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りんご飴

 山口県下関市には8月13日に毎年恒例の花火大会がある。これを「海峡花火大会」といい、1万3000発の花火が門司と下関で打ち上げられる。


 これは、福岡県の門司側と山口県の下関側で見ることが出来る一大行事だ。毎年100万人を超える人が集まるそうだ。


 夏休みとお盆休みが重なることで、家族で観覧に来る人たちが多いのも特徴だ。


 普段の俺ならば参加することはないが、瑠花(るか)がさくらさんに誘われて、つばき、あやめ共々一緒に来ているはずだ。あとで合流する予定だが、少し挨拶をしておかなければならない二人がいる。


(むつみ)先生!」


鵠沼(くげぬま)くん!あれ?……一人?」


「あとで合流する予定です。あれ?睦先生も一人ですか?涼風(すずか)さんは一緒じゃないんですか?」


「ここだよ!」

「うわっ!ちょっと……いきなり現れて、腕を組まないでください」


 背後から現れたのは薬院涼風(やくいんすずか)さん、睦先生の友達だ。定期的に連絡がくるので、すっかり距離が縮まっている。


「ふふ〜ん、大人の浴衣はどう?鵠沼少年!」


 睦先生とはよく会っている。先生と生徒だが、今は気の合う友人という感じだ。まだ、気持ちが沈むときがあるらしい。涼風さんからそう聞いている。

 

「守日出くん、可愛い彼女たちがいるんだから我々に惚れるなよ〜」


 海峡花火大会に行くと伝えたら、[少し顔を出して]と涼風さんからメールがきて待ち合わせをしたのだ。毎年、門司側で見るそうだが、たまには下関側で観覧しようと、こっちに来ていたらしい。


「オフタリトモ、トテモキレイデスネ」


「うっわ〜、棒読み〜だよ。涼風」

「守日出くんは基本的にツンだからね〜」

 

「誰がツンですか!……お二人は他にも友人と来てるんでしょ?」


「うん」

「待ち合わせ中〜」


「へぇ〜男性ですか?」


「「……」」


「あっ……失礼しました。女性の飲み仲間ですね」


「おいおい、涼風ちゃん……この子、どうするよ」

「エリカ……女4人でイジメちゃおうか!」


「いや、もう待ち合わせてる彼女たちが待ってるんで行きますね!」


「あっコラ!待て!」

「えぇ?守日出くん、もう行くのぉ」


「また今度、3人で会いましょう!じゃあ」


 4人でイジメるというのも気になるが、二人と別れ、先を急ぐ。 


 人、人、人……とにかく人が多い。下関市の人口が24万人というのを考えると、全人口が集まってもこんなにはいない。


 この海峡花火大会の会場に入るには3000円という大金がかかる。中学生以下は1000円だからまだいいが、正直言ってかなりキツい。


 だが、逆にそれがいいのかもしれない。地元の人間は穴場へと集まり、会場には県外からの人であふれる。つまり、会場だと人も多いが知り合いに偶然会う確率は低い。


「あっ!デク〜!」


 あやめが人混みをかき分けて来る。メールでは聞いていたが浴衣姿だ……あやめ柄の浴衣がよく似合う。慣れない下駄で駆け寄る彼女は、俺の手前でつまずくが問題なく抱き止めた。お決まりのようなシチュエーションは想定内だ。


 抱き止めたあやめにヨシヨシすると「へへへ……」と照れた彼女は俯き頬を染める。そんな彼女に、俺の言うセリフは決まっている。


「浴衣……すごく似合ってるぞ」


 こんな言葉を吐ける俺の恋愛偏差値は、夏休みの間に爆上がり中だろう。夏期講習さながらに二人と付き合ってきたのだ。恋愛偏差値50くらいになっているはずだ。


「あ、ありがとう……」


 あやめのほうから手をつないでくる……もちろん、それを拒むことはない。「人が多いね」と当たり前の会話をしながら祭りの雰囲気を味わう。


 角島海水浴場でのキスのことは、あれから触れていない。お互い、なんとなくその話題は避けているようにも感じる。いや……お互いじゃないな……俺が避けているのだ。それを感じているあやめが、気を遣っているのだろう。


 それでも、あやめとの距離はあきらかに近付いていた。学校の帰りも自然と手をつなぎ、物理的な距離も近い。


 見上げる彼女の笑顔が俺を現実逃避させる。ゴチャゴチャ考えていることが吹き飛んで、今を楽しんでしまう……あやめ……好きだなぁ……そんな想いが、頭でなく心で感じてる。


「ねぇ……このまま、屋台に行こうよ!」


「つばきは?」


「瑠花くんと散策に行くって!お母さんは場所取ってるよ」


「そうか……そうだな、じゃあ行こうか」


「やったぁ!」


 ぐ……無邪気にはしゃぐあやめが……可愛い。


 屋台でのあやめは特にテンションも高く可愛いさ爆発だった。勝手に向こうからサービスしてくる。こういう時に可愛いって反則だよね。


 イケメンは優遇されないが美人は優遇される、っていうのは俺の思い込みか?……俺がイケメンではないからそういう経験がないだけかもしれないが、あやめに聞くと「屋台っていいよね。いつもサービスいっぱいだし、へへへ……」と言っていた。いやいや、全員が全員そうじゃないからな。


 自覚の無い可愛いは罪だな。つばきとあやめは、小さい頃からいろんな人たちにサービスを受けていたのだろう……そりゃそうだ、俺だってサービスしたい。


「あやめ、下駄は歩くのキツくないか?」


 ワンチャン下駄の緒が切れる演出はないかと確認するが、大丈夫のようだ。あやめを背負ったことが懐かしい、あの頃は思わなかったが……今ならむしろ背負いたい……と言ったら気持ち悪いか……。


「ん〜?今のところ大丈夫だよ……なんで?」


 あやめは、りんご飴を頬張りながら「それよりもベタベタになっちゃった……へへへ」と言うので、俺はウェットティッシュを一枚渡した。こんなこともあろうかと準備しておいて良かった。


「――!デク……準備がいいね。でも、手がふさがってるから口の周りが拭けない……」


 あやめがそんなことを言う……とりあえず俺も荷物で手がいっぱいだ。屋台でサービスされすぎて、手もつなげなくなったのだ。


「じゃあ……ここは人の流れがあるから、こっちで座って拭くか……」

  

 人通りを避けてその辺に腰掛ける。荷物を下に置いた俺は、ウェットティッシュをもう一枚渡すが、受け取ってくれない……「ん!」……とあやめはキスをするかのように顔を突き出した。


「――!」


 これは!?蒼穹祭のときに、つばきがチョコバナナを食べていて、そのチョコが頬に付いていた時と同じやつ!?


「つ、つばき……じゃないよな?」


「むぅ……あやめっちゃ!」


「だよね……失礼しました」


「ん!」


「ああ……はい」


 ウェットティッシュを極力小さく折って、口の周りの飴を取ってあげる。潤んだ唇を見ていると、あの日のキスの記憶が蘇る。


 俺の指先が彼女の唇に触れたとき……胸の高鳴りで拭き取る右手は止まってしまった……。


 


「デク……キスしたこと後悔してる?」



 止まってしまった手に何かを感じたのか、心配そうに見つめるあやめの雰囲気は少し暗い……。


「……いや、そんなことはない」


 唇に触れた指先はそのままに……ただ彼女の目を見れずにそう答えた。


「わたし、デクが好きだよ。だから後悔してない……むしろ嬉しかった……好きな人との初めてのキス……まぁ、わたしから強引にしちゃったんだけどね……へへ」


「俺も気持ちが抑えられなくなって……初めてだから、なんか興奮してしまって……激しかったよな……悪かった」


「あのときね、デクの気持ちがすごく伝わったんだ……だから嬉しくて……」


「ずっと、あの時のこと話せなくて、ごめんな」


「ううん、それだけわたしたちのこと好きなんでしょ?」


「……ああ」


「わたしね……デクに言わなきゃいけないことがあるの」


「言わなきゃいけないこと?」


「うん……わたしね、実はもう『入れ替わり』をしなくていいの。見つかってるの……わたしのヒーロー……」


「前に助けてもらったっていう?」


「そうずっと探してた……デクなんだよ!デクがわたしのヒーロー。ずっとお礼を言いたくて……おばあちゃんの大切な双子ストラップを見つけてくれてありがとう……」


「双子ストラップ?……双子ストラップ……え?……小倉駅の!?おばあさん?あの人が、あやめの?」


「やっぱりそうだったんだ……へへ……そうだと思ってた……でも言えなかったんだ……『入れ替わり』が出来なくなっちゃうから……デクに会えなくなると思ったから……」


「そんなことは……」


「でもね、もう『入れ替わり』は終わり。わたしのヒーローは、わたしの大好きなつばきを幸せにするんだよ」


「――え?」


「つばきはね……ずっとわたしを守ってきたの。だけど、つばきがデクを好きだって知って、わたし言わなかったの……デクがわたしのヒーローで、わたしも好きだって言えなかった……少しでもデクと一緒にいたかったから、嘘ついたの。『入れ替わり』を終わらせたくないって。わたしズルくて……だから、つばきを助けて欲しい。幸せにして欲しいんだっ!」


「――お、俺はあやめが!」


「ううん、わたしはきっと、つばきを幸せにしてくれる『運命の人』を探してたんだ……それがデク……わたしのヒーロー……わたしは、それが分かっただけでも幸せっちゃ!」 


「……」


 あやめは俺が悩んでいることを悟っている……過呼吸になったことも気にしているのかもしれない。不甲斐ない……。



「夏が終わったら『入れ替わり』も終わりだし、ちょうどいいっちゃ!」


 あやめからそう言われた瞬間、俺はあやめを選んでいたのだと気付いた……。


 俺はあやめが好きで、つばきが好き……


 つばきを幸せにしたいけど、あやめを守りたい……だから、つばきの望むようにあやめをずっと守っていこうと……


 夏が終わるとき、あやめに告白しようと……


 俺はそう決めていた?……気付かされた!


 だが……あやめもまた、つばきを思いそう言うのだ……。



 いつかのさくらさんの言葉が蘇る。



【二人とも欲しいモノを忘れる!でした〜!】



 忘れる……か。二人から一人を選ぶなんて……俺はなんて傲慢なんだ……。


 答えは、つばきの許嫁問題を解決して……二人から忘れられる……これが正解だったんだ。


 ククク、そうだった。俺はソロプレイヤー守日出来高(もりひでゆきたか)!クラス一の嫌われ者!


 二人から嫌われようと、二人が幸せになればそれでいい!


「……」


「わたしは、つばきの想いを受け入れて欲しいと!それだけ!ねっ!」


ピコンッと、さくらさんからのメールが入る。


[今、歳三さんも来ちゃったけど、ユキくん大丈夫?あと、早良葵(さわらあおい)くんっていう子も一緒なの。つばきとあやめの幼馴染なんだけど……ユキくん、あれだったらつばきちゃんたちと別で楽しんでてもいいけど……]


 ふぅ……歳三さんの思惑か……それとも運命か……仕方がない。



「あやめ、夏休みの間、俺はお前たちの彼氏だよな……」


「うん、もちろんだよ」


 あやめの表情は優しく、吹っ切れたように俺を見つめる。だが、とても切なく感じるのは、俺とあやめの思いがすれ違っているからだろう……。俺は「そろそろ行かないとな」とあやめに言うと、さくらさんにメールをした。


[大丈夫です。合流します]


 

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