2. レーナマリア・ルディ・エルトネイル
私の名は、レーナマリア・ルディ・エルトネイル。
西の小国、エルトネイル王国の第一王女。
そして今、17歳。
次期国王として立つのは、どちらかの兄。
それが自然の流れだと、幼い頃から教えられて育った。
となれば、私の行き先は異国——どこかの王子様との政略結婚。
そんな未来が待っているのだろうなぁ……と、漠然と考えてはいた。
——でもまさか、それがこんな形で現実になるなんて。
いったい誰が想像したでしょう!
私の容姿はお父様の自慢で、ボルドー色の髪と琥珀色の瞳がとってもチャーミングなんだそう。たとえ家族の贔屓目でも、褒められれば嬉しいものである。
だからこそ願っていた。
未来の旦那様は、どうか私を大切にしてくださる人でありますように。
そんな夢を、私はまだ――ほんの少し、捨てきれずにいる。
けれど、現実は甘くない。
我がエルトネイル王国は小国ながら、金や鉱石などの資源が豊かで。
お父様は「金になる国だ」と、よく口にしていたのだけれど——。
そのエルトネイルに、ついに『あの』アヴァンジェル帝国が目をつけた。そう知ったとき、それはもう国中が大騒ぎになったものだ。
なにせ、アヴァンジェル帝国と戦になったところで――我が国など、ひとたまりもない。そこで、お父様が決断した『生き残りの策』はただ一つだった。
――『第一王女を、アヴァンジェル帝国皇帝陛下へ輿入れさせる』
そうして私は今、帝国へと向かう船の上にいる。
まだ一度も顔を見たことのない皇帝陛下に、嫁ぐために。
お名前以外、何一つ知らない婚約者――。
ルクスフィード・グレイル・アヴァンジェル皇帝陛下。
手元にある肖像画では、氷のように冷たくて、まるで人間味を感じさせない表情を浮かべていた。
温かさとは程遠い、冷酷無慈悲なその顔。
しかも年齢は私より10歳も上。
……不安じゃないと言えば、嘘になる。
でも、こうも思うのだ。
大国の側室であれば、少なくとも衣食住には困らないはず。
いくらなんでも、いきなり傷つけられるような扱いはしないでしょう?
そもそも、女の子を傷つけて得をすることなんてあるのかしら。
そう考えると、案外すんなりと覚悟は決まった。
お父様の決断を、私なりに受け入れることができたのだ。
◇
そうこう考えているうちに、アヴァンジェル帝国の港が見えてきた。
どうやら到着したらしい。
空気が少しピリッとしていて、異国の香りが鼻をくすぐる。
一緒に連れてきた侍女のアンネは、到着と同時に迎えの馬車を探しに行った。
彼女は、エルトネイルからただ一人選ばれた、私にとって唯一の家族のような存在だ。
——だけど、彼女にもこれからたくさん寂しい思いをさせてしまうのだろう。
帝国側の決まりで、私につけられる侍女は一人だけ。
つまりそれは、アンネが『主人と自分しかいない世界』へ足を踏み入れること
を意味するのだから。
その重さを、きっと彼女は感じている。
そうして私だって、感じている。
不安や心配が浮かんでは消え——。
気づけば、いつもの前向きな私は、どこかへ隠れてしまっていた。