表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/30

11. テッサ嬢(20番)との別れ

 今日はどんな一日になるかしら?

 今日はどんな一日だった?


 ——家族が交わす当たり前の会話が、私の人生から消えてしまった。


 後宮に入って二ヶ月。

 まだ二ヶ月だというのに寂しくてたまらない。

 侍女のアンネが一緒にいてくれること、それだけが救いと感じている。


 来る日も来る日も目的もなく生きる日々。

 他の側室たちも、きっと同じだろう。

 私だけではない——そう思えば、こんなに落ち込む必要もないのか。


 ——私の気持ちなどお構いなしに、部屋にはノックの音が響いて。

 アンネが挨拶を交わす声も聞こえてきた。


「姫様、お客様がお見えになりました」

「どなた?」

「第二十側室、テッサ・グリーンフィールド様でございます」

「まあ!入っていただいて」


 久しぶりのお客様と聞くと、やはり気持が明るくなる。

 テッサ様とは第一側室開催のお茶会で出会って以来、本当に久しぶりの再会。


「レーナマリア様、お久しぶりでございます!20番のテッサですわ」


 この後宮に来て驚いたことの一つ。

 それぞれ自分を番号で表し、互いに声をかけやすいよう工夫していること。


 陛下が訪れることはないと知る側室たちは、競い合うことも忘れているようで。せめて気楽に過ごそうと努めている——そう教えられたように思う。


「本当にお久しぶりですわね。後宮内では誰ともお会いしないものですから。ちょうど人恋しくなったところですの」


「まあ、あまり暗い気持ちを引きずってはダメよ。……今日は急なお話なのですけれど、お別れのご挨拶に参りました。帝国から祖国へ身柄を返されることになって、明日にはここを発ちますの。ですから最後に激励の意味を込めて、レーナマリア様にお会いしておきたいと思ったのですわ」


「身柄を返還ですか?」


「そうなの。私は帝国から東にあるムント王国の第3王女なのだけれど、7年前……祖国が帝国との戦に負けてしまって。戦後は属国として監視下に置かれたわ。けれどようやく今、私たちが帝国にとって無害だと証明できる日がやってきた。私を人質として帝国に置く必要もなくなったというわけよ」


「だからって、そんな都合よく返還だなんて……」


「それが私たちの主人、皇帝ルクスフィード陛下よ。極めて事務的に持ってきた人質を、極めて事務的に返還する。……でも恨んでなんかいないわ!亡国にならなかっただけ幸せだったのよ」


 そう言うと立ち上がって、テッサ様は私に手を差し出した。

 私たちは手を握り合って再会を誓ったけれど——。

 それがそう簡単なことではないということもまた、よく知っている。


「あ、少しお待ちください。テッサ様……こちらを。お別れのプレゼントですわ。祖国エルトネイルのレース編み、私が作りましたの。これからもどうかお元気で。そして……たまには、私のことを思い出していただけたら嬉しいです」


 ——テッサ様と抱き合って、久しぶりに人の温もりを感じた。


 私もいつか返還してもらえるのかしら?

 あまり期待してはいけないけれど——。

 私は自分の身に置き換えてみたくなった。


「アンネ、レオンから連絡はない?」

「まだ何も……」


 亜麻糸を輸入する手続きは、無事に始まったと聞いている。

 だからそろそろ、染め職人の選定に入りたい頃なのだけれど。

 まだレオンからの連絡がないようだ。


 ——夕食の確認で厨房に行っていたアンネが、戻ってきて。

 小走りなところを見ると、よっぽど早く知らせたいことでもあるようだ。


「レオン様が手紙をお持ちになりました。今日は直接お話しなさる余裕がないそうで、お手紙にさせていただいたと」


 内容を確認すると、それはとっても嬉しい報告で。

 期待以上の内容だったから、また踊ってしまいそう——。


「アンネ、私たち外に出られるわ! 視察を伴う外出、ということにして頂けたみたい。視察先は染め工房よ。同行者はレオンで、護衛騎士団の団長はアダムさん……陛下のお取り計らいみたいね」


「まあ!陛下の……?。もしかすると陛下は『素敵な方』なのかもしれませんわね」


 やたらに『素敵な方』を強調されると、違和感しか感じないけれど。

 気分が良いから許せてしまうわね——。


 そしてこういった場合、お礼の手紙を書いた方が良いのかしら。

 相手が誰であれ、その厚意に対しては感謝の気持ちを伝えるべきよ。


 今朝の寂しい気持ちから一転。

 私は全身に幸せを浴びたような気持ちで筆を取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ