青春とは
『青春とは、真の青春とは、若き肉体のなかにあるのではなく、若き精神のなかにこそある』
by サミュエル・ウルマン
高校生活の中で、二年生というのは特別な学年だと言えるだろう。
三年生にもなると受験により、大幅に勉強時間が費やされ、就職する者にとっても就職活動という人生の岐路に立たされている。
だから、もっとも青春を感じるのは、高校生活にも慣れて友人も増えてきたこの時期、そして「修学旅行」というイベントがある二年生だと断言できる。
だがしかし、サミュエルさんの言葉を借りるなら、今この時点で「真の青春」を過ごしている者は少ない。
夢を語ることの少ない現代では、精神的に老化している者が多いだろう。
身近なところで言えば、瑠花がもっとも「真の青春」に近いだろう……想像力が豊かで常に夢をみている。
クラスの中だと、もっともそれに近いのは俺だな。
『真の青春とは、現実から乖離することだ』
by 守日出来高
現実からの乖離なんて難しい言い方をしているが、ちょっと調べてみよう……ふむふむ……現実からの乖離とは、理想と現実、計画と結果、期待と実際の状況など、二つの異なる状態がかけ離れていること……なるほど……ようは……青春においては、夢見るアホだということだ!
よし!俺は「真の青春」を謳歌する!
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「ユキタカくん、ずっと寝たフリするつもり?」
「……」
透き通るような声が耳福によく、出来ればずっと隣の席で囁いて欲しいと思いつつ、うっすらと目を開ける。
美人は三日で飽きるなんて聞いたことあるが、あれは嘘だな。飽きるどころか毎回心臓に悪い……胸の高鳴りを誤魔化すように無視して目を閉じた。
(むぅ……ユ・キ・タ・カ・くん!無視しないで!)
「――!痛っ、イタタタッ……起きた!起きたから、勘弁して……!」
つばきは、現在空席である俺の隣の座席に座ると、両頬をつねってくる。
「ふふふ、ユキタカくんの顔可愛い!」
「いやいや……頬を引っ張られた状態で言われても……痛いのでそろそろ解放してもらえますか……つばきさん」
(だって、こうやって遊んでたら、合法的に触れられるでしょ!)
「――!」
うっ!……つばきの妖艶な表情と、なまめかしい一言で、一気に顔が紅潮する!
こんなバカップルみたいなところを誰かに見られたら……はっ!
「八蓮花さん、守日出を起こしちゃったの?じゃあ後で班のみんなと計画立てない?」
「神代、どこに行ってたんだ。お前がいないから、つばきが頬をつねったりしてくるんだぞ……」
「八蓮花さん、あれだったら座席代わってあげようか?」
「ううん、大丈夫だよ。私ばかりがユキタカくんを独占しちゃうといけないから」
「ハハ、そうだね」
「いや……なぜそうなる……俺は神代じゃないんだ。誰も俺を待ってはいないだろ」
美男と美女が、ハハハ、ふふふ、と笑いながらそんなことを言う。
「あっ!コーチやっと起きましたか?」
「アンタ、新幹線に乗った瞬間に寝るって、やる気あんの!?」
豊田陽菜と野原莉子が前の座席から顔を出す。
「守日出ってメリハリすごくない!ウケる」
「マジそれ!喋らないときって、一言も喋ってないよね。喋るときめっちゃ喋るくせに」
通路挟んで隣の座席からは、田倉こころと吉見ありすが声をかけてくる。野原の側近で、ギャルだ。角島海水浴場ではお前らの彼氏の友達がすごく迷惑だったぞ。
「デク、お前!三日目の自由行動でどこを回るか決めるぞ」
「そうそう、お前が寝てるから、まだ決めちゃダメだって……野原が言うから仕方なく待ってたぞ」
「ハ、ハァ!?べ、別にそんなこと言ってないし!なに言ってんの、亀山!バカじゃない!」
「えぇ!?言ってたし!なぁ、杉下」
「言ってないわよね!杉下!……キッ!」
「さ、さぁ……どうだったかなぁ」
「おい、相棒!野原が怖くて俺を見捨てるのか……」
「ハァ?怖くてって何よ!」
「あ……いや……なぁ」
「さ、さぁ……」
「相棒〜」
はぁ……ずいぶん賑やかになったもんだ。修学旅行だからって浮かれ過ぎだな……。斜め前の座席から杉下と亀山が話に入り、陽キャ三人衆の野原、田倉、吉見もウェーイとはしゃいでいる。
ころころと座席を入れ替わっては、コミュニケーションを取っているようだ。
つばきは俺の真後ろの座席だったが、今は神代の座席……つまり俺の隣にいる。
うるさそうな座席に紛れ込んでいるが、これが修学旅行の班だ。三日目には自由行動があるが、この連中と行動を共にしなければならない。
修学旅行は東京観光だ。
今日は11月5日[金曜日]、青蘭高校の修学旅行は3泊4日で東京に決まり、今は新幹線の中だ。アンケートをとって行われた旅行先だが、東京を選ぶあたり、山口県民は都会への憧れが強いのだと思う。
ちなみに俺は沖縄を選んだが、惜しくも第二候補で落選した。ショックでふて寝をしていたわけではないが、神奈川出身の俺としては、いまいちテンションが上がらないのだ。
しかも滞在ホテルが神奈川県……新横浜プリンスホテル……東京じゃねぇじゃん!バリバリの地元じゃねぇか!
つばきがちょいちょいイタズラをしてくれるのが救いだな……相変わらずの麗しさだ。
(ね!みんな、ユキタカくんを待ってたでしょ)
(お……おお……)
大騒ぎする車内の中、耳元で囁やくつばきの吐息が近い……みんながいるので手加減お願いします。
片道5時間の長旅……道中はワイワイ、ガヤガヤとテンション高めのクラスメイトたちがトランプやらUNOやらで騒がしい。
無理矢理に参加をさせられてるが、俺とつばきが強すぎて相手にならない。せっかくの修学旅行だ、接待トランプでもしてやるか……と思っていたが、杉下と亀山が調子に乗るのでボコボコにした。
上下関係はしっかりと刻み込んでおかなければならないのだ。
一日目は団体行動で東京タワー観光からの劇団四季「アナと雪の女王」の観劇だ。ハードスケジュールで体力を温存しておきたいが、結局一睡も出来なかった。
陽キャに混ざると忙しいな……。
新横浜駅に着くとチェックインをして荷物を受け取る。今の時代、荷物はあらかじめ送っておくのが主流だ。重い荷物を持って移動することはない。
ククク、俺たち世代は甘やかされて生きているのだ。
全員の点呼は各班長が行い報告する。もちろん、神代が完璧にやってくれるのでありがたい。神代がいると楽だからこの班にしたまである。
しかし、俺は神代と同じ部屋になった。大丈夫だろうか……こんな綺麗な男と一緒にいて、俺の理性が保てればいいが……襲われたら抵抗できる自信は……ない。
荷解きが終わり、「じゃあもう行く?」と爽やかな笑顔と耳障りのいいイケボで言われると、本当に自信がなくなる……こんなイケメンと3日も同じ部屋なんて、全女子が俺を羨むだろう。
ロビーに集まり、バスで東京を目指す。バスはいい……めちゃくちゃ快適だ。電車の乗り継ぎなんて歩くのがキツすぎる……しっかり予定の立てられている旅行って、本当にいいねぇ。
「ご機嫌だね、ユキタカくん」
「ああ、分刻みの行動って無駄が無くていいよなぁ」
バスでは隣に座ってきたつばきとリラックストークだ。バスの座席は適当だったので乗り込んだ順みたいになったことで自然と隣に座ったつばき……ちょっと嬉しい……いや、かなり嬉しい。
「ふふふ、ユキタカくんって意外ときっちりしてるもんね」
「意外と?そうかぁ?だが、予定通りにいかないと途端に機嫌が悪くなるぞ」
「なにそれ!お父さんみたい」
「――うっ!歳三さんか……だが、たしかに似てるとこはあるかもな」
(そういうとこも好きだよ!)
「――!」
お隣のつばきさんにダメ人間にされそうだなぁ……。
(そういえば、あやめは今日どうしてる?)
(あやめは……今日は午前授業だけで、午後からはお出掛けするって!)
(へぇ〜珍しいな。阿知須さんと?)
(ううん、一人だよ)
(――!一人って危ないじゃないか!)
(ふふ、ユキタカくん過保護過ぎるって)
(だが、アイツはつばきと違って、ぼ〜っとしてるし……変な男に声かけられたり、電車で寝てたり、坂道で転んだり……何かあったら……ぶつぶつ……)
(ふふふ、そんなに心配ならメールしてあげたら?もう午後1時だし、学校も終わってるから)
(――そうだな……でも、アイツも来たかったろうなぁ……青蘭の修学旅行……よし、いっぱい写真を撮って送ってやるか!ククク、羨ましがるだろうな)
(もぉ〜ちゃんと私にも構ってよね!)
カシャッと、むくれたつばきの写真を撮る。すぐさま、それをあやめに送り、メッセージを添える。返事はすぐにきた……。
[今日のつばき]
[つばき怒ってない?]
[構えって]
[構ってあげて]
[一人で大丈夫か?どこか行くなら阿知須さんを誘え]
[大丈夫^ ^待ち合わせしてるから]
[誰?]
[(*゜∀゜*)?]
[え?どういう表情?]
[ごめん(¬_¬)忙しいから後で連絡する]
あやめ……なんだこの気持ち、モヤモヤする。待ち合わせしてるって誰だ……ソイツは信用出来るのか?ちゃんとあやめを守れるのか?俺の知ってるヤツ?ではないのか……?
(つばき……あやめが誰かと待ち合わせしてるって)
(ふ〜ん、じゃあ安心だね)
「いやいや!誰かは教えてくれないんだぞ!安心出来るか!」
「ちょっと、ユキタカくん……声大きい」
騒がしいバスの中だが、一際大きな声を出してしまったようだ……静まり返った車内で注目を浴びる俺……先生が「守日出、何が安心出来ないんだ」と聞いてきたので「……いや、渋滞がすごいのでスケジュール通りにいくか不安でして……」と誤魔化す。
「ハハ、心配しなくても予定通りだ。守日出……東京でテンション上がってるな!東京タワーはもうすぐだぞ!ハハハ」と先生に言われ、車内で笑いが起こる。
クラスメイトもこの程度で笑えるほど修学旅行テンションになってるということだろう。
そんなことより問題はあやめだ。他に数枚の写真を送るが反応がない……既読にもならない……。
(ユキタカくん、あやめのこと好きすぎ〜!)
(そ、そういうことじゃなくて……近くにいないからだな……何かあっても、すぐに行けないだろ?)
(大丈夫だよ)
(……大丈夫ってなんだよ)
あやめの心配をしつつ、到着した東京タワー。見慣れた建造物にはとくに何かを感じることもなかったが、写真家の血が騒ぐ。
つばき中心に撮影していることも悟られないように写真を撮りまくる。
「守日出、アンタ写真ばっか撮ってんじゃん!……あ、あれだったら……と、撮ってあげようか?あと一緒に撮ってもいいけど……」
「いや、遠慮しておく」
「ちょっと守日出!莉子がそう言ってんだから撮ってもらいなよ!」
「守日出って基本的に冷めてっからねぇ」
「デクって田舎者丸出しで東京タワー撮ってね?」
「コイツ、スケジュール気にしてたもんな。どんだけタワーが好きなんだよ」
野原の提案を丁重に断ると、側近のギャル二人……田倉と吉見のブーイングを受ける。そこに杉下と亀山までも便乗するから面倒だ。
「コーチ!一緒に撮ろ!」
「う〜ん、一枚だけだぞ」
「三枚!」
「はぁ……二枚だ」
「やった!」
カシャカシャッ、豊田とタワーが入るように自撮りする。
「ちょっと……私のは断ってるくせに、陽菜は断らないんだ」
「ギャルはノリが分からん」
「べつにポーズをとれとか言ってないでしょ!」
「ふぅ……仕方がない。神代、お前も入れ」
「――?野原さんは君と撮りたいんじゃないかな……」
「鈍いなぁ、神代。そろそろ分かってやれ」
「フフ、その言葉そっくりそのままお返しするよ」
「――?まぁでも、勉強会メンバーで記録を残すのもいいだろう。おい、豊田も入れ……野原、俺たちが勉強みてやってるんだ、これを部屋に飾って勉強しろ」
「――!わ、分かってるわよ!……っていうかこれじゃ普通に撮ってるやつと変わんないじゃん……ぶつぶつ……」
ククク、ナイスアシストで神代とも写真を撮れて喜んでいるようだ。まったく……いちいち俺を経由するなよな。
「ユキタカくん、笑ってぇ!」
「すまん、笑顔ってどう作るんだ」
「もぉ……口角上げるの!」
「こ、こうか?ニィ……」
「守日出、キモ!」
「うるせぇ」
「「「ハハハッ」ふふふ」はははっ」
カシャッ!
こうやってクラスメイトと関わりを持つようになったのもここ最近だ。俺はもう……ソロプレイヤーじゃないんだろうな……。
だが、つばきの笑顔を見ると……それもいいかなと思った。
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「ねぇ、美咲!あれって鵠沼くん?」
「うっそ!ホントじゃん!東京にいたんだ!向日葵、話しかけてきなよ!」
「向日葵にとって、王子の幼馴染みってことが唯一誇れるところでしょ!キャハハ」
「マジそれ!ユキちゃん久しぶり〜って言ってきなって!」
「ユキちゃん……」
「ねぇねぇ、悠人と大我もあそこ見て!」
「え?あれが鵠沼?マジで!?」
「あぁ、横浜の英雄だっけ?」
「元英雄な!今は没落したヒーローだろ?」
「「ハハハッ」」
「あとあれだ……先生をイジメないでぇ〜とか?」
「アンタ、それ言っちゃいけないやつ」
「「ハハハッ」」
「っていうか、もう活躍してないし無視でよくね?そんなことより明日のディズニーの作戦会議しようぜ!」