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第三十九話 模擬戦


 ギルドの敷地内に設備されている屋外鍛練所。


 その中央には、試合ができる広さのステージがあった。


 クエルとケインが一段高いステージの上に立っている。


 ケインの手には、訓練用の刃が潰してあるロングソードが握られていた。


「ケイン、こんな事に付き合う事ありません」


 虎娘フウの扇動によって、ケインが半ば強引に模擬戦を強いられた事にクエルは憤りを感じていた。


 ステージの周りでは、観客となっている冒険者たちが無責任に歓声を上げている。


 それは冒険者たちだけでなく、ギルド職員たちも歓声こそ上げていないが、今から始まる事に興奮をしていた。


 だが、それは無理もない事である。


 新人ながら飛び級でランクアップをしたDランク冒険者であり、ベネディクト王国が誇る若き英雄と呼ばれるケイン=シルフィード。


 対するは、各国でも数人しかいない実力者、Aランク冒険者の獣人フウ。


 模擬戦とは言え、滅多に見る事が出来ない好カードの対戦であった。


「クエル、心配させちゃってごめん……でも、試してみたいんだ。 僕の実力がAランク冒険者に通用するのか」


 ケインのロングソードを握る拳に力が入る。


 普段の知的で優雅で洗練されている様子とは異なり、その佇まいはある種の力強さを感じさせた。


「……ケイン」


 その姿を見た瞬間、クエルの愛らしい顔にほのかな朱が走り、心臓がドクンッと跳ねる。


(あぁ、ケイン……カッコイイ、男らしくて素敵……)


 クエルは青い目をトロンと蕩けさせ、舌で桜色の唇を舐め上げる。


 浮かべるうっとりとした表情は、乙女と言うには少々妖艶であった。


 心臓がドクンッドクンッと脈打ち、全身からじっとりと汗が浮かびクエルの着ている制服を濡らす。


 頬をほんのりと赤く染め、零れ落ちるほど大きな胸を抱きしめると、身体をくねらせる。


「うふぅ……はぁん……あふあぁ……っん」


 桜色の唇から漏れる、発情した牝の喘ぎ声を必死に抑える。


 幸いクエルの喘ぎ声は、制服に付けられた大量の銀色に輝くアクセサリーがジャラジャラと鳴る音でケインの耳には入らなかった。


「準備は整ったかい?」


 ステージの中央で虎娘のフウが両手に手甲をはめながら、ケインを呼んだ。


「クエル、下がっていて」


「……は……はひぃ……」


 艶美な表情を浮かべながら、クエルは後ろに下がるとステージから降りた。


 ステージ中央へ歩くケインの背中を見つめるクエルの脇に、セリカが控える。


「……わたしケインが戦うところを見るのは、初めてです。 セリカはケインが戦うところを見た事があるのですよね」


「はい、お嬢様。 二年前の王都犯罪組織殲滅作戦の際に、シルフィード様が無双する姿を見ております」


「ケインは、勝てますよね」


「もちろんでございます」


 クエルを心配させぬように、セリカはケインが勝利すると保証する。


 だが、それとは別にセリカにはこの戦いで見るべきモノがあった。


 それは、ケイン=シルフィードの本当の実力。


 天使候補と思われるケインの実力は未知数。


 そんなケインの力量を見極める上で、Aランク冒険者と言うのは理想的な相手でもあった。



 ケインはステージ中央まで進むと、フウと対峙した。


 フウは楽しそうに、ぽきぽきと指を鳴らす。


 彼女のような獣人は、戦わなくては相手の気持ちがわからない。


 深くわかり合うには、生命ギリギリのところでやり合わなければならない。


 痛い思いをして、ぶっ潰し合わなければ、何一つわかり合えない。


 闘いなくして生きられない。


 それが、獣人の性であった。


「それじゃ、お姉さんと遊ぼうか」


「ルールは、どうしますか?」


「そうだな……あれ、見えるか」


 フウが親指を立てて指差した先には、子供ほどの大きさの砂時計が置かれていた。


「あの砂時計は回転すると音が鳴るんだ。 ダラダラと戦うと緊張感がないからな。

 制限時間内にどちらかが一撃入れれば、そこで勝負ありだ」


「わかりました」


「……そう言えば、お前は魔法も使えるんだよな?」


「はい、使えます。 ギルドカードの職業欄には魔法剣士で登録してあります」


「そうか、それなら魔法も使っていいぜ」


 フウがそう言った途端、ステージの下にいたサブギルドマスターのトバルが声を上げる。


「ケイン様っ! 攻撃魔法はおやめください! ここの施設の結界では、ケイン様の攻撃魔法に耐えられません」


「……お前、何をやったんだ?」


 サブマスの必死な形相に、フウが怪訝な顔でケインに尋ねる。


「冒険者登録をした時に、試験で魔法を放ったら壁を壊しちゃいまして……」


「あそこの破壊された壁は、お前がやったのか?」


「……はい」


「ふ~ん、それじゃ仕方ない、攻撃魔法は無しでやるか」


 フウの向けた視線の先には、鍛練所の壁の一部が破壊され大きな穴が板で応急処置として張られていた。


「んじゃ、そろそろ初めっかっ!」


 フウは両手にはめた手甲を胸の前で打ち鳴らすと声を張り上げる。


「ケインッ! 頑張ってっ!」


 ケインの背にクエルが声援を送ると、ケインは手に持ったロングソードを軽く上げて応えた。


「よっしゃ! 砂時計を回せ、試合開始だっ!」


 フウの言葉に、サブマスのトバルが砂時計のストッパーを外す。


 砂時計が勢いよく半回転すると、カーンッと甲高い音を立てる。


 ケイン対フウの模擬戦を開始するゴングが鳴った。



 ケインはロングソードを両手で握ると正面に構える。


 一方、フウは両腕に手甲を付けている以外、武器は持っていない。


 獣人の肉体は、全身が凶器と言って良い。


 その拳はハンマーであり、爪はナイフである。


 そして、獣人には各部族に伝わる闘技とうぎと呼ばれる体術が存在した。


 闘技があるからこそ、獣人はただの獣ではない強さを持っているのである。


 ケインとフウは、互いに距離を取って相手の様子を窺っていた。


「どうした坊主? お姉さんが胸貸してやるって言ってんだ、遠慮せずかかってこい」


 フウが指先をクイクイっと上げ、ケインを誘う。


「はい! いきますっ!」


 ケインは一気にフウとの間合いを詰めると、手に持ったロングソードを振るう。


 ガキンッ!


 っと、金属音と共に火花が散った。


「甘いぜ、坊や」


 斬りつけたケインのロングソードを、フウが手甲で受け流す。


 ワァッと観客になっている周囲の冒険者やギルド職員たちから歓声があがった。



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