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第三話 夜会


「似合ってますかね?」


「お似合いでございますクエルお嬢様」


 クエルの不安な声とは対照的に、エリスの声は嬉しそうだ。


 大きな鏡の前で刺繍とフリルで品よく装飾された、漆黒のドレスを纏わされる。


「今日はお嬢様が正式の場へ初めて立たれる大切な日、身なりに問題はございません」


「はぁ、他の人の前に出るのは初めてで不安です、それにちゃんと喋れるか」


「大丈夫ですよお嬢様、今宵の主役はお嬢様なのですから堂々としておられればよいのです」


 エリスにドレスを着せてもらったクエルはため息を漏らす。


 今日はクエルの初めての社交界である。


 今宵の夜会は、ソフィアが他の貴族たちに娘であるクエルの存在をアピールし顔を覚えさせるために開催したものであった。


「お嬢様、そろそろお時間でございます」


「わかりました、行きましょう」


 迎えに来たセリカに連れられて、屋敷の大広間へと移動する。



 屋敷の大広間には無数のランプが惜しげもなく飾られ、贅沢な灯りに満たされていた。


 メインホールは広くところどころに豪華な料理を載せた丸テーブルが置かれている。


 天井は二階まで吹き抜けになっており、左右の壁際に並んだ円柱が二階の周囲に巡られた廊下を支えている。


 正面にある広い舞台は、袖に当たる部分から両側に鳥の羽のように緩やかなカーブを描く階段が広がっていた。


 そこかしこで歓談する貴族や商人たち。


 ざわめくメインホールの灯りが、スウッと暗くなった。


 客たちが鎮まるのを待って、舞台の踊り場に明かりが灯される。


 ほぉっ、とそこかしこでため息がつかれる。


 照らし出されたのは、銀色の髪をした女性であった。


 宝石をちりばめた漆黒の豪華なドレスに、広く開いた胸ぐりでは驚くほど豊満な乳房がたっぷりと盛り上がっている。


 その姿は人の官能を狂わす妖艶の美女、ソフィア=ガーランド。


 一瞬で人々の視線が集まった。


「ようこそみなさまぁ。 今宵はガーランド家主催のパーティーに参加していただき誠に嬉しく思いますわぁ。

 本日お越しいただいた方々にぃご紹介いしたい者がございますのぉ」


 芝居かがった仕草で左手を上げると舞台の袖から伸びる階段に明かりが灯り、幼い少女が下りてくる。


 漆黒のドレスを纏い、薄紫色の髪で目元を隠した少女の登場に会場がざわめく。


「今宵のパーティーの主役、わたくしの娘であり、ガーランド家の正統な後継者でございますわぁ」


 階段を降り舞台に立った少女に、ソフィアの得意げな声が響く。


「初めまして、クエル=ガーランドと申します。

 不慣れなことも多くまだまだ至らぬ点の多い私でございますが、

 いずれ母のような立派な貴族になれるよう今後ともよろしくお願いいたします」


 クエルのあいさつに周囲がざわめく。


 貴族や商人の間では噂が以前から囁かれていた。


 『あの』ソフィア=ガーランドに娘がいると。


 それが公式の場で発表されたのだ。


 この情報はそのスジの者たちへ瞬く間に広がる事だろう。


 メインホールの灯りが一斉に照らされ周囲のざわめきが一気に小さくなる。


「それではみなさまぁ、この街の未来の支配者に乾杯ですわぁ」


 ソフィアが手に持ったグラスをグラスを高々とあげた。



 次々とクエルとソフィアに挨拶にくる人が並んでいる。


 そんな中、ひと際目立つ人物が現れた。


「相変わらずお美しいですな、ソフィア=ガーランド子爵夫人」


 声をかけてきたのは、スーツを着た白髪混じりの渋い中年の男であった。


 その声は野太く雄々しい声で野性味あふれる顔からは強烈な覇気が感じられた。


「これはこれはウラジミール侯爵、ようこそお越しくださいましたわぁ」


「いやいや、今日はお招きしていただきありがとう」


「クエル、このお方はベネディクト王国のウィロー領を治めるウィロー家当主、ウラジミール=ウィロー侯爵さまですわぁ」


 ウィロー家はベネディクト王国の三大貴族の一つである。


 ウィロー家、シルフィード家、ソレイユ家。


 この三家がベネディクト王国において三大派閥となっている。


 ソフィアの紹介に、クエルが挨拶をする。


「初めましてウラジミール侯爵さま、クエル=ガーランドです、今後ともお見知り置きください」


「これはこれは、ご丁寧にウラジミール=ウィローです」


 握手を求めるように手を差し出されたので、クエルも笑顔で幼い手を差し出す。


 大きな男の手だった。


 クエルは今までこのような男性にあった事が無かった。


 クエルの住む屋敷には男性は居ない。


 働いているのは皆女性であり、男はソフィアの仕事で訪れる者くらいである。


「ソフィア子爵夫人に似て可愛らしいお嬢さんですな」


「ありがとうございますわぁ、今まで大事に大事に育ててまいりましたのぉ」


「しかし、今まで大切に育ててきたお嬢さんを皆の前に出すと言う事は何かお考えがあるのですかな?」


「えぇ、娘を今度開催される武闘会にぃ連れて行こうと思っていますのぉ」


 武闘会とはベネディクト王国がベネディクト王都で開催する武術大会の事である。


 ベネディクト王国は過去の世界大戦である勇魔戦争以来、武力に力を入れていた。


 武闘会は冒険者と呼ばれる者や、まだ名もない野に埋もれている優秀な剣士や戦士を発掘する目的で開催されたのが始まりとされている。


 だが現在はお祭りとしての側面が強く国内の大商会や貴族、近隣の国からも金持ちがやってくる見世物となっていた。


 そして大会前の前夜祭には彼ら特権階級を招いたパーティーが開催される。


「今日の事が広まれば、武闘会の前夜祭には多くの者がわたくしの娘を見に集まる事でしょう。

 そして国中が知ることになるのです、誰がわたくしの全てを受け継ぐ者なのかを」


「ソフィア子爵夫人の全てをですか」


「えぇわたくしの全てをですわぁ」


「ならばちょうど良かった、来なさいマクシミール」


 そう言うとウラジミールが手招きをする。


 その人物を見たクエルの第一印象は、子豚だった。


 現れたのはでっぷりと肥えた少年。


 ウラジミールと同じデザインのスーツを着ているが、内側から贅肉が盛り上がるためボタンが肉に食い込んでいるように見える。


「紹介しよう、私の息子のマクシミールだ」


「マクシミール=ウィローです。

 今日はお招きいただきありがとうございます」


「まぁ、よくいらっしゃいましたわぁ」


 ソフィアに挨拶をするマクシミールを見た瞬間、クエルはゾクッと生理的な悪寒が走る。


 相手を観察する嘗め回すような視線に、クエルは言いようのない嫌悪感を抱いた。


「クエル嬢、まるで漆黒の闇に咲いた花のように綺麗だ」


「……ありがとう……ございます……クエル……ガーランドです」


 何とも言えない気持ち悪さに笑顔が引きつり、目を伏せ少しうつむきながら挨拶をする。


「あらあらぁ、クエルは男の子を前にして恥ずかしがってしまっていますわぁ」


 元々内気で気弱な性格を知っているソフィアが助け舟を出してくれる。


「それにまだ小さいのに女性の扱いに慣れておられますわねぇ」


「子ども扱いしないでいただきたい」


「あらぁごめんあそばせぇ、もう少し大きくなったらぁ、大人の扱いをしてさしあげますわぁ」


 ソフィアがマクシミールの頬をそっと撫でると、豚のような鼻を広げ鼻息を荒くする。


「流石はソフィア子爵夫人、まだ幼い子を一瞬で虜にするとは」


「ホホホ、将来が楽しみなお子様ですわぁ、ウィロー家も安泰ですわねぇウラジミール侯爵」


「いやいや誰に似たのやら、剣術や魔法を覚えるより女性を口説く事にばかりに熱心でして、

 ……噂ではシルフィード家では神童、ソレイユ家では剣聖と呼ばれている子供がいるとか、

 この度の武闘会にも出場するのではと言う話で」


「それは初耳でしたわぁ、この度の武闘会は何やら面白い事が起こりそうですわぁ」


 ソフィアはニンマリと笑うと心の底から楽しそうな顔をする。



お読み頂き、ありがとうございます。


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