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9. はじめての個人輸入

 午後になると、約束していた貿易の資料を携えて、レオンが訪ねてきた。

 自分から誘っておきながら申し訳ないのだけれど、意外にもアダムが一緒で。

 付き合いの悪いタイプかもしれない——と言うのは、私の誤解だったようだ。


「いらっしゃい!どうぞ入って。お忙しいのに申し訳ありません」

「お安いご用です。こちらこそお茶までご用意いただいて」

「故郷のお菓子なんです。お好きなものを召し上がってくださいな」


 二人のために、見た目も美しいエルトネイルの茶菓子を用意した。

 エルトネイルの人たちは甘いものが大好きで、菓子文化が発達している。

 年に一度、菓子の種類ごとに品評会が行われていて、そこで優勝した職人が向こう一年、王族に菓子を納める栄誉を与えられたり。

 技術を磨く切磋琢磨を国をあげて応援しているのだ。


 ——レオンが甘党なのは知っているけれど、アダムはどうだろう?

 

「アダムさん、甘いものは?」

「得意ではないですが、ドライフルーツは美味しいですね。上品な甘さで」

「砂糖不使用、果物の甘さ100%です」


 そんな他愛もない会話をした後、レオンが難しそうな書類の束を取り出して。厚みを目にしただけで——読むのが嫌になった。


「ご心配なく。これから内容を簡単にお話ししますから」

「よっぽどね……よっぽど私の表情が変わったのね?せっかく持って来てくださった書類なのに嫌な顔をして申し訳なかったわ……」


 レオンとアダム、二人同時に噴き出す。

 二人にとっては、なんてことない簡単な書類なのだろう。


「エルトネイルとアヴァンジェルは、有難いことに陛下とレーナマリア様の婚姻によって同盟国となりました。ですから、相手国を同盟国に限定した『経済連携協定』を結んだところなんです。先月の話ですから、本当にレーナマリア様のおかげなのですよ。そしてこちらをご覧ください」


 レオンは関税率の書かれた一覧表も持参してくれて、わかりやすいよう目印まで書き込んでくれている。結構な数の品目が並んでいるけれど、その中には『亜麻糸』も間違いなく記載されているのが見えた。


「まぁ、税率というのは様々なのですね」

「今回レーナマリア様がご希望の亜麻糸を輸入する場合、本来は12%の税率で計算した関税が課されますが、エルトネイルは同盟国で経済連携協定を結んでいますので、協定に則った税率……6%の税率で輸入することができます」


「半分ですわね!そんなに違うとは」


「ただ、そこで注意点もございます。6%の税率で輸入できるのは染色していない糸に限ります。染色したものは10%……本来の税金に近いんですよ」


「なぜなんです?」


「アヴァンジェルの染色産業を守るためです。染め職人が多い国ですから、他国からの安い染め物を受け入れてしまうと、自国の産業の衰退につながってしまうという理由ですね」


「わかりました。丁寧なご説明、ありがとうございます。では早速……輸入を検討していきたいと思いますわ。まずは注文を入れるところからですね。私が個人で進めて問題ないのでしょうか?」


「はい、問題ありません。陛下にもご報告済みですので。今回の件はレーナマリア様に一任されるとのことでございます」


 ——レオンはニヤリと笑いながら


「こんなことは滅多にないんですよ。私もお手伝いしますので、はじめての個人輸入を楽しんで進めましょう」


 ——などと気楽に提案してくるのだった。


「そうですわね。心強いわ!ところで、染色を輸入後にアヴァンジェルで施すとなると……良い職人さんを探しておかねばなりませんわね? せっかくですから自分で探したいのですが、外出の許可をもう少し緩くしていただけないかしら?」


「承知いたしました。陛下に相談いたします」


 アダムの視線に気が付いて目を合わせると、ちょうど良かったとばかりに質問が飛んだ。


「エルトネイルの亜麻糸は、そんなに良いものなのですか?」


「ええ。亜麻糸の原料になる亜麻は、育つ時に多くの養分を必要とするんです。だから、肥沃な土地に恵まれたエルトネイルに適した植物なんだそうで。あ、そうそう……エルトネイルは亜麻糸を作る技術にも秀でているんですよ。そう考えると、特産品になるべくしてなったと言えますわね」


「なるほど、勉強になりました。エルトネイルには四度ほど行ったことがありますが、王宮から出ませんでしたから」


 陛下の護衛かしら?——それにしても四度も?

 それなら王宮から出られるはずがないわね。

 いつかアダムにも街を案内してあげられたらいいのに。


「では、我々はこれで!明日にでも注文の詳細をお知らせください。帳簿の付け方も併せてお教えします」


「ありがとうございます!なんだかビジネスを始めるみたいでワクワクする!レオンさん、明日から宜しくお願いしますね」


 二人が部屋から出て行くのを確認して、私はピョンピョンと飛び跳ねて見せた。それくらい嬉しかったから。

 侍女のアンネから『いい加減にしてください』と叱られるのは、想定内——。


「だって嬉しいじゃない!? 陛下なんていなくても、私は自分の人生をこの手で豊かにできるかもしれない。それくらい大きなことなのよ? こんなワクワクすること、他にはないわ!」


 大騒ぎで亜麻糸の発注数を検討する私を見て、アンネは——誤発注がないことを祈ったと言う。

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