第二話 魔法
「これより魔法の訓練を開始いたします」
「よろしくお願いします」
クエルがいるのは屋敷の裏にある訓練場。
大きさはサッカーコートほどあり 普段は治安維持のために常駐している兵士の訓練場である。
だが今日は兵士の姿はなく、いるのはクエルのほかに執事のセリカと、エリスを含めたメイド数人。
メイドたちはクエルとセリカから少し離れた場所に待機している。
「それでは確認いたしますが、お嬢様は魔法のお勉強はしておられたのですよね?」
「はい、魔法の本で読み書きをエリスに習いました」
「では魔法を使うのに必要な三つのモノは何でしょうか?」
「えーと魔力・魔法陣・呪文です」
「その通りですが、お嬢様には魔法陣も呪文も必要ございません。
そもそも、魔法陣や呪文と言うモノは魔力が低い者が魔法を使うための補助のようなものです」
「私が覚えた魔法陣や呪文は、意味が無かったのですか?」
「そんな事はございません、魔法の原理を知ると言う事は使う魔法をイメージしやすくいたします。
それに魔法陣や呪文は、魔道具を作るのに必要な知識です、錬金術と言うモノですね。
魔力の高いお嬢様が魔法を使うのに必要な事は、魔力を認識する事・魔力を操作する事・そして想像する事でございます。
それでは、お手本をお見せいたしましょう」
そう言ってセリカは人差し指を立てて見せる。
「よいですかお嬢様、まず身体の中にある魔力を認識し操作して指先に集めます、そして火を頭の中で想像いたします。
ロウソクの炎をイメージするとわかりやすいかもしれませんね、そうすると」
セリカの指先に、ボッと小さな赤い炎が生まれた。
「わぁ……」
初めて見る魔法の炎にクエルは感動の声をもらした。
「更に大きい炎をイメージすると、こうなります」
小さな炎がテニスボールほどの大きさになった。
「そしてこの炎を飛ばすイメージをすると、飛んでいきます、火球」
セリカは指先を訓練場の鎧を着た人形の的に向けると火球が勢い良く飛び、命中すると人形から炎が上がった。
「これが無詠唱の魔法でございます」
無詠唱魔法。
上級魔導師の中でも、更に上澄みの宮廷魔導師と呼ばれる一部のエリートが使える魔法である。
それを一介の執事が使ったのである。
「凄いです! ひょっとしてセリカは天才魔法使いなのですか!」
「はい、わたくし天才魔法使いでございます……と言いたのですが、わたくしが特別と言うほどではございません、その証拠に」
「「「水球」」」」
セリカが指さす方に目を向けると待機していたエリスたちメイドたちが、燃えている人形に向かって水の魔法を放ち消火していた。
それも全員無詠唱で。
「えぇっ!?」
「驚かれましたか」
「どういう事ですか? 皆無詠唱で魔法を使っていますよ」
「このお屋敷で働いている執事・メイドたちは皆、ソフィア様が集めた優秀な魔導師たちでございます。
いざと言う時には、国の魔法師団にも引けは取りません」
それは地方の一貴族としては過剰な戦力であったが、まだ幼いクエルにはわからなかった。
「それでは魔法を使うための基礎である、魔力を感じることから始めましょう。
ところでお嬢様、魔力とはどこにあるのか、おわかりですか?」
「身体の中ですよね」
「では身体のどこにあるでしょう、頭ですか? 胸ですか?」
セリカは自分の頭や胸を指さす。
「正解はここお腹です、正確にはおへその下辺り、丹田と呼ばれる場所です」
そう言って腹部を指さす。
「とは言え、脳や心臓のように臓器があるわけではございません。
あくまでも魔力の塊のようなものがあると思っていただければ良いです。
それでは実際に魔力を感じてみましょう。
まず両手を重ねて丹田に置きます」
セリカが両手を重ねて腹部に手を置くのと同じように、クエルも両手を重ねて腹部に手を置く。
「そうしたら目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしましょう」
クエルは言われた通り、目を閉じて深呼吸をする。
「どうですか? 何か感じられませんか?」
「いえ、何も」
「そうですか? 心臓のようにトクンットクンッと何か脈打つモノを掌に感じませんか?」
そう言われ、クエルは脈打つモノを意識しながら掌に集中する。
すると、トクンッと掌に脈を感じた。
あっこれが魔力?
クエルが魔力を意識した瞬間、血液が心臓に押し出され血管を巡るように、その魔力がクエルの全身を駆け巡る。
「わっ!? わっ!? わっ!?」
「落ち着てくださいお嬢様、大丈夫です、ゆっくりと深呼吸をいたしましょう」
パニックになるクエルの背後にセリカが素早く回り込むと、その両肩に手を置き優しく語り掛ける。
「スーハースーハー……す、凄いです」
ゆっくりと呼吸を整えると、クエルは身体中から溢れ出すような強力な魔力に身震いを感じていた。
「素晴らしい魔力を感じるだけでなく、魔力の体内循環が出来ております。
これならば直ぐに魔法が使えるようになられますね。
それではお嬢様、実際に魔法を使ってみましょう」
「わかりました、それでは」
「あっ! お嬢さま指輪を外してはいけません!」
指輪を外そうとしたクエルを、セリカが慌てて止めに入る。
「え? 魔封じの指輪を外さなければ、魔法は使えないのでは?」
「お嬢様の魔力量は規格外の量なのです。
今お嬢様が感じられている魔力は、封じ込め切れていない余剰分なのです」
「これが余剰分ですか!?」
「魔封じの指輪を一つでも外すと幼いお嬢様の身体では魔力に耐えられませんので、以前からソフィア様に言われている通り魔封じの指輪を外していけません。
お嬢様は余剰分の魔力だけでも、人間の宮廷魔導師クラスの魔力量はございますので」
「気をつけます」
「それでは改めまして、体内の魔力を感じ身体中の魔力の流れを意識してください」
「わかりました」
セリカの言う通りクエルは腹部の魔力を感じとり、身体全体を流れる魔力の流れを意識する。
「そして流れる魔力を人差し指に集めるイメージをしてください。
魔力が集まると指先が温かく感じるはずです」
幼い人差し指を立て魔力を集める。
「指先が温かくなってきました」
「良いですね、そのまま火つけるイメージをいたしましょう。
そうすれば、私が先ほど出したように、火が生まれます」
「はい、うーん、うーん」
火を出そうとイメージするが、指先には火は生まれない。
しばらくそうしていたクエルの脳裏にある道具が浮かんだ。
前世で使っていた火をつける道具ライター。
目を閉じ、ライターをイメージする。
(こうボタンを押す感じでカチッと)
ライターで火を付けるイメージをした瞬間、ボッとクエルの指先に赤い火が灯った。
「わぁっ! 火が付きましたよ」
「さすがはお嬢様です、ではそのまま的の人形に向けて火を放ってみましょう」
「は、はい」
クエルは火の灯る人差し指を人形へ向ける。
(火を放つ……投げる……撃つ……)
再び目を閉じ前世の記憶を探る。
クエルは人差し指を向けたまま親指を立て指鉄砲の形にする。
(弾を装填するように指先に魔力を込めて)
その瞬間、指先の赤い炎が青い炎、緑の炎へと変化した。
それを見たセリカは驚きの顔をするが、集中しているクエルは炎の色の変化に気が付いていない。
「お、お、お嬢様」
(炎の弾丸を撃つように、こうバンッと)
セリカはクエルを止めようと手を伸ばすが遅かった。
引き金を引くイメージと共に目を見開き叫ぶ。
「火弾!」
「退避っ!!!」
緑色の火弾が放たれるのと、セリカが叫んだのは同時であった。
的の人形近くにいたメイドたちは躊躇せず一斉に飛び退きその場を離れる。
そして緑色の火弾が人形に当たった瞬間、鎧を着た人形は一瞬で蒸発しその場に巨大な火柱が発生した。
クエルは魔法を放った反動で尻もちを突き、セリカは熱風から守るようにクエルの前へと出る。
「「「「水壁」」」」
セリカやエリスたちメイドは熱風から身を守るために水の壁を作り出す。
熱風が訓練場に吹き荒ぶが、幸いであったのは火柱がすぐに消えたことであろう。
熱風が収まると、セリカが座り込んでいるクエルに駆け寄る。
「お嬢様、お怪我はございませんか!」
「大丈夫です、ただ腰が抜けて立てません」
「身体がだるいといった症状はございますか?」
「それは問題ありません」
「わかりました、さぁお手を」
セリカに手伝ってもらい立ち上がる。
「あの私、とんでもない事をしちゃったんじゃ」
訓練場は熱風により全体が破損、さらに壁や建物に炎が飛び火したのか燃えて火事になっていた。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
不安げな顔をするクエルをセリカがなだめているとエリスが二人に駆け寄ってきた。
エリスがセリカに現状を報告する。
「報告します、人的被害ございません、現在延焼中の建物は消火中であります」
「ご苦労、エリスはそのままメイドたちの消火の指揮をとりなさい、私はお嬢様をお屋敷へ連れていく」
「かしこまりました」
そう言うとエリスは再び駆け出す。
「さぁお嬢様、お屋敷に戻りましょう」
「どうしよう、母様に嫌われてしまう」
クエルは涙目で震えていた。
叱られるのが怖いのではない、嫌われるのが怖いのだ。
「大丈夫ですよお嬢様、ソフィア様がお嬢様を嫌いになるわけがございません。
今回の事も嫌いになるどころか、むしろお嬢様の事をますます好きになられる事でしょう」
涙を流し震えているクエルを優しく諭しながら、セリカはクエルと共に燃え盛る訓練場を後にした。
◇
高級な椅子に座ったソフィアの前でセリカとエリスが訓練場での出来事を報告していた。
「被害報告は以上です」
セリカの話を聞いたソフィアは顔を伏せると、顔を片手で塞ぐ。
「……そうですか、訓練場はほぼ全損と……」
ソフィアの身体が小刻みに震えている。
しかし、それが怒りの震えでない事をセリカとエリスは知っている。
「……フフフ……素晴らしい、さすがはあのお方の娘ですわぁ
まさかこれほどの才能とは、あのお方もお喜びなられる事でしょう、オーホホホホホォ……」
ソフィアは天を仰ぎ笑い声が部屋に響く。
ひとしきり笑った後、ソフィアがセリカに向き直る。
「それで、あの子の魔法を見て、あなたはどう思いましたかセリカ」
「はっ、一言で言えば天才かと」
「天才ですか」
「魔力を認識し発動させる想像力、精神力がずば抜けております。
このまま成長なされれば、あらゆる魔法を使いこなす事が可能になることでしょう」
それはセリカの素直な感想であった。
通常、どんなに優秀な魔導師であっても基礎の魔力を認識するだけでも一週間はかかると言われている。
それをわずかな時間で感じ取っただけでなく魔力を循環、操作して魔法の発動までさせたのだ。
これを天才と呼ばず何といえばよいのか。
「そうですか、では引き続きあなたにはあの子の魔法講師を続けてもらいますわ。
ただし当面は魔力の操作を重点的に行うようにしてもらいますわ」
「かしこまりました」
「あのソフィア様」
「なんですかエリス」
「クエルお嬢様は訓練場を壊した事で、ソフィア様から嫌われるのではと心配されておられます」
クエルは屋敷に戻って来てから部屋にこもって塞ぎ込んでいた。
「そうですか、それではちゃんと褒めてあげなければなりませぬわぁ」
そう言うとソフィアは上機嫌で部屋を後にした。
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