第三十二話 疑惑
王立学園の応接室。
「お久しぶりでございます。 ソフィア様」
腰まで伸びる長くさらっとした栗色の髪を揺らし、学園長のシルビアが恭しく頭を下げる。
「久しぶりですわねぇ、シルビア」
ソファーに座るシルビアの対面には、漆黒のドレスを身にまとったソフィアが座っていた。
その後ろには女性執事のセリカが控え、部屋の入口にはメイド長のエリスが立っている。
部屋の外には、ガーランド家のメイドたちが扉の前を固めていた。
「あなぁたから送られた情報は、組織で有効に使わせていただいてますわぁ」
「お褒めのお言葉、ありがとうございます」
「もぉっと早く会いに来たかったのでぇすが、カイン=シルフィード侯爵との話ぁし合いの後、組合やら組織やらの会合で時間が取れませんでしたからねぇ」
「いえ、本来であれば、わたくしの方からソフィア様に会いに行くべきだったのですが、学園の仕事が忙しく」
「その忙しい中、時間を取ってくれて助かりましたわぁ。 明日はマリスの街へ戻るためぇに王都を離れなければいけませんのぉ。
わたくしもクエル様のお側に居たいのですが、領都であるマリスの街をいつまぁでも空けるわけにもいきませんからねぇ」
「ソフィア様もお忙しいようで」
「人間社会で地位を築くと、しがらみが多くなりますわぁ」
ソフィアがころころと喉を鳴らすと。
「……さて、本題に移りましょう」
茶番はお終いと、ソフィアの瞳が細められる。
「わたくしが貴女に会いに来た要件、分かっておりますわね」
「ケイン=シルフィードの事でございますね」
膝の上で両手を合わせ、シルビアは淡々と答える。
「学園では、今朝から彼とクエル様の話題でもちきりでございます」
「その事については学園に来る前に聞きましたわ。 国王陛下に呼び出されたとか」
「さすがはソフィア様、お耳が早い」
「ベネディクト王国の上層部は、ケイン=シルフィードをよほど特別視しているようですわね」
ソフィアは皮肉っぽく唇を吊り上げる。
「彼を特別視させた要因の一つは、学園からの報告も含まれているでしょう」
シルビアは、数枚の紙をソフィアに渡す。
その紙には、ケインの王立学園の受験結果とベネディクト王国への報告書であった。
受験結果と報告書に目を落とすと、ソフィアは内容をさっと流し見る。
「筆記試験はオール満点、実技試験に至っては無詠唱で魔法を使い、魔法コーティングを施した鎧人形を破壊する程、王立学園設立から見ても稀にみる天才です」
報告書を見るソフィアに、シルビアは淡々と語った。
「なるほど、この試験結果と報告書を見れば、ケイン=シルフィードを特別視するのも納得ですわ」
ソフィアは見ていた紙をテーブルの上に放る。
「ベネディクト王国の上層部は、ケイン=シルフィードを天使候補として見ているようです」
『天使』
それは、勇者が召喚されなくなった後、この世界に生まれるようになった不思議な子。
他の者よりも優れた知力、強い腕力、高い魔力などを持っており、その力は勇者に勝るとも劣らないと言われている。
王立学園の試験結果は、ケインが天使である可能性を補強していた。
「その様ですわねぇ、その為にケイン=シルフィードに対してあらゆる婚約を禁止するよう国王が命を出したのでしょう」
ベネディクト王国の国王が、ケインに対してあらゆる婚約を禁止させたのが二年前であった。
その事からして、ベネディクト王国の国王や上層部は、二年前からケインを天使候補と見ていたようである。
婚約を禁止したのは、天使候補であるケインを王家かそれに近い者に引き入れ囲う事が目的なのだろう。
仮にケインが天使でなくとも、優秀な人物である事に変わりはない。
だが、ここに来てベネディクト王国の国王や上層部が予想しなかった人物が現れた。
クエル=ガーランドの存在である。
二年前の王都犯罪組織殲滅作戦。
王国騎士団を派遣してもらう際、国王陛下に進言したカイン=シルフィード侯爵は、プライバシーに配慮してクエルの事を隠していた。
その様なこともあり、クエルとケインの関係をベネディクト王国の国王や上層部は知らなかったのである。
そして、カイン=シルフィード侯爵も、まさかクエルが成人前に、強硬手段でケインと肉体関係を結ぶとは思っていなかった。
クエルとケインの関係を知った国王は、慌てて王城にケインを呼び寄せ事情を訊いたのである。
国王はケインにクエルとの交際をやめさせたかったのだろ。
しかし、ケインは交際を望んでおり、クエルの事が好きであると陛下に言ったのである。
ケインの交際相手がその辺の貴族であれば、国王命令で無理矢理にでも二人の恋愛を破局させられたかもしれない。
だが、相手が悪かった。
交際相手が闇の貴族、暗黒街の魔女ソフィア=ガーランド子爵夫人の娘なのだ。
仮にベネディクト王国の上層部が無理に二人の仲を裂こうものなら、黙らせられる力がガーランド家にはある。
その為、ベネディクト王国の国王はクエルとケインの交際は認めた。
なのでそちらは問題ない。
問題なのは……。
「ソフィア様、ケイン=シルフィードの今後、いかがいたしましょうか?」
シルビアの問いに、ソフィアは唇に指を当て思考する。
問題は、ケインの天使候補疑惑。
もしケインが本当に天使であれば、魔族であるソフィアたちにとって脅威となる。
本来であれば、危険な芽は早急に摘むべきであろう。
だが……。
「天使か否かにかかわらず、今のクエル様にケイン=シルフィードは精神の支え、現状は手出し無用ですわ」
ケインの実力が未知数である以上、リスクを犯す事は避けたかった。
仮にケインの暗殺が成功した場合、クエルの精神が持たないだろう。
「何かあればセリカを通じて、わたくしに連絡をよこしなさい」
「かしこまりました」
シルビアは深々と頭を下げた。
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