麗しき双子姉妹と約束のお出掛けに行こう
山口県から福岡県に行こうと思ったら在来線で行くか新幹線で行くか悩ましいところだ。一人でゆっくりだと在来線でいいかなぁとも思うが、かなり時間がかかる。
博多までなら新幹線で50分程度だが、目的地は福岡県でも端のほう……。在来線で乗り継ぐと3時間はかかるようだ。
目的地までは新幹線で博多駅まで行き、鹿児島本線に乗り換え二日市まで、それからバスと徒歩と大冒険だが2時間弱で到着する。
俺たちは今、小倉駅で新幹線を待っている。
「デクってさぁ、小倉駅ってよく来ると?」
「いや、ほとんどないなぁ。去年の夏に二度ほど来た程度だな。どうしたんだ?」
「――え!ううん、なんでもない。へへへ……そっか、去年の夏に来てるんだ」
「――?」
フリフリした可愛いらしいトップスに上品なデニム風ワンピースを合わせてスラリと長い足をあらわにしている……ふむ……少しスカートが短くないか……と、お父さん的目線で指摘すると、「エロデク!」と顔を真っ赤にして言う……恥ずかしそうにしているところをみると、怒ってはいないようだ。
「可愛いよって言えばいいのに。素直じゃないぞ、ユキタカくん」
ゆったりしたカラーパンツで足は隠してるが、オフショルダーのトップスは目のやり場に困る。セカンは足を、つばきは肩とデコルテ見せファッション……二人合わせたら下着じゃねぇか!とつっこむと、はいはいお父さん!と流される。
「それにしても、天気はどうだろう。持つかな……」
「雨?今は大丈夫だけど、急に降ったりするもんね」
空を仰ぐつばきに日が差し込む。おぉ、天気の子……と思える瞬間だ。天然のスポットライトに照らされたつばきは、祈る仕草で目を閉じる……そんな姿もよく似合う。
「デク、わたしどこに行くか聞いてないよ」
「つばきにも言ってないぞ。朝早くから悪いな、思いのほか遠かったんだ」
「ぜんぜんいいよ!楽しみ!」
「眠いときは移動中寝てていいからな」
「寝ないよぉ!もったいない……せっかく……デクと……お出かけ……ゴニョゴニョ」
……なんかゴニョゴニョ言ってて可愛い……ヨシヨシしたいけど、つばきがいるからやめとこう。何を要求されるか分からない。
新幹線に乗り、目的地が太宰府天満宮だと告げる。さくらさんに聞いたところ一度家族で行ったことがあるそうだが、この時期ではなかったらしい。
「デクの趣味?」
「太宰府天満宮か?まぁそうだな、一度は行ってみたいとは思っていたが……二人に見せたいものがあってだな……俺も実物は見たことがないし、どんなものかも分からないが……6月中旬が理想だったんだが、今年は7月上旬までやるって言ってたから」
「紫陽花ね」
「それもあるが、蓮と睡蓮も綺麗なんだろ?女の子は花が好きだと言い伝えがあるしな」
「デク……わたしたちのことを考えてくれてたんやね」
「ユキタカくん……素敵です」
「べ、べつにお前たちのことばかり考えてたわけじゃないぞ!」
「ププッ……デク、照れてる」
「ぐはっ……ユキタカくんのデレが凄まじい……」
「つばき!大丈夫!?」
「デレてないわ!」
目の前に座る二人を見ると不思議に思う。三か月前に知り合った女の子と出掛ける……しかも、学校で一番……いや、日本で一番可愛い双子の姉妹とだ。
楽しい……純粋にそう思える。
「デク……お出掛け……始まったばかりだけど楽しいね!」
「楽しんでもらえるように分刻みの行動だぞ!ついて来れるか?」
「さすがデク!時間を無駄にしないんだね!」
「移動に手間取ってたら雰囲気も悪くなるだろ?」
「でた!几帳面男」
「出来る男と呼んでくれ」
「ププッ……カッコつけてる」
「カッコつけてるんじゃなくて、カッコいいだろ!神代の次くらいに」
「ううん、一番カッコいいよ」
「そりゃどうも」
「ホントだよ!」
「はいはい」
「デク……」
「うん?」
「つばきが寝ちゃった……」
「30分くらい寝かせてやろう」
「つばき、楽しみにしすぎて寝てないんだよ……きっと」
「じゃあ、楽しませないとな」
「うん!……ねぇ、デク……つばきのこと好き……だよね」
「……もちろん」
「ふふ……つばきも好きだよ、デクのこと」
「ああ、わかってる。急にどうしたんだ?」
「わたしね、三人でいるのも好きで……ずっとこのままがいいなぁって思ってたんだ」
「……」
「でもね……つばきがこんなに男の子に夢中になるの初めて見たと。デクも同じ想いなら……わたしって邪魔しとうと?」
「あやめ……恥ずかしいこと言うぞ」
「ま、また〜?デクの恥ずかしいことって全然恥ずかしいことじゃないし!で、でも、あやめ呼び……」
「俺は二人を助けてるって思ってたんだが、違ったんだ」
「いつも助けてくれてるよ」
「いや……助けてもらったのは俺のほうだったんだよ。最近それに気付いてな……だから感謝してる」
「な、なんそれ!そ、そんなことないし!いつも迷惑かけてるのは、わたしたち……」
「俺は、お前たち二人が何かを求めてくれるなら全力で応えようと思う……だから……だから邪魔とか言うなよ」
「――!そ、そんな優しい声と顔で言われたら……デク、ずるいっちゃ!」
「ククク、今頃気付いたか?」
「もぉ〜!」
セカンのむくれ顔とつばきの寝顔をスマホで撮影し、グループLINEで送信。このグループLINE【三人でお出掛け】は、つばきが言い出しっぺだ。
ここに写真を貼り付けて思い出にしたい、とのことだ。
俺にとって初めてのグループLINEだ。こういう楽しみ方もあるんだと感心させられる。つばきが目覚めたら「どうして私の寝顔スタート!?」って怒られそうだが、たまには仕返しをしないとな……つばきにはいつもイジられてばかりだ。
写真なんてほとんど撮らないが今日は八蓮花姉妹の写真集をこのグループLINEに載せていこうと心に決めた。俺は恥ずかしいのでなるべく写り込まないように気を付けよう。
さくらさんにも送っておこう。きっと喜んでくれるだろう。
太宰府天満宮までの道のりは長く、順調にいっても約二時間はかかる。だが、俺の緻密な旅のしおりにより何事もなく辿り着くことが出来た。
カシャカシャカシャカシャ
写真を撮っているのは俺だ。すっかりアイドル二人のマネージャー……いや専属の写真家となった俺は、ポーズまで指定するまでに至っていた。
「違う、違う!目線はこっちじゃなく少し下に……そう……そう!いいよ!」
「もぉ〜……デクのこだわりやばい」
「ふふふ、ユキタカくん、私たちしか撮ってないよ。一緒に撮ろうよ」
「いや……ビジュアル的に、俺はいないほうが絵になる」
「せっかく三人で来てるのに!」
「そうっちゃ!橋の真ん中でデクとつばき、二人並んで!わたしが撮ってあげる!」
太宰府天満宮の参道橋には過去・現在・未来と太鼓橋がある。そこを渡り本殿へと向かう。仏教の教えとともに過去から未来へと続くその橋は撮影スポットとしても人気がある。
「だったら三人で撮ろうよ!」
「えぇ〜誰かに頼むのか?めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。ただでさえお前たち目立つんだぞ。今も俺への視線が痛い」
「ププッ……セルフタイマーでいけるっちゃ!」
「――そんなこと出来るのか……スマホすげ〜」
「ふふふ、ユキタカくん、おじさんみたい」
「つばき、デクは王様だから」
「写真なんてほとんど撮らないからな。だが今、俺のスマホにはお前たちで埋め尽くされている」
「いっぱい撮ってくれてありがとう、ユキタカくん」
「デク、後で送ってね」
過去橋で二人の写真を撮りまくっていたので、現在橋でセルフタイマーに挑戦した。
「可愛いわね」「芸能人?」「めっちゃ可愛い」「男の子ってお兄さん?」「あんな妹いたらヤバいよね」……周りからの注目度が……しかも二人が俺の両腕を……。
麗しい双子姉妹が俺の両腕を抱く。胸が当たっているのは当てているのではないのか……女の子というのは胸が当たっていることに気付かないのか?うん、そうだ、そういうことにしておこう……ということで俺も当たっていないと思い込む。
神様の場所だからな。俺も常にシャーマンとして祈りを捧げている身……当たっていない、当たっていない、当たっていない……っておい!つばき押し付けてるだろ!
「ユキタカくん……女の子はわざとだよ」
「――!」
なん……だと!?上目遣いで俺を誘惑するつばき……俺の心読むなよ……とセカンを見ると、恥ずかしそうに目を背ける……あれ?セカンはわざと胸を当てたりしないはずだが……たまたま胸が当たっていることに気付き、恥ずかしくなったんだ!そうだろ、つばき!
「そんなことないよ、ユキタカくん」
心を読みすぎだ、つばき……。
未来橋では、一人だったり二人だったりと入れ替わりながら撮影する。つばき、セカン、それぞれとのツーショットは俺的には歴史に残る恥ずかしさ……彼女いない歴16年の男にはハードルが高く、顔が強張っていたようだ。
学問の神様である菅原道真に挨拶を済ませて花を見る。梅ヶ枝餅を食べつつ、いろはす塩とレモンを飲む……花と餅とつばき……花と餅とあやめ……可愛いすぎるぞ!と思っていることはもちろん内緒だ。
「雲行きが怪しいな……少し早いが戻ろうか」
「そうだね!」
「あ!豪雨予報だって!」
「帰りも時間かかるしとにかく博多まで戻ろう」
「あっ、デク、えっと……梅ヶ枝餅を買って帰っていい?帰りも食べたくて……」
「もちろん。俺はトイレに行くから過去橋で待ち合わせようか」
「じゃあ私はあやめと一緒に行くね」
「そうだな。そのほうが心配ないし」
「――えぇ!わたしってそんな信用無い?」
「いや、変な男に絡まれないように一人じゃないほうがいい」
「デク……」
「ユキタカくんは過保護だからねぇ」
「と、とりあえず過去橋に集合だからな!」
「「は〜い」」
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雨がひどくならないうちに帰らないとな。待ち合わせの過去橋の中央で二人を待ちながら、スマホで雨雲レーダーを確認すると、線状降水帯が接近している。せっかくだったがもう山口に帰ったほうが……
「鵠沼くん?」
「――!」
久しぶりに呼ばれた苗字……
それよりも、その声に胸が締め付けられる……
「鵠沼くんだよね!こんな場所で会うなんて偶然ね!どうして福岡に?旅行?」
振り返ると二十代の女性が二人立っている。そのうちの一人と目が合うと、すぐに言葉が出ずに胸の鼓動が早くなる。
あの頃よりも痩せて少し虚ろな表情……まだ万全でないことは見て取れる。それでも俺に向ける笑顔は当時のまま……
オレは血の気が引いていくのを感じる。
「あ……」
「エリカ、知ってる子?」
「……うん、教え子」
「――え!?それって……まさか」
「お、お久しぶりです。睦先生……」
なんとか絞り出した声は掠れて、ちゃんと言えたかどうかも分からない。睦エリカ先生……中学三年のときの担任の先生であり、救えなかった人……
初めて好きになった人……。