11. テッサ嬢(20番)との別れ
今日はどんな一日になるかしら?
今日はどんな一日だった?
——家族が交わす当たり前の会話が、私の人生から消えてしまった。
後宮に入って二ヶ月。
まだ二ヶ月だというのに寂しくてたまらない。
侍女のアンネが一緒にいてくれること、それだけが救いと感じている。
来る日も来る日も目的もなく生きる日々。
他の側室たちも、きっと同じだろう。
私だけではない——そう思えば、こんなに落ち込む必要もないのか。
——私の気持ちなどお構いなしに、部屋にはノックの音が響いて。
アンネが挨拶を交わす声も聞こえてきた。
「姫様、お客様がお見えになりました」
「どなた?」
「第二十側室、テッサ・グリーンフィールド様でございます」
「まあ!入っていただいて」
久しぶりのお客様と聞くと、やはり気持が明るくなる。
テッサ様とは第一側室開催のお茶会で出会って以来、本当に久しぶりの再会。
「レーナマリア様、お久しぶりでございます!20番のテッサですわ」
この後宮に来て驚いたことの一つ。
それぞれ自分を番号で表し、互いに声をかけやすいよう工夫していること。
陛下が訪れることはないと知る側室たちは、競い合うことも忘れているようで。せめて気楽に過ごそうと努めている——そう教えられたように思う。
「本当にお久しぶりですわね。後宮内では誰ともお会いしないものですから。ちょうど人恋しくなったところですの」
「まあ、あまり暗い気持ちを引きずってはダメよ。……今日は急なお話なのですけれど、お別れのご挨拶に参りました。帝国から祖国へ身柄を返されることになって、明日にはここを発ちますの。ですから最後に激励の意味を込めて、レーナマリア様にお会いしておきたいと思ったのですわ」
「身柄を返還ですか?」
「そうなの。私は帝国から東にあるムント王国の第3王女なのだけれど、7年前……祖国が帝国との戦に負けてしまって。戦後は属国として監視下に置かれたわ。けれどようやく今、私たちが帝国にとって無害だと証明できる日がやってきた。私を人質として帝国に置く必要もなくなったというわけよ」
「だからって、そんな都合よく返還だなんて……」
「それが私たちの主人、皇帝ルクスフィード陛下よ。極めて事務的に持ってきた人質を、極めて事務的に返還する。……でも恨んでなんかいないわ!亡国にならなかっただけ幸せだったのよ」
そう言うと立ち上がって、テッサ様は私に手を差し出した。
私たちは手を握り合って再会を誓ったけれど——。
それがそう簡単なことではないということもまた、よく知っている。
「あ、少しお待ちください。テッサ様……こちらを。お別れのプレゼントですわ。祖国エルトネイルのレース編み、私が作りましたの。これからもどうかお元気で。そして……たまには、私のことを思い出していただけたら嬉しいです」
——テッサ様と抱き合って、久しぶりに人の温もりを感じた。
私もいつか返還してもらえるのかしら?
あまり期待してはいけないけれど——。
私は自分の身に置き換えてみたくなった。
「アンネ、レオンから連絡はない?」
「まだ何も……」
亜麻糸を輸入する手続きは、無事に始まったと聞いている。
だからそろそろ、染め職人の選定に入りたい頃なのだけれど。
まだレオンからの連絡がないようだ。
——夕食の確認で厨房に行っていたアンネが、戻ってきて。
小走りなところを見ると、よっぽど早く知らせたいことでもあるようだ。
「レオン様が手紙をお持ちになりました。今日は直接お話しなさる余裕がないそうで、お手紙にさせていただいたと」
内容を確認すると、それはとっても嬉しい報告で。
期待以上の内容だったから、また踊ってしまいそう——。
「アンネ、私たち外に出られるわ! 視察を伴う外出、ということにして頂けたみたい。視察先は染め工房よ。同行者はレオンで、護衛騎士団の団長はアダムさん……陛下のお取り計らいみたいね」
「まあ!陛下の……?。もしかすると陛下は『素敵な方』なのかもしれませんわね」
やたらに『素敵な方』を強調されると、違和感しか感じないけれど。
気分が良いから許せてしまうわね——。
そしてこういった場合、お礼の手紙を書いた方が良いのかしら。
相手が誰であれ、その厚意に対しては感謝の気持ちを伝えるべきよ。
今朝の寂しい気持ちから一転。
私は全身に幸せを浴びたような気持ちで筆を取った。