第四十九話 ドラッグパーティー
クエルに声をかけてきたのは、まっすぐに腰の下まで伸びる艶やかな赤い髪に、ドレスを身に纏った貴族の令嬢。
両手に持った皿の上には、ソーセージやローストビーフ、クリームたっぷりのケーキが大量に乗っている。
「ミレーヌ」
令嬢の名をクエルが口にする。
ベネディクト王国三大貴族の一つ、ソレイユ家の侯爵令嬢ミレーヌ=ソレイユ。
「あなたもパーティに来ていたのですか?」
「案内状が届いたのよ。 ソレイユ家の侯爵令嬢としてウィロー家の侯爵令息のパーティに出席しない訳にもいかないでしょ」
ミレーヌはクエルの隣に腰を下ろし、両手に持っていた皿をテーブルに置いた。
「でも驚いたわ。 普段の乱暴な言動のクエルからは想像もできない、上品で落ち着いた姿じゃないの」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「しかし、どんなパーティーかと思って来てみたけれど、退屈なパーティーね」
ミレーヌからしてみれば、パーティーに参加する暇があれば、学園対抗戦に向けて鍛錬をしていたいのだろう。
「ミレーヌ、ケインを見ませんでしたか? せっかくのドレス、ケインに見てもらいたいのですが」
「見てないわ。 っと言うか、来てないんじゃないかしら」
ケインに対して敵対心を持っているマクシミールであれば、わざわざ自分の主催するパーティーに呼ぶとも思えない。
ミレーヌはそう言うと、壇上で若者たちへと何かを叫び続けているマクシミールを呆れた目で見る。
「大体このパーティーも、最近のケイン殿の活躍や、私たちが学園対抗戦に代表で出場すると聞いて危機感でも持ったのでしょう」
やれやれと大きなため息と共にミレーヌはぼやくと、フォークを手にケーキを一切れ口元に運ぶ。
「ミレーヌ、そのケーキ食べない方が良いですよ」
「え?」
ケーキを口にしようとしていたミレーヌは、クエルの呟きにその動きを止めた。
「そのケーキ、魔薬が入っています」
「なんですって!?」
ミレーヌは驚きの声を上げると、口を手で塞ぎ慌てて周囲に目をやった。
幸いなことに周囲にいる若者たちは、クエルとミレーヌの高貴な雰囲気に距離を取っていたため、二人の会話は聞こえていないようである。
「クエル本当なの、魔薬が入っているっていうのは?」
「えぇ、間違いないです。 クリームに魔薬が混ざってます」
小声で話すミレーヌにクエルはそう返すと、フォークで目の前の皿に乗っているケーキを一切れ口に入れる。
「ちょっ!? クエル食べて大丈夫なの!?」
魔薬入りのケーキと言っておきながら口にするクエルに、ミレーヌは狼狽気味である。
「わたしが普段吸っているヘブンリーフに比べれば、お菓子よりも無害な代物です」
桜色の唇に付いたクリームをペロリと舐め取る。
そこでミレーヌは、クエルが日常的に魔薬を吸っている事を思い出す。
「ミレーヌ、ちょっと失礼」
クエルはミレーヌの前に置かれているローストビーフをフォークで取ると口に運ぶ。
「……やっぱり、掛けてあるソースに魔薬が入っています」
「まさか、このパーティーに出されている料理すべてに!?」
「これは、ちょっとしたドラッグパーティーですね」
「あなたは平気かも知れないけど、ここにいる客が料理を口にしたらどうなるのよ?」
「耐性がない者であれば陶酔感と高揚感、それと……理性のタガが外れるかも知れません」
それを聞きミレーヌは改めて会場内を見回す。
パーティー会場内は異様な熱気に包まれ、場の雰囲気が盛り上がりテンションが上がっている。
明らかにクスリの影響で、少年少女たち若者の感情が高ぶっていた。
壇上の上で喋るマクシミールの稚拙なスピーチも、脳がドラッグで痺れた若者たちから歓声が掛けられる。
トランス状態からの集団心理に陥っているのが、傍から見ているとわかった。
「マクシミール殿、なんて馬鹿な真似を……すぐにパーティーを中止させないと」
「落ち着いてミレーヌ、今騒いだら、大事になっちゃいます」
立ち上がろうとするミレーヌの腕をクエルが掴み引き止めた。
仮にもこのパーティーに参加しているのは、貴族の令息や令嬢たちである。
その者たちがドラッグパーティーに参加していたと表沙汰になれば、大問題になってしまう。
それは、裏社会を支配するガーランド家としても避けたかった。
「だからって放っておく訳にはいかないでしょ。 ここにいる者たちが魔薬中毒者になってしまうわ」
「魔薬といっても、さほど常習性の強くないクスリです」
媚魔薬の後遺症で激しい幻覚や幻聴に悩まされていたクエルは、治療の一環として様々な魔薬を摂取していた。
その経験から、この料理に使われている魔薬には常習性は無いと判断できる。
「それなら、マクシミール殿に直接この事を問いただしてやるわ」
「そんな事をしたら、ソレイユ家とウィロー家の関係が悪化しちゃいますよ」
マクシミールのスピーチが終わり壇上から姿を消すのを見届けると、クエルがミレーヌに提案する。
「わたしがマクシミールと話し合って、魔薬の取り扱いを止めさせてきます」
「あなたが?」
「ガーランド家はウィロー家と友好関係にありますから、わたしであれば事を荒立てずに済みます」
クエルの提案に、ミレーヌはしばし熟考する。
「……いいでしょう。 マクシミール殿の事はクエルに任せるわ」
さすがにこの場で事を荒立てるのは得策ではないと判断したようだ。
「それでは、わたしはマクシミールに会ってきます。 ミレーヌは会場を見ていてください」
「わかったわ。 それとクエル気をつけなさい。 マクシミール殿は女癖が悪いともっぱらの噂よ」
「大丈夫ですよミレーヌ、いくらマクシミールが愚か者でもガーランド家の令嬢であるわたしに手は出さないでしょう」
クエルは立ち上がると、会場の奥へと歩いて行く。
「……大丈夫かしら」
クエルの後姿を見ながら、ミレーヌは呟くと会場に目をやる。
熱狂のパーティーは構わず続行され、より一層の歓声が会場を埋め尽くしていた。
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