第五十六話 初陣
ベネディクト王立学園対抗戦は、滞りなく進行していた。
ケインに続き、フウ、ミレーヌと危なげなく勝利し、二回戦に進出する。
そして、つい先ほどBブロック第二試合が終わったところであった。
一回戦の残り試合は、あと二つ。
次はクエルの出場するBブロック第三試合。
クエルは控室のソファに座り、目を閉じて気を落ち着かせていた。
テーブルの上には、飲み終えた性欲抑制剤のビンが置かれている。
ケインの試合の後、興奮のあまり発情一歩手前になっていたクエルは、控室に戻り身体を鎮めていた。
メイドのエリスが時計を見ると、クエルに声をかける。
「クエルお嬢様、そろそろ試合のお時間です」
「……よし」
エリスの言葉にクエルは目を開けると、ソファからゆっくりと立ち上がった。
ヘブンリーフを取り出し、桜色の唇に咥えると、エリスが火を点ける。
控室にヘブンリーフの甘い香りが漂う。
エリスが控室の扉を開けると、闘技場の中央へ続く関係者専用の通路にはガーランド家の女性執事たちが並んでいた。
「「「「「 いってらっしゃいませ、クエルお嬢様! 」」」」」
女性執事たちは、一斉に頭を下げた。
彼女たちから見れば、我らが魔族の女王の初陣である。
期待と不安を彼女たちから、クエルは感じ取っていた。
「行ってくる」
クエルはジャラリと音を立て、大量のアクセサリーが付いたコートを翻すと、女性執事たちの立ち並ぶ通路を通り抜ける。
◇
『お待たせいたしました。 ただ今より、Bブロック第三試合を行います!』
女性アナウンサーの声を入場ゲートの奥で聞きながら、出番を待っているクエル。
クエルからすれば、これから行う試合も、この対抗戦自体も茶番に過ぎなかった。
だが、魔王の娘として使用人たちの前で無様な姿を見せる訳にはいかない。
ましてや、最愛の人であるケインの前で顔を腫らして負ける訳にはいかなかった。
『選手入場!』
女性アナウンサーの叫びと共に、クエルはゲートを出る。
騒々しい観客の歓声に眉をひそめながら、ステージへ続く花道を進む。
クエルの姿を見て、観客の間でどよめきが走った。
観客たちは、クエルについて多くを知らない。
それは要人専用のゴンドラ席から見ている国王や側近、貴族たちも同様である。
知っているのは、暗黒街の妖精と呼ばれ、あの闇の貴族の当主。
暗黒街の魔女ソフィア=ガーランド子爵夫人の娘だという事。
噂ではケイン=シルフィードの恋人を自称し、手の施しようがないほど淫乱であり、重度の薬物中毒者であるという事くらいであった。
事実、クエルは魔薬であるヘブンリーフを口に咥えながら花道を歩いている。
この時、観戦する者たちの大部分の心の内には、ひとつの疑問があった。
その様な少女が、本当に戦えるのか?
国王や貴族、観客たちが見守る中、クエルは闘いの舞台となるステージに上がった。
『ベネディクト王立学園代表! ガーランド家のご令嬢!
クエル=ガーランド様!!』
耳障りな女性アナウンサーのリングコールを無視して、クエルは広大な空間の闘技場を見回す。
観衆の顔など豆粒のように小さい。
しかし観客の方は、クエルの容姿も顔の表情まで、魔道具によって空中に映し出されハッキリと見られるのだ。
ふと、クエルは選手専用席に視線を向けると、そこにはミレーヌとフウに挟まれたケインの姿があった。
(わたしの試合を、ケインが見てくれている)
女神教に狙われている事を知らないケインは純粋に対抗戦を楽しみ、そしてクエルを心配してくれていた。
(ケインの為にも、茶番は茶番なりに盛り上げないといけませんね)
クエルは不敵な笑みを浮かべると、咥えていたヘブンリーフを指に挟み掲げて見せる。
何事かと見守る観客たちの前で、クエルの持つヘブンリーフが燃え上がった。
一瞬にしてヘブンリーフは炎に包まれ灰になる。
クエルは、指先に生まれた炎を腕を振って飛ばして見せた。
ステージの上を炎が派手に伸びる。
『む、無詠唱魔法です!! クエル=ガーランド様、これはド派手なパフォーマンスだー!!』
派手な魔法のアピールに、クエルに対して懐疑的であった観客がドッとわき上がる。
観客がクエルのパフォーマンスに歓声を上げていると、対戦相手がゲートに登場した。
がっしりとした体にプレートメイルを着込み、手には棍棒を持った典型的な戦士の格好をした大男が姿を現す。
大歓声の中、大男は花道を歩くとステージに上がった。
『対するは、怖いもの知らずの暴れん坊! Dランク冒険者ブライアン!』
女性アナウンサーのリングコールに合わせて、ブライアンは拳で胸を叩いてアピールをすると、再び観客がわき上がる。
審判に呼び寄せられて、ステージの中央に歩み寄るクエルとブライアン。
試合の注意事項を聞き流し、クエルは対戦相手のブライアンを見上げた。
同年代と比べても、身体の小さいクエル。
背の高い巨漢と並ぶと、巨人と妖精である。
「こんな小さなお嬢様がオレの相手だって? たちの悪い冗談だぜ」
ブライアンと呼ばれた巨漢は皮肉っぽく唇を歪めると、クエルを見下ろした。
「小さすぎて踏み潰しちまいそうだ。 悪い事は言わねえから、試合が始まったらすぐにギブアップしな」
「あなたの方こそ、怪我をしたくなければ、今すぐ試合を棄権しなさい」
「気の強いお嬢様だ……しょうがねぇ、とっ捕まえてステージの外に放り出すか」
挑発的なクエルのセリフに、ブライアンは額に血管を浮かせながら低く抑えた声を出すと、地響きを立てながら指定の位置へ移動する。
クエルも指定の位置へ移動すると、審判が近づいてきた。
「危ないと思ったのならすぐにお逃げください。 危険と判断いたしましたらすぐに試合を止めますので」
「心配してくれてありがとう。 わたしがやり過ぎないうちに止めて頂戴」
自信たっぷりのクエルの言葉に、審判は少し驚いたようだ。
「……わかりました。 それでは試合を始めましょう」
ステージの中央へ戻ると、審判の手が上がった。
色々な意味で注目の一戦に、国王も貴族も、観客たちも固唾を呑んで見守る。
『それでは、ブライアン対クエル=ガーランド様、試合開始です!!』
審判が腕を振り下ろし、試合開始を告げた。
◇
観客たちは、クエルが遠距離から魔法を駆使して闘うと予想していた。
試合前に行った派手な魔法でのパフォーマンスは、観客に強いインパクトを残している。
だが、試合は観客の予想を見事に裏切ってくれた。
試合開始の合図と共に、クエルは二本の竜骨棍を手に取ると、巨漢のブライアンに向かって駆け出す。
ジャラッというコートに付けられたアクセサリーの音を響かせ、瞬く間にブライアンの懐へ飛び込む。
相手が小さな少女ということで、完全に油断していたブライアンは武器を構える暇もなかった。
クエルは手にした竜骨棍を、鎧の上からお構いなしに叩きつける。
その小さな身体のどこに、それ程の力があるのか。
信じられないほど重い衝撃に、ブライアンは驚愕に目を見開き上半身が前に傾く。
クエルに覆いかぶさるように前のめりになるブライアンを、もう片方の竜骨棍で突き上げる。
そこからは、クエルの一人舞台であった。
有無を言わせぬ苛烈な攻撃は、圧倒的な力で相手をねじ伏せ反撃の余地を許さない。
その姿は暴力的でありながら、どこか上品で美しく観衆を魅了する。
空中にはその様子が、魔道具によって細部まで鮮明に映し出されていた。
ステージの上で繰り広げられる残虐なダンスに、女性アナウンサーも、観客たちも、審判でさえ、まるで魅力の魔法にかけられたかのように見入ってしまっている。
静まり返った会場に、二本の竜骨棍が鎧を打つ金属音と、肉を打つ打撃音だけが響く。
観客にはその音も上質な音楽のようであり、聴く者の心を掴む。
観衆がクエルの闘う姿に陶酔する中、選手専用席に座っていたフウが立ち上がり切羽詰まった声で叫んだ。
「止めろ審判っ! そいつ死ぬぞっ!!」
フウの叫びにハッと我に返った審判が、クエルとブライアンの間に割って入った。
「……ま、待てっ! 待てだっ!」
勇気ある行動である。
「離れてっ!」
審判に押されクエルが攻撃を止めると、ぼろ雑巾のようになったブライアンは糸の切れた人形のようにステージの上に倒れた。
それを見た審判が両手を交差させ試合を止めると、大声で救護班を呼んだ。
『……あ……え……し、試合終了! ブライアン選手、邪悪な棒術の前に敗れ去りました!
クエル=ガーランド様、圧勝!! 完全勝利ですっ!!!』
女性アナウンサーの勝利コールを聞きながら、クエルは竜骨棍を肩に担ぐとヘブンリーフを取り出し桜色の唇に咥え火を点ける。
救護班が駆けつけ、数人がかりでブライアンをステージから運び出していくのを、クエルはヘブンリーフを吸いながら見つめていた。
「だから言ったでしょ、やり過ぎないうちに止めてって」
ヘブンリーフの煙を吐き出すと、静まり返った観客たちに見送られ、クエルはステージを後にした。
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