今年の夏休みは彼とともに
♦︎♢♦︎♢♦︎♢八蓮花つばき side ♦︎♢♦︎♢♦︎♢
[ユキタカくん、今日はあやめに何してあげたの?]
[とくに何もしてないが]
[へぇ〜、ふ〜ん]
[疑ってるな……今、あやめの買い物待ちでスタバで勉強してる。強いて言えば、ついて来るなと言うから、ここで待ってるくらいだ]
[ああ……アレの準備かぁ]
[アレとは?]
[ナ・イ・ショ♡]
[おい!]
[でも、困ったなぁ]
[どうした?]
[阿知須さえちゃんって知ってるよね]
[あやめの友達だな]
[そうそう、それで今一緒にシーサイドモールに着いたの]
[了解、すぐに対処する]
[私の彼氏カッコいいなぁ(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)♡]
[はいはい]
よし!これで解決!どうしてもって、さえちゃんが言うから来たけど、むしろ付いてきて正解だったかも……青蘭高校のあやめを目撃されると厄介だったし、ユキタカくんさえいれば何とかしてくれると思う。
そして、私はゆっくりさえちゃんの相手をすればいいだけ。
「あやっち、ごめんねぇ。付き合わせちゃって」
「ううん、全然いいよ!私もさえちゃんと買い物するの好きだし」
「あぁん!あやっち可愛すぎる〜あぁ、どうしてこんなに可愛い〜の〜!」
「ちょっと、さえちゃん!くっ付かないでよ〜」
「あれ?少し痩せた?」
「へへ、ちょっとねぇ」
「えぇ!なになに?はっ……もしかして、あの旦那といい感じ?」
「――!ふふふ、旦那って……」
「おぉ、満更でもないねぇ……というかあやっち、なんか大人っぽくなった?」
「そ、そう?」
あぶない、あぶない……旦那という単語に素が出そうになってた。気を付けないと、さえちゃんは割と敏感なほうだからなぁ……。
「セカン!?アイスを買いに行ったんじゃないの?」
「――え?」
「誰?あやっちの知り合い?」
セカン?……それってユキタカくんが、あやめと二人っきりの時に呼んでるあだ名……だったよね?今はあやめって呼んでるらしいけど、知ってるのは私だけのはず。
「でも、どういうことですか?一瞬で衣装もチェンジするなんて……デ、デコイ!?……それとも擬態?……まさか、セカンは一流のスパイ!?そういうことか!クソッ!だから僕は半人前なんだ!まさか僕を誘き寄せるための罠だったなんて……つまり、組織はもうすでに僕の存在に気付いてる?そう思っていい、ということですか?」
「ちょ、ちょっと!なんか変なこと言ってるよ」
この子は……男の子のように振る舞っているけど、女の子だよね。小学生?ううん、中学生かな……黒髪、小柄、不思議な言動、セカン呼び、言葉のイントネーションに訛りがない……そしてこの湧き上がる庇護欲……この子の面影……ユキタカくんの妹だ!
なぜなら、めちゃくちゃ可愛い!
はぁ……抱きしめたい。
でも、違ったら?
99%確信してるけど、いきなり抱きしめると、あやめのキャラが崩壊しちゃう!ここは確定するまで様子を見る!
「あ、あやっち?」
(さえちゃん、この子私の知り合いなんだ。ちょっと変わってるから心配なの……すぐに追いつくから先に買い物行ってて)
(う、うん……じゃあ連絡して)
(わかった、ごめんね)
「くくく、相棒を先に行かせて僕を足止めするつもりですか?」
アイスを買いに行った……ということは、すでにあやめとは、ある程度のコミュニケーションを取っている。でも双子の事は知らないようね。
「ふふふ、アイスを買いに行ったのは妹よ。双子なの」
「――!双子……たしかにセカンとは雰囲気が違いますね。ですが、それを簡単に信じることは出来ません!スパイの可能性は拭えない!」
だいぶ拗らせてるようね。ユキタカくんはそっと見守っているとは言ってたけど……会話にならないことはない。
「君……お兄さんに会いに来たんじゃない?」
「――!セカンにしか伝えていないのに、どうしてそれを!やはり、双子というのは嘘!はっ……それともテレパシー!?」
兄がいる……もう、ほぼ確定と言ってもいいかもしれないけど。あやめは、この子がユキタカくんの妹だと気付いていないようね。
名前を聞けばすぐに分かると思うんだけど……ふふふ、きっと名乗ってくれなかったのね。面白そう。
「私はつばき!あなたは?」
「ルーク」
「ルーク……本当の名前は教えてくれないの?」
「真名を教えるとでも?」
「名乗らなくても分かるよ。トランザクティブ・メモリーはすでに共有されてるの!残念だったわね、瑠花くん」
「――な!?僕の真名を……ここまでか……」
あぁ……可愛い。なんて可愛いの……。連れて帰りたい……連れて帰ってあやめと一緒にギュッてしたい。
「可愛い〜!!瑠花く〜ん!!」
「うわっ!ちょっと!離してください、ツバキ!」
「ほっそ!ちゃんと食べてる、瑠花くん!」
「ど、どうして僕のことを知ってるんですか?……離して……!」
「だってぇ……私はユキタカくんの彼女だから!」
「――え?……彼女?彼女というのは、兄と交際をしているということですか?……離して……」
「うん、そうだよ」
「交際というのは、人間同士がお互いの愛を確かめ合い、認め合い、パートナーとして共に歩むというあの交際ですか?」
「う、うん……まぁそうだね。改めてそう言われると恥ずかしいけど」
「う、嘘だ……兄さんにこんな美人な彼女がいるなんて……信じられない!」
「ふふふ、ありがとう。瑠花くん」
「……ツバキ離して……くすぐったい」
「面白そう!瑠花くん家に来ない?」
「お断りさせていただきます。基本的に単独行動を心掛けています。ホテルも取ってあると言ったでしょ。あ、言ったのはセカンにだった」
ふふふ、ユキタカくんとそっくり。
「じゃあ、連絡先教えて!明日学校に連れて行ってあげるから」
「まぁ、連絡先くらいなら……兄さんと交際しているというのは信じられませんが、お知り合いのようなので……でも、僕を導いてくれるというのは、本当ですか?」
「ええ、もちろん」
瑠花くんと連絡先を交換して、なるべく早くさえちゃんのもとへ向かわなければいけない。あやめがアイスを購入してさえちゃんと出くわす可能性があるからね。
「くくく、ではまた明日……は、離してツバキ……」
「えぇ?もう行くのぉ」
行かなければいけないのに、瑠花くんが可愛いくて離れられない……ユキタカくん……あとお願い。
「ツバキ……くすぐったいよ」
「ねぇ、瑠花くん……お願いがあるんだけど」
「お願い?」
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彼女いない歴イコール年齢という俺にとって、これはカウントしていいものだろうか、と考えたりする。そもそも、これをカウントすると、俺は二股をしている状態だ。
しかも、地球上でもっとも麗しい双子姉妹の彼氏、という全男子……いや全人類に非難されても文句は言えないことをしている。
嫌われ者の俺としては、非難されること自体はどうでもいい。まぁ、女性関係の非難には抵抗あるが、そこは目を瞑ることにする。
ただ……付き合うというのは、何をすればいいのか……手をつないだり、キスをしたり、抱きしめたり、あと……まぁいろいろあるわけだが、それを彼氏という免罪符を使い、彼女たちにそういう事をするなんて、してもいいのかと悩んでいる。
5日経ったが、手は出していない。つばきとあやめの彼氏として何が出来るか……あと一ヶ月あるが決めたことがある。
全力でそばにいよう!それだけ……。
付き合う前よりも物理的に距離を空けてしまっている自分がいるが、心だけでも彼氏という思いで接して、そばにいる!
決して手を出すこともせずに彼氏としての責務を全うする!つもりだ……たぶん……説得力ないけど……。
ピコンッ[31]
つばきからメールが入りサーティワンへ足を運ぶ。あやめがアイスを買っているからそこへ向かえ、ということなのだろうが、どうしてアイスを?……俺も誘ってくれたらいいのに……とちょっと不満を覚えつつ急ぎ向かう。
カウンターで注文しているあやめの姿を遠目から見て、やっぱ、可愛いよなぁ……と改めて思う。対応している店員さんも女性ながら、顔が紅潮しているように見える。むっ……男性店員もチラチラとあやめを気にしているようだ。
ここは、彼氏らしく……「あ〜やめ!一人でこっそりアイスか?太るぞ」「もうぉ、デク!待っててって言ったのに」「待ちくたびれちゃったぞ!このぉ」「へへへ、ごめんね」……とイチャイチャ全開のバカップルを装い、周囲からの嫉妬を一身に受けて……って何を考えてるんだ俺は……。
そんなことよりも……ん?向こうから歩いて来るのは確か……阿知須さえ!あやめの同級生!つばきはいない……どこだ!?
このままだと、あやめと接触してしまう!
ふぅ……しょうがない。
「あれ?阿知須さん?今日は、あやめと一緒じゃなかった?」
「おぉ、旦那さん!お久しぶりでございます。相変わらずスタイリッシュに登場しますね〜」
スタイリッシュ……?まぁ、とりあえず、あやめを目撃させるわけにはいかない。話しかけたはいいが、別の場所に連れて行かなければならない。
「あやめとは別行動?」
「ちょっと変わった子に絡まれて……あっ別にナンパとかではないですから安心してください。あやっちと知り合いみたいで、心配だからとかなんとか……あやっちとは後で合流する予定っす」
つばきが変わった子と?知り合い?……心配だからということは相手は子供か。入れ替わりの障害になる可能性があったのかもな……。
「今日は課外?」
「いやいや!旦那さんと一緒にしてもらっては困ります。ウチらは部活!課外なんてあるわけないじゃないですか?花鞆高校っすよ!」
「そうか、あやめは吹奏楽のヘルプ?」
「そうなんっす……男子部の野球応援で急遽入ってもらったんです。せっかくの夏休みに申し訳ないっす。旦那さんとの大切な時間を……」
「いや、俺も課外があるし大丈夫だ。阿知須さんは買い物?」
「ですね。洋服なぞをあやっちと見ようとかと」
「じゃあ、俺に少しだけ時間もらえる?」
「――え?まさか、あやっちとの恋の相談!?」
「……まぁ、そんなとこ」
「じゃあ、そこのサーティワンで……」
「いや、1Fのミスドにしよう!奢るから」
「いいんすか!?じゃあ、あやっちにメールして……えっと……何て打ったらいいっすか?」
「『俺と会って、相談を持ちかけられた。奢ってくれるそうだからミスドで待ってる』とそのままでいいよ」
入れ替わりの際、つばきとあやめはスマホも交換している。つまり、あやめにメールを送るとつばきに届くということだ。
「正直っすね〜男前やわぁ」
「嘘は良くないと歳三さんが言ってたからな」
「歳三?誰っすか、それ」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
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とりあえず、危機は回避出来た。あとは……恋の相談どうしよう。
「っで!あやっちと何がうまくいってないんっすか?」
ドーナツを頬張りながら、爛々と目を輝かせた阿知須さんが目の前に座っている。この子には付き合っていると伝えているのだ。というか花鞆高校では、もともと仮の彼氏の頃からそういう事になっている。そのほうが変な男が寄り付かないからだ。
前のめりで聞いてくれる阿知須さん。恋バナ大好きっ子はこういう話が大好物らしい。
「……えっと、実は付き合うというのが初めてで……距離感が分からないというか……」
「ほぉ〜旦那さんモテそうなのに……あやっちと同じタイプか。でも、添い寝したんでしょ?」
「――!そ、そんなことまで知ってるんだな。だが、手は出してないぞ」
「ハァ……手を出さなければいいってことじゃないっすよ!女の子だって触れて欲しいときがあるんっす!旦那さんは考え過ぎてないっすか?」
「うぐっ……ま、まぁ、そうだな」
「あやっちはねぇ……旦那さんのことがめっちゃ好きっす!実感ありますか?」
えっと……つばきとあやめのどっちのことを言ってるんだ?つばきからはもちろんあるが、あやめは……俺のことを家族みたいに感じているんじゃないか?もちろん好かれてはいるだろうが、異性というより兄というか……だから、手をつないだり、キスしたりは……まぁ、おもいっきり抱きしめた俺が言うのもなんだが……。
「ほらぁ!今めっちゃ考えてるっしょ!男なら本能で動くっすよ!」
「――本能って……そんなこと言ってると、あやめを押し倒してしまうぞ」
「いいんじゃないですか?それで……ウチらのアイドルがそんな事になるのは寂しいけど……あやっち……待ってますよ」
「――!待ってる……本当に?」
どっちが?
「ハァ……まさか旦那さんがこんなに奥手だとは思わなかったっす!男子部のチャラ男を追っ払った凄みはどこいったすか!あのとき、めっちゃカッコよかったっすよ!」
「恋愛偏差値は20くらいだからな」
「ハハハ、でも、そういうところも、あやっちが好きなところなんでしょうよ!ハァ……のろけでお腹いっぱいですわぁ」
「ドーナツ3個は食ってるからな」
「てへっ!ご馳走様です」
「まぁ、参考になったよ。時間取らせて悪かった。俺はそろそろ行くよ」
「――え?あやっち待たないっすか?」
「阿知須さんも、俺がいるからあやめとの時間が減ってるだろ?今日は阿知須さんに譲るよ」
「――だ、旦那さん……スタイリッシュっす!」
「お、おう……」
スタイリッシュねぇ……本当はあやめからメールが入ったからとは言えないな。阿知須さんと別れて足早に改札を目指す。
[デク、どこ?]
[改札で待っててくれ、すぐに向かう]
改札で待つあやめは、俺を見つけるなり、おいでおいでをする。ピョンピョンと跳ねる仕草も可愛くて、ついつい笑みが溢れてしまう。
「逆に待たせて悪い」と言うと「待つほうが好き」とそんなことを言う。改札を抜けてエスカレーターに乗ると、前にあやめ、後ろに俺……後ろ手に組んだ手が段差の関係で目の前にあり、俺はその手に触れた。
ギュッと握り返す手をそのままに……
「手をつないでいい?」とも聞かずに手をつないだ。指と指は自然に絡み合い、なんでもない話で照れ隠しする。
付き合って5日目のそんな出来事。
俺はいま、全力で恋をしてる。