第五十七話 襲撃
「クエルお嬢様! お怪我はございませんか?」
試合を終え控室に戻ると、エリスが心配そうにクエルを出迎えた。
「えぇ、見ての通り、心配してくれてありがとう」
クエルは備え付けのソファに腰を下ろす。
メイドから水の入ったグラスを受け取り一気に飲み干すと、クエルは一息ついた。
顔を伏せると、クエルは終えたばかりの試合を思い返す。
(あそこまで痛めつける必要はなかったのに)
本来であれば試合開始直後に、竜骨棍に仕込んだ魔石を使い電撃によって相手を気絶させるはずであった。
その為に、相手を傷つけずに無力化する魔道具を作ったのである。
だが、実際はどうだろう。
楽しかった。
相手を叩きのめしていることに快感を覚えた。
血に酔いしれ、暴力を楽しんでいた。
これが魔族の血の影響なのか?
それとも邪神の加護の影響か?
クエルは、自分の小さな手をジッと見つめる。
手練れの冒険者を、苦も無く打ち倒せる超人的な運動能力。
それに加えて、回数の制約があるとはいえ放つ事が出来る無詠唱魔法。
元々クエルは人を叩くことが、暴力が嫌いであった。
自分のしたことが怖い……と思う反面、心強いとも思う。
この力を使えば、ケインを守る事ができる。
試合とはいえ実戦を経て、確かな手ごたえを感じたクエルは小さな手を握り締めた。
クエルが気を落ち着かせるためヘブンリーフを吸っていると、トントンッと扉をノックする音がした。
「失礼いたします」
小さな音を立ててドアを開けて現れたのは、女性執事のセリカであった。
わざわざソフィアの元から、こちらへ来たらしい。
「お嬢様、お疲れ様でございます。 素晴らしい試合でございました」
「……相手をいたぶるような闘い方が?」
ヘブンリーフの煙を吐き出しながら、クエルは自傷気味に笑う。
「ソフィア様も魔族らしい闘いだったと絶賛しておりました。
もちろんシルビアも、私を含めた者たちも、お嬢さまの闘いに感銘を受けました」
「……そう、それは良かった」
クエルはヘブンリーフを灰皿で揉み消す。
魔族である彼女たちには、残酷で嗜虐的な本能を満たしてくれる試合だったようである。
「ところでセリカ、女神教に何か動きは……」
クエルが警備状況をセリカに聞こうとしたところ、闘技場のざわめきが控室に聞こえてきた。
観客席から遠く離れたここでは、フィルターがかかったように、ぼんやりと聞こえる。
会場では今頃、一回戦最後の試合であるBブロック第四試合が始まった頃であろう。
だが、何か様子がおかしい。
耳を澄ますと、歓声とは違う悲鳴のような声が聞こえてきた。
(何が起きているの?)
嫌な予感が、胸の奥に渦巻く。
異変を察知したのか、セリカもエリスも訝しげな表情をする。
すると扉が勢いよく開かれ、女性執事が控室に飛び込んできた。
「せ、セリカ様っ! た、大変ですっ!」
「落ち着け、お嬢さまの前だぞ」
慌てる女性執事を、セリカが冷静に叱咤する。
「も、申し訳ございません。 報告いたします。 会場の複数個所から煙が発生」
「火事か?」
「火の手は確認されておりません」
女性執事の報告に、クエルたちに緊張が走った。
「会場の様子は」
「恐怖に煽られ、観客はパニック状態です」
「各自持ち場を離れぬよう通達しろ! それと現状を報告させ……」
ズズーン!!
女性執事に指示を出そうとしたセリカの言葉を遮り、闘技場全体が揺れた。
「今の揺れは何?」
「地震ではないようですが……」
ソファに手をついて身体を支えたクエルが、エリスと顔を合わせる。
「報告をしろっ! 何が起きたっ!」
セリカの叫びに、間をおいて再び控室に別の女性執事が飛び込んでくる。
「報告します! 会場中央へ続く専用通路が崩落しました。 中に入れません!」
「何だとっ!」
女性執事の報告に声を上げるセリカ。
そこまで聞いたクエルは、ソファから立ち上がった。
「ケインッ!」
クエルは女性執事を押し退け、控室から飛び出す。
「クエルお嬢様っ! お待ちをっ!」
セリカとエリスの制止を振り切り、クエルは駆け出した。
◇
クエルは悔しさに歯を嚙みしめる。
(こんな事なら呑気に控室で待っていないで、ケインの傍にいるべきでした)
この騒動を起こしたのは、間違いなくケインを狙う女神教だろう。
何か派手な動きがあるとしたら、ケインの試合中だろうと思っていた。
まさかこのタイミングで、事を始めるとは思っていなかったのである。
(わたしが試合を終えた時、ケインは選手専用席にいました)
ケインが次の試合を見るために、まだその場にいる可能性は高い。
崩れた通路を避け階段を駆け上がり、クエルは各階のフロアを駆け巡る。
クエルの頭の中はケインの事で一杯であった。
その為、不自然に通路や階段が瓦礫で塞がれ、誘導されている事に気づかず。
また、セリカやエリスが追ってきていない事を気にも留めていなかった。
この時セリカたちは、クエルが飛び出して行った後、襲撃を受け足止めをされていたのである。
クエルも、まさか自分たちが追い詰められる側に回っているとは思っていなかった。
会場中央へ入れる場所を探し回り、クエルは最上階のフロアに辿り着く。
窓の外では、闘技場から逃げ出す観衆を、王都騎士団と王国騎士団が避難誘導をしている。
煙によってパニックになった観客たちが騒然となり、逃げ惑う人々であふれ返っていた。
外の喧騒とは異なり、関係者以外立ち入り禁止とされている通路には、まるで人気がない。
クエルは外の様子など気にもせず、会場中央へ通じる通路を探すため先に進んだ。
「そんなに急いで、どちらへ行かれるのですか? クエル=ガーランドさん」
突如、聞き馴染みの無い声をかけられ、クエルは足を止める。
闘技場の外郭に沿って緩やかなカーブを描く通路の向こうに、人影が立っていた。
白を基調にした聖なる衣を身に纏い、手には錫杖を持っている。
腰まで届く金色の長い髪、清楚で可憐な顔に眼鏡をかけた女性。
「……誰?」
「あらら、誰とはひどいですね」
芝居がかった仕草で肩を落とすと、女は長い髪をかき上げる。
「大会参加選手の顔も覚えていないのですか?」
そう言われクエルは、対抗戦に参加している冒険者の中に僧侶姿の女性が居た事を思い出す。
もっとも、大会参加者の事などクエルからすれば眼中にもなかった。
自分の試合の時でさえ、ステージに上がるまで対戦相手の事など気にもしていなかったのだから。
「悪いけど、わたし急いでいるの。 そこをどいてくれる」
「会場の中へ入りたいのでしたら、この先の通路から入れますよ」
女は窓際に寄って道を開ける。
クエルが再び歩き出そうとすると、女は手に持った錫杖を伸ばし行く手を塞いだ。
「ただし、あなたは中に入る事は出来ませんが」
「……なんのマネかしら? 貴女ただの冒険者じゃないわね。 何者なの?」
クエルは青い目を細め、底冷えのするような眼光を女に向けた。
この混乱の中、このような事をする者がただの冒険者であるとは思えない。
「改めまして、わたくしの名はザビーネ。 女神さまに仕えるシスターでございます」
ザビーネと名乗った女は、慇懃無礼なポーズでお辞儀をすると唇を吊り上げた。
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