手の平の上
拉致されるとは、人を無理矢理にかつ非合法に連れ去ることのみを指す。とあるが、ある意味これもそうだ。
なぜなら、怖すぎて断れないから……だって、歳三さんにあれだけのことを言っておいて、「お詫びに夕食でもどうだ、君と少し話をしたい」とか言われて、「断る」……なんていつものようには言えない。
子供たちのことも俺に免じて許す……なんて言われたら外堀を固められているようなもんだ。せめて、違う形で出会いたかった……。
車の中、隣には歳三さんがいるし、つばきとあやめに連絡する事も出来ない。誰か助けてくれぇ〜!
そう時間もかからず到着したのは、八蓮花邸ではなく、「焼肉ヤスモリ」だった。この地域では幅を利かせている焼肉店だそうだ。守日出家の二人では訪れることはないので、ちょっと嬉しい。
四葩(母親)よ、悪いな。俺はタダ肉が食えるらしい。あの人は肉食だから、羨ましがるだろうな、ククク。
ククク……クク……ク……はぁ……。
お?運転手の田中さんもご一緒のようだ。いい社長さんなんだな……。その代わり注文は全て田中さんが行っている。田中さんは秘書も兼ねているのか、慣れたように注文している。そして、この個室……広すぎない?
向かいあって座る俺と歳三さん……しばらくのご歓談……というか10分ほどだったか、1時間以上にも感じた『二人だけのやり取り』……衝撃的な内容に頭が混乱する。
この内容にどんな意図があるのか……。
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極上食感とろける生タン……別注のネギ塩を乗せて口へ運ぶ……脂身なんてないのに口の中で溶ける!ネギ塩がアクセントとなり白米がとまらない!
和牛特選カルビをゴマだれに付けて口に運ぶ……あれ?無くなった?……俺は確かに口に入れた……白米にも軽くバウンドさせたはずだ……だが脂の旨みだけが感覚で残っているだけ……夢中で白米をかき込む!
特選プレミアムロースを特製ダレに付けて白米に乗せる……白米の肉巻き!かき込む、かき込む、かき込む!
俺がなぜ、これほどまでに焼肉に夢中になっているのか……夢中にならざるを得なかったのか……とても気まずいのだ。
なぜなら、目の前にはめっちゃ怖い歳三さん……俺の隣には、せっせと注文やら何やらで忙しい田中さん……歳三さんの隣にはさくらさんが、そしてつばきとあやめが向かい合って座っている。
三人が現れたのは、俺たちが「焼肉ヤスモリ」に着いて10分ほど経ってからのことだった。
三人は俺を見るなり「なんでいんの?」って顔で呆然としていた。
俺たち四人『俺、さくらさん、つばき、あやめ』は頻繁に会っている。会っているというか、呼び出されている……しかも八蓮花邸に……歳三さんのいない時に……最近では普通にシャワーも借りてたりもする。
歳三さんが出張の多い月らしく、7月は俺も八蓮花邸に出張していた。
いやぁ〜気まずい。いきなりのこの状況でお互いがどんなていで関わるのか……すり合わせをしていない。3人とも俺がここにいるとは思っていなかっただろう。
頭のいいつばきが瞬時に判断して当たり障りのない挨拶をしたが、俺の場違い感は否めない。
ぎこちない3人を早急にどうにかしなければ、歳三さんの魔眼が何かを察知してしまう。だったら……
「僕、こんなに美味しい焼肉を食べたの初めてです!誘っていただきありがとうございます!でも、申し訳ないですね……家族水入らずのところに割り込んでしまって……」
俺が先行して喋るしかない。誰か一人が常に喋れば周りはそれに合わせるだけでいい!
「ふっ、遠慮しないでどんどん食べなさい。肉を食べなければ強い男にはなれないぞ」
「はい、でも偶然ってすごいですね!まさか、事故で出会ったのが、つばきさんとあやめさんのお父様だったなんて……あっお父様はダメですよね、ハハ」
「「「フフ」ふふ」ハ……ハハ」
3人はカラッカラの笑い声で反応が薄い。まだ、俺との距離感を測りかねている。
「別に構わんよ」
「「「――!」」」
3人の反応を見るに、歳三さんの答えは意外だったようだ。だが、俺からすると、これは当然の反応。なんせ、『10分間の衝撃の内容』を考慮すると、これくらい何でもないからだ。
とにかく、俺が会話をリードして強引にすり合わせにいく!3人なら俺の意図に気付いてくれるはずだ。
俺は歳三さんの真意を図るために、さらに踏み込んでいく!
「では、歳三さんと呼ばせてもらってもいいですか?」
俺はそう言った。
「「「――!」」」
「ふっ……では、私はユキタカと呼ばせてもらおうか?ハッハッハッ」
「ハハッ……ハハ……ハ……」
歳三さんのちょっと軽いノリに笑っているのは俺だけだ。えぇ?みんな笑いなよぉ……。
「それにしても……つばきもあやめも妙に大人しいな。さくらもどうした?彼が気を遣ってるぞ」
「そ、そう?ユキく……守日出くん、ごめんなさい。わ、わたしったら、若い男の子に緊張しちゃったのかなぁ……なんて、フ、フフ……」
「ハ、ハハッ……」
ちょっと、さくらさん!ユキくんってほぼ言ってるよ!それに頬を染めるのやめて!歳三さんの前ですよ!……でも可愛いなぁ、さくらさん。
「ふっ……あやめはともかく、つばきは恥ずかしいのか?彼とは同じクラスらしいじゃないか」
なんだが、試すような表情でつばきに問う歳三さん。あなたたち親子似てますね。
「ふふふ、そうだね。ちょっと恥ずかしいのかもね……ユキタカくんと一緒に夕食を取れるなんて嬉しいし」
あ……つばきさん……そっち方向に行っちゃうんだね。俺が少しずつ情報をすり合わせようとしている時に……ぶっ込んじゃうんだ……。その勝ち気な表情は自信に満ちて、とても美しい。
歳三さんとつばきの視線が交錯する。つばきの口角は上がっているが目は笑っていない……。
怖いよぉ、あやめ〜……とあやめに視線をやると、テーブルの下から少しだけ覗かせた手を振ってくる……可愛いかよ。
さくらさんは……また始まったわね、しょうがないなぁ……って顔をしている。俺はもうさくらさんの表情だけで気持ちを読み取れるのだ。
そうか、そうか……歳三さんとつばきはいつもこういうノリなんだな……はぁ……心臓に悪い。せっかくの美味しいお肉を楽しんでるのは、あやめと田中さんだけかよ……。
「ほぉ……彼と食事が取れて嬉しいとは、どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。ユキタカくんみたいな男の子って、なかなかいないでしょ?私もそういう年頃だし」
つばき〜!!場を荒らすんじゃない!っと心で叫びつつ、「ハハ、まいったなぁ」と照れたフリをしている小心者な俺。
「つ、つばき!デ……守日出くんは……」
あやめは、やっと状況を飲み込めたのか、今頃慌てふためく。あぁ……ヨシヨシ……エアヨシヨシで落ち着かせてあげる。「へへ……」っと心が通じたようだ。あやめは照れている。
「もぉ、つばきちゃん、お父さんをからかってるんでしょ?だって、つばきちゃんには……あ……ううん……なんでもない」
さくらさんが意味深な言葉を残したことを、俺は聞き逃さない。今のはどういう意味だ?……だって、つばきちゃんには……に続く言葉……。
「ふっ……君が今何を考えているのか分かるぞ」
「――え?」
今度は俺にスポットを当てる歳三さん……強者の風格で余裕がある。全体を見渡し、穴を見つけると、すかさずそこを突く……。
「ふっ、さくらが言いかけてしまったからな……気になっているんだろう?」
「えっと……まぁ、そうですね」
「お父さん!」
「ん?どうした、つばき」
つばきは珍しく声を荒げた。歳三さんに翻弄されるのはしょうがない。この人はステージが違う。
「自分で言うから……あやめも知らないことだから……」
「――え?何のこと?わたしが知らないって……」
キョトンとしたあやめは、トングを取ろうとした手を引っ込める。お肉を取ろうとしたんだな……可愛い。
「こんな時代だ。別に強制ではないし、口約束だ。ただ、幼いとはいえお前たちが言い出したことだからな。先方も今はどう考えているか分からないしな」
「そうだね。でもこの際だから伝えておくよ。私ね……結婚する相手は前から決まっているの」
「「えぇぇ!」!
このつばきの衝撃発言により納得いくことがある……これは「焼肉ヤスモリ」に着いて、三人が到着するまでの『10分間の衝撃の内容』についてだ。
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「親御さんには連絡したかい?」
「はい、今日、母は準夜勤で夕飯はいらないそうなので、大丈夫です」
「――?というと……いつも君が夕食を作ってるんだね。偉いなぁ」
「夕食というか、家事はほぼ僕がやっています。母はバリバリ働いてますから」
「ほぉ、うちの娘たちも守日出くんを見習って欲しいものだ」
「いえ、とんでもないです。娘さんたちほど学校で評判の良い子たちはいませんよ」
「ほぉ、そうなのか。それは嬉しい情報だね」
「それはもう、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能!青蘭高校の「麗しきミス青蘭」といえば有名ですよ。それに妹のあやめさん……花鞆高校のスーパーアイドルらしいですから」
「まぁ、娘たちの能力は大体把握している……それよりも君だよ。どうやったら、その歳でそこまでに辿り着いた」
「いや、僕なんて全然大したこと……」
「守日出くん、己を下げるとそれを認めた者も下げることになるぞ」
――!その目は真っ直ぐに俺を見据え、嘘、偽りを見抜くような眼力に圧倒される。
これが八蓮花歳三!
「えっと、自分がどこかに辿り着いたなんて思ったことは一度もありません……実際、今は何もしてませんし、ただ……今の僕があるのは、つばきさんとあやめさんのお陰です。それは言えます」
「ふっ……君は本当に高校生か?爪を隠すが内に秘めたるモノは底が知れん……どれほどの期待に応えてきた」
「――!な……どうして……」
「私と同類だな。目を見れば分かる……」
なんだそれ……この人はこんな少しの会話で俺を理解しようとしているのか……?胸の鼓動が高鳴る!
「は、八蓮花さんは……怖くなかったんですか!?自分の限界を知る時が来ることが!?」
逸る気持ちを抑えられなくて、夢中で聞いた!この人は答えを知っているんじゃないかと……怖くて辿り着くことから逃げ出した俺の知りたい答え……。
「ふっ……逃げ出したよ……何度も壁にぶち当たり、高すぎる期待という壁から目を逸らしたくなったことは数知れない」
「でも……乗り越えた……ですよね」
「出会うんだよ……もがいてる人間には必ず出会いがある。自分に必要な人間が現れる……視野を広くしろ。持ってるヤツはそういうもんだ。おそらく、君はもう壁を越えている」
「――!」
「そして、新たな壁を用意する者が現れる。君にとっては私だな。越えられなければ周りに頼るんだ、人は一人では成長出来ない」
「――!」
人は一人では成長出来ない……。
「田中……出たか?」
「はい、こちらです」
田中さんはタブレットを歳三さんに手渡す。
「なるほど……鵠沼来高……元バトミントン・ジュニア・ユースのU15の日本代表でシングルス世界一を二度も獲っている。素晴らしい、どれほどの努力をしてきたのか……現在は青蘭高校の帰宅部……学力は……定期考査では学年2位だが、全国模試では抜きん出てるな」
「――なっ!?」
「悪いな、気になると徹底的に知りたくなるんだ。私の悪いクセだな」
「八蓮花さん、僕に何を求めてるんですか?……期待されても困ります!」
「ふっ……バトミントンをしろとは言わない。ただ……君さえ良ければ、私の後継者になるつもりはないか?」
「――は?」
えぇぇぇ!!!!
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『10分間の衝撃の内容』はこうだった。そして、つばきの許嫁発言……。
つまり、歳三さんは俺を婿養子に入れようとしている。
だから、許嫁がいると思われるつばきを煽り、俺との関係性を探っていた!?
怖すぎるぜ、八蓮花歳三……俺だけでなく、あのつばきですら手の平の上か……。




