悔しげに眉を歪める。


「こんなに近くにいたのに、気がつかなかったなんて」


「そう悔しがることはございません。 正体がバレぬよう、こちらとしても慎重にやらせていただきましたから」


 ザビーネは長い金色の髪をいじりながら笑った。


「……あなた何を企んでいるの?」


 クエルの問いを受けてザビーネが口を開く。


「聞かなくても分かるでしょう。 天使様を迎えに来たのですよ」


「…………!? ケインッ! ケインのことを言っているのっ!」


「その通り、女神様の使いであらせられる天使様をお迎えする事こそが、我らの使命」


 事前に女神教がケインの事を天使として狙っているとは知っていた。


 だが、こうして面と向かって言われるとクエルの胸の奥に、どす黒い怒りが込み上げてくる。


「何が天使ですか! 勝手な妄想で、ケインを困らせないで!」


「妄想ではありません。 一目見て確信いたしました。

 あの少年、ケイン=シルフィード様は間違いなく天使様です」


 ザビーネが両手を広げると天を仰ぐ。


 その姿はどこか神々しい印象を抱かせ、クエルを苛立たせた。


「ずいぶんと頭がハッピーみたいですね……ひょっとしてクスリでもキメてるの?」


 クエルは皮肉っぽく唇を歪ませる。


「あなたのようなクスリに溺れる薬物中毒者の汚らしい小娘には分からないでしょう。 あの少年の澄んだ清らかな魂の輝きが」


 ザビーネがクエルを見下すように言った。


 クエルは拳を握り締め、ザビーネを凝視する。


「とは言え、こちらとしても想定外でした」


 そう言うとザビーネは、手に持った錫杖でクエルを指差す。


「まさか、このような魂のけがれた悪女が、天使様を堕落させようとしているとは、

 オマケに、辺境の貴族風情が率いる不届き者の組織に、天使様との接触を邪魔されるとは思ってもいませんでした」


 首を左右に振りザビーネは、やれやれとかぶりを振った。


「おかげで茶番と知りつつも、この様な大会につき合わされたのですから」


「ケインに近づくために対抗戦に出場して、この騒動を起こしたのね! でも一体どうやって?」


 闘技場に入るための正面ゲートでは厳重な持ち物検査が行われ、武器や魔道具などの持ち込みは不可能なはずであった。


「難しい事ではありません。 大会に出場する選手であれば、この通り」


 言いながら、ザビーネは壁に向かって錫杖を伸ばした。


 ボゴッ!


 壁に錫杖が突き立てられる。


 この錫杖であれば、人間の骨くらいなら簡単に砕くことが出来るだろう。


「武器も魔道具も持ち込みが自由でしたから、試合が始まるまでの間にチケットを使って潜入した信者たちへ道具を渡しておいただけです」


 壁から錫杖を引き抜いたザビーネは、クエルを見据えたまま続けた。


「ところで、外が随分と騒がしいようですが、ここは静かですね」


「…………? 何を言って……?」


「騎士団は王族や貴族、観客たちの避難誘導で手一杯、ガーランド家の使用人たちは瓦礫と結界に阻まれ足止め状態。

 この場にいるのは、わたくしと貴女だけ……と言う事ですわ」


 眼鏡の奥で、ザビーネの目が怪しく光る。


 ここでクエルは、自分がこの場に誘い込まれた事に気がついた。


 女神教は、目的のためには手段を選ばない連中である。


 ケインが大人しく従わなければ、どんな強硬手段に出るか想像がついた。


「本来であれば、我々と天使様が対戦をする時に、会場を混乱させたかったのですが、

 不幸にも全員が天使様とは別のブロックになってしまいましたから、計画を少し変更いたしました」


「あなた以外にも参加選手の中に女神教が!?」


 ザビーネの言葉に、クエルは驚きと困惑と緊張の入り混じった表情を見せる。


「天使様が素直に我々の元へ来ていただければ、それで良し。 ですが天使様が拒否した場合」


 ザビーネは落ち着いた口調でクエルを見つめる。


「とても不本意ですが、天使様はあなたのような小娘を気にかけているご様子。

 あなたに、天使様の説得を協力していただこうと思います」


「わたしをケインの人質にしようって言うの!?」


 クエルは緊張に身を固くした。


「……うっ……」


 クエルに、二年前の苦い記憶が蘇る。


 誘拐され、監禁され、薬漬けにされた記憶がフラッシュバックする。


 薄暗い監禁部屋、いやらしい男たち、身体を狂わす媚薬。


 手足が震え、吐き気がする。


 クエルは震える手で顔を覆った。


「あ……あ……」


 身体中が恐怖で悲鳴をあげていた。


 怯え切って震えている。


(怖い……恐ろしい……誰か……助けて……)


「あらあら、どうされました? 自分の置かれた状況に怯えておられるようですわね。

 残念ですが、この場に貴女を助けに来てくれる者は現れませんよ」


 震えるクエルを、ザビーネがくすりと笑う。


 強い不安と恐怖を感じ、クエルは震える身体を両腕で抱くと力なく床の上に膝を屈してしまった。


「いくら強がっていても所詮は小娘、せいぜい震えていなさい。 いまごろ我々の仲間が天使様を迎え入れているでしょう」


(……ケイン……)


 嗚咽おえつを漏らすクエルに、ザビーネは恍惚とした表情で唇を舐めた。


「あぁ、ようやく天使様が我々の元へ来て下されるのです。 こんな素晴らしい事はありません」


 ザビーネは自分で自分をでるように抱きしめ、官能的で蠱惑的な低い喘ぎ声が漏れる。


「天使様をお迎えした暁には、この身体で天使様を愛しましょう。 そして、わたくしは天使様の聖女となるのです」


 ザビーネのその姿に、クエルは愛らしい顔を歪ませた。


(怖い、怖い、怖いっ…………でも)


 クエルの震えていた身体が止まった。


(ケインを失う方が、もっと怖いっ!!)


 クエルは強く歯を噛み締め、全身から怒濤のような邪気をあふれさせる。


「……人が大人しく聞いていれば、勝手な事をペラペラと、そう思い通りにいくと思うな!」


 激昂し鋭く怒声をあげると、クエルは立ち上がり二本の竜骨棍を構えた。


「情緒不安定な方だとは聞いておりましたが……仕方ありません」


 ザビーネは指で眼鏡を押し上げると、錫杖を両手で構え直す。


「天使様を説得する為に手加減をして差し上げますが、せいぜい足搔いてごらんなさい」


「ケインは誰にも渡さない! ケインはわたしのモノだっ!!」


 人気ひとけのない通路で人知れず、負けられない女の闘いが始まった。


お読み頂き、ありがとうございます。


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