第二十一話 策略
「はぁ……うふぅ……」
ベットの上には全裸のクエルが横たわり、何度目かの絶頂の余韻を味わっていた。
顔も首も胸も手足も汗でドロドロになり、油を塗ったように全身が光っている。
薄紫色の長い前髪が額に張り付き、目元を隠していた。
室内には、クエルから発せられた甘い香りが漂っている。
ベットの上には淫具が散らばり、シーツはクエルの汗と体液でぐっしょりと濡れていた。
「うぅん……」
まだ身体の芯に甘い痺れが残っている。
そのせいでふわふわした気分だったが、身体を起こした。
室内にはクエルの他に、エリスを含む数名のメイドたちがベットを囲んでいる。
気怠い身体を動かしベットから降りると、クエルは室内から数名のメイドを連れて浴室へと移動する。
浴室からシャワーの音が室内に響く。
クエルが浴室へ入るのを確認すると、エリスが残っているメイドに合図を出す。
メイドたちはベットの上の淫具を片付けると、手際よくベットシーツを替えていく。
しばらくすると、浴室からバスローブを羽織ったクエルが出てくる。
室内は、すっかり清潔感のある部屋へと戻っていた。
テーブルの上に置かれているヘアバンドを手に取ると、前髪を上げ装着する。
シガレットケースからヘブンリーフを取り出すと、桜色の唇に咥え火を点ける。
ヘブンリーフを吸い、煙をゆっくりと吐き出した。
室内をヘブンリーフの甘い香りが包む。
「クエルお嬢様、お飲み物をお持ちいたしました」
「ありがとう」
エリスから紫色の液体の入っているグラスを受け取ると口に含む。
ワインのように見えるが、中身はブドウジュースである。
窓際へ移動し外を見ると既に日が沈みかけ、街に魔法の明かりが灯され始めていた。
学園から屋敷に戻り、夕暮れまで自慰行為に耽っていたと思うと少々恥ずかしい。
「お嬢様、新しい性欲抑制剤はお身体に合いませんでしたか?」
いつの間にか背後にセリカが控えていた。
「いやクスリは十分効いていた、あれがなければ教室でケインを襲っていただろう」
セリカに背を向けたまま、クエルは答える。
「発情を押さえられなかったのはクスリのせいじゃない、わたしの心の問題だ」
ケインと再会して以降、彼の事を考えただけで身体が熱くなってしまう。
心の奥底に刻まれた爪痕は思っていた以上に根深く、まるで呪縛のようにクエルを縛り付けていた。
(……このままじゃダメ、この気持ちにケリを付けないと、そのためには)
ヘブンリーフを大きく吸い込むと平静を保つ。
「ケインと再会した時から考えていた」
手に持ったグラスをグイッと傾けジュースを飲み干すと振り返る。
「ケインを……やる」
その瞳には、強い決意が込められていた。
「……本当に、よろしいのですか?」
表情を変えずに、セリカが尋ねる。
「このままでは、わたしは先に進めない」
「お嬢様がそのように判断したのであれば、我々はそれに従います」
セリカは胸に手を当て頭を下げた。
(ケイン……ごめんなさい、わたしにはこうするしかないの)
街の明かりを見ながら、クエルは心の中でケインに謝罪した。
◇
クエルが学園に初登校してから数日後。
ベネディクト王都シルフィード家の別邸。
ケイン=シルフィードは、自室で自作の魔道具を作っていた。
机の上には魔石が置かれている。
この魔石に魔法のペンで魔法陣を書き込むことで、様々な魔法を発動させることが出来る。
だが当のケインは椅子に座り魔法のペンを持ったまま、心ここにあらずといった感じであった。
「はぁ……ダメだ、全然集中できない」
魔法のペンを机に置くと、椅子の背もたれにひっくり返る。
ケインの脳裏に思い浮かぶのは、クエルの姿であった。
世間的には清廉潔白、聖人君主と呼ばれ紳士的な人物と言われているが、そこは年頃の男子。
あの日、試験会場と教室で見たクエルのとろんとした表情。
暗黒街の妖精ならぬ誘惑の妖精。
欲情と罪悪感が合わさり、ケインの心をざわつかせる。
「…………クエル…………」
誰もいない自室で、ケインは呟く。
クエルは学園に初登校してからこの数日間、学園を休んでいた。
自分から会いに行きたい気持ちもあったが、ガーランド家とシルフィード家の事もあり会いに行くのが憚られる。
ケインが物思いにふけっていると、トントンッと扉をノックする音がした。
「ケイン様、失礼いたします」
小さな音を立ててドアを開けて現れたのは、執事服を着た老執事であった。
「どうかしましたか?」
「ケイン様にお客様でございます」
「え? 一体誰が?」
「ガーランド家の執事、セリカ殿です」
「セリカさんが?」
「応接室へお通ししております」
「わかりました、会いましょう」
ケインは席を立つと自室を後にした。
◇
ケインが応接室に入ると、ソファーに座っていたセリカが立ち上がり、胸に手を当て頭を下げた。
「シルフィード様、この度は急な訪問にも関わらずお会いしていただき、ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
ケインがソファーに座ると、セリカもそれに倣いソファーに座るとテーブル越しに対面する。
ケインは、改めて目の前に座るセリカを注視する。
ガーランド家に仕える女性執事セリカ。
暗黒街の魔女の異名を持つソフィア=ガーランドの右腕的存在。
二年前の王都犯罪組織殲滅作戦では、彼女からもたらされた情報を元にシルフィード家と王国騎士団が多くの犯罪組織を壊滅させた。
言わば影の功労者である。
ケインとはその時に何度も会っており、顔見知りであった。
「それで、ご用件は何でしょうか?」
「お話と言うのは、クエルお嬢様の事についてでございます」
「クエルの?」
「はい、実はクエルお嬢様はシルフィード様にご迷惑をおかけしてしまったと悩んでおられまして」
「ひょっとして学園を休んでいるのはそれを気にして? それなら僕は気にしていませんから」
「ありがとうございます、ですがお嬢様は謝りたいと申しておりまして、お詫びとしてシルフィード様をお食事にお誘いしたいと」
「食事ですか」
「はい、とは言えシルフィード様をガーランド家のお屋敷にお連れするのは、少々問題がございますので」
一応、表向きにはガーランド家とシルフィード家は良好な関係を持っている。
だが、クエルの母であるソフィアが、ケインを良く思っていないのも事実であった。
「そこで、ホテルのレストランでのお食事と言う事になるのですが」
セリカがホテル名を出すと、老執事がケインにガーランド家の所有するホテルであると耳打ちする。
実は王都犯罪組織殲滅作戦により壊滅した犯罪組織に代わり、新たな組織が王都の裏社会で急速に勢力を拡大させていた。
王都の娼婦街や裏カジノなどの裏社会だけでなく、ホテルなどの宿泊施設、レストランなどの飲食業といった表社会の事業にも及んでいる。
その組織を裏で支配しているのが、暗黒街の魔女ソフィア=ガーランドだという事は、裏社会では暗黙の了解であった。
「構いませんよ、そのお食事のお誘い、お受けします」
「ありがとうございます、クエルお嬢様もお喜びになる事でしょう」
そして、食事会の日程を調整することになった。
この時ケインはまだ、目に見えぬ蜘蛛の糸に絡め捕られていく事に気が付いてはいなかった。
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