そのキスはまるで映画のように
タイトル獲得に2年3組の総合優勝で盛り上がるコート上。駆け寄るクラスメイトはお祭り騒ぎ、抱き合った二人……ここまではいい……ギリギリセーフ。
逆転優勝で最高潮に上がりきったテンションでハグをしている男女はけっこういる……だが、そんな大きい声で「大好き」は……嬉しいけど……誤解されますよ、あやめさん。
「今、八蓮花さん、告白してなかった?」「だよね〜なんか大好きって」「まぁたしかにデクはカッコ良すぎたわ」「八蓮花さんが凄かったんじゃないの?」「そうだよね、ほとんど八蓮花さんが点入れてたし」
「バカか、あれってデクが打たせてたんだろ!」「えぇ?そんなこと出来るわけないじゃん、相手バト部だし」
まぁ、セカンも勢いあまって言っただけだろうし、本人もそんなに気にして……ん?言った本人が一番びっくりしてるし、あわあわしている?
「デデデデデデ、デク!?と、特別な意味はないとよ!ライク、ライク!そう、フランクなやつだっちゃ!」
「プッ……ハハハ……お前、ラムちゃんみたいになってるぞ!……ククク……」
「も……もぉ、デク笑いすぎ!」
(俺も好きだよ)
からかうように耳元で囁いてみると、セカンの顔が真っ赤になっていく。
「――!も、もぉ〜からかうなっちゃ〜!」
「ハハハ……」
(急な入れ替わりで振り回されたからな)
(冗談でも嬉しいっちゃ……)
「何?」
「ううん、バカデクって言ったと!」
「学年2位なんだが」
「うっ……性格悪っ!」
「知らなかったか?……俺はクラスで一番の嫌われ者だぞ」
「でも……今はどうなんだろう?デクが急にモテモテになったりして……」
「変わらないよ!今、この瞬間は盛り上がってるからな。クラスマッチテンションというやつだ。よく言うだろ?運動会のヒーローは次の日には何事もなかったような日常だった……とか」
「でた……うんちく王」
「軍師な!それにうんちくでもなんでもない」
「じゃあ軍師から見て、わたしはどうだった?」
「最高の武将だった!」
「へへへ……ありがとう!」
表彰式も終わり、皆がそれぞれの武勇伝を語る教室内。席にもつかず皆が輪を作り、語り合う。
一つ一つ小さな輪だったグループは次第に大きな円となり、2年3組始まって以来の一体感と言えるだろう。
蒼穹祭は超えてるな……そんな風に一人考えている俺は、当然のようにしっかり着席してその輪には入らない。ソロプレイヤーらしくぼんやり外を眺める。
「守日出……君がリーダーで良かった。ありがとう」
神代が気配を消している俺に話しかけてきた。夕陽の差し込む教室がこれほど似合う男はいないだろう。俺に向けられた優しい笑顔は、夕陽のせいかほんのりと火照っているようにも見える。夕陽のせいでいいんだよな……。
「神代、足は大丈夫か?」
「うん、心配してくれて嬉しいよ」
「べ、べつにそういうのじゃない。ただ、俺の作戦に無理があっただろ?」
「その件に関しては、不甲斐なく感じてるんだ……君を表に立たせてしまった……すまない」
「お前……」
「うん、前から知ってる。だけど、安心してほしい……僕は誰にも言うつもりはない。ただ、君を守りたかった」
余計なお世話だ……とちょっと前の俺は言っていただろう。……お互いツラいな。
「神代……ありがとう」
「――!……う……くっ……」
こんなに綺麗な男泣きは見たことがない。傍からみると俺が泣かしてるみたいじゃないか!あぁ、ほら女子どもがこっちを見てるぞ……って見てるのはクラスでも陰キャな女子たち……俺と神代を腐女子な目で見るんじゃない!
陰ながら新たな称号を得てそうで怖い。
「みんな!注目してもらっていい!?」
神代は涙を拭い教壇に立つと、一言でクラスをまとめる。雑談していた連中も、腐女子な彼女たちも全員が神代に注目する。さすがだな、この興奮冷めやらぬなかでもこの統率力……カリスマというか、なんというか。
「みんな、クラスマッチお疲れ様でした!女子バスケ優勝、男女混合ソフトボール準優勝、男女混合ビーチボールバレーベスト4、そして、男女混合ダブルスのバトミントン優勝!僕たち2年3組は総合優勝となりました!みんなおめでとう!」
「「「イエ〜イ!」!」!」
「これはみんなが同じ方向を向き、頑張ったからこそ達成出来たことだ。ただ、MVPを決めるとしたら……僕はリーダーを務めてくれた守日出だと思う。たぶん、これはみんなが感じていることなんじゃないか?……守日出……一言お願い出来ないかな?」
一人着席している俺に皆の視線が集まる。やはり、ここは俺らしく締め括らなければならない。
「ふん、俺が勝たせてやるって言っただろ。お前らもまあまあ活躍したんじゃないか?」
俺はそう言った。
「調子に乗んな、デク!」「アタシらだって優勝してんだからね!」「上から言ってんじゃねぇ!」「俺らが一致団結したからやんけぇ!」「秘密兵器舐めんな!」
クク、扱いやすいヤツらだ。今後も俺に期待するんじゃないぞ、迷惑だからな。いつものように空気をコントロールし、通常モードへと切り替えていく。教壇にいる神代は、やれやれと呆れているが、おそらく、こうするだろうと予測しているようだった。
俺がこれを望んでいるからこそ、あえて一言なんて言わせたのだろう。
すっかり俺の理解者になってしまって嬉しいやら嬉しくないやら……俺への罵倒も落ち着き、皆は一気に打ち上げモードとなっている。
「コ、コーチ……約束……ありがとう」
「約束?」
豊田陽菜が勇気を振り絞って、といった感じで話しかけてきた。バレー部のおとなしい子だ。こんなことでもない限りあまり話すこともなかっただろう。というか、コーチ呼びは継続すんの?
「「誰にも何も言わせない」って……あと……奥の手!正直、コーチが勝ってくれなかったらトラウマになってたかもしれない。試合……すごくカッコ良かったです」
「豊田……お前、何事も気負い過ぎだろ。部活もそうだが、気楽にやれよ。他人の期待に応える必要はない」
豊田に、というより自分自身に言い聞かせてきた言葉……再確認出来て良かった。悪いな豊田、利用するような形になって申し訳ない。
「はい!コーチを見習って部活頑張ります!」
「いや、俺を見習うと、ろくな事にならないからやめとけ。というかコーチって言うな、敬語もやめろ」
「はい!コーチ!」
「……はぁ」
……俺の周りには変なヤツしかいないのか?もう世の中には変なヤツしかいないまであるな。
「よ、よぉ……お前の作戦だけどよ!秘密兵器作戦なかなか良かったぞ、なぁ亀山」
「お前にしちゃいい作戦だったぞ、デク」
杉下と亀山か……準優勝だったな。言葉のチカラというのは恐ろしい。コイツらの潜在能力を120%引き出してしまった……俺の軍師能力も恐ろしいな。
「ああ……調子に乗ってるところ悪いが、あれは嘘だ。本当はまったく期待してなかった」
「あぁ!なんだと、デク!」
「テェ〜!ちょっと活躍したからってこれくらいじゃ木偶の坊は返上出来ねぇからな!」
「ちょっとアンタらうるさいわね!あっち行きなさい!」
「お、おう……」
「ちぃ……」
杉下と亀山を追い払ったのは野原莉子……次から次に面倒だな。コイツは女子バスケチームを優勝に導いたギャル。神代のことが大好きなヤツだ。
「アンタさぁ、今日打ち上げやるけど来るっしょ!」
そんなのは初耳だ。やはりリア充というのは何かにつけてウェ〜イしたいらしい。
「断る」
俺は即答した。
「ハ、ハァ!?ウチらが誘ってんのに来ないわけ!?」
「興味ないな、神代でも誘ってやれ」
「か、神代くんはこういうの参加しないのよ!」
「なるほど……俺が行けば神代が来るんではないかと考えているな?」
「ち、違うわよ!アンタちょっと……カッコ良かったし……よく見たら顔も悪くないし……ゴニョゴニョ」
「何だ?声が小さくて聞こえないぞ」
ギャルのくせにもっとシャキッと喋ろよ。言葉尻が何を言ってるのか分からないんだが。
いつも大声で喋ってるだろ。スカートも短いし、シャツのボタンを開けすぎだ!あと胸を寄せて喋るクセはやめろ!胸の谷間に目がいくと怒られそうだからシャツのボタンを閉めておいてくれると助かる……。
「――な!もういいわよ!……あっ」
去り際に足がもつれた野原のウエストに腕を伸ばして受け止める。
俺くらいの反射神経なら余裕だ。ギャルの野原も努力はしているんだろう、しっかり引き締まったウエストだ。別にやらしい意味ではない。
「――おい!足元フラフラじゃないか。打ち上げなんかする前に帰って寝ろ!
「――あ!……あぁ……あ、ありがとう……そ、そうする……」
なんだ?やけに素直だな。どこ触ってんのよ!じゃないのか?……はぁ……どいつもこいつも俺に構いやがって……まぁ、休み明けには落ち着いているだろう。
(むぅ……むむむ……ユ・キ・タ・カ・くん!今日一緒に帰ってくれるよね!)
(つ、つばき!ちゃんと入れ替わったんだな……)
(ユキタカくんは油断も隙もないなぁ)
(なんのことだ?)
(これだから心配なんだよ)
(今日だけでどれだけの女の子を虜にするつもり!)
(そ、そんなつもりはないが……)
(ふ〜ん、クイクイ!)
(クイクイって……?)
(ん!)
教室の外に柚子がいる。覗いたり隠れたりして何がしたいんだ?俺と目が合うと隠れる……忙しいヤツだ。ちぃ……面倒だな。
「つばき、校門で待っててくれるか?」
「りょ〜かい」
(あと!あやめとイチャイチャしてたの見てたよ!)
(いや……あれは、勝利のハグと言って、大昔から伝わる伝統的な……)
(帰りに私もして!)
(いや、あれはあの瞬間だからこそ意味があってだな、改まってするものではないんだぞ)
(私だって……頑張ったのに……うう……)
(わ、分かった!ちゃんとするから泣くな)
(オッケー!約束〜!)
(……)
つばきに振り回されて悪い気はしないが、恥ずかしいんだよ。俺がシャーマンキングじゃなかったら押し倒してるぞ。
そして、さっきからずっとひょっこりはんしてるヤツ……。
「おい!」
「ひょ〜!!」
驚かすつもりはなかったが、柚子に声をかけるタイミングが覗いてきた瞬間だったか、変なリアクションで尻もちをついている……大袈裟なヤツだ。
「俺に用か?」
「デ、デッくん〜!……うぅぅ」
柚子が飛びついてきたので、とりあえず頭を押さえて近付けないようにしておく。コイツの行動パターンはだいたい読める。
「デッくん、頭を押さえないで〜!さわれない〜!」
「だから、押さえてるんだが……」
「う……でも……ちょっと雑に扱われてる感がまた……いいそ」
「くっ……変人め……とにかく何のようだ!」
「デッくんのプレイすごかったそ!」
「バトミントンのことでいいんだよな……」
柚子が言うとなんか違う意味に聞こえるんだが……
「そうなそ!手も足も出んかったそ!むっくんなんてショックで今練習してるよ!」
「……練習って……まぁ、お前らのことは研究してたからな……シングルスならそう上手くはいかなかったんじゃないか……作戦勝ちだ」
「いや〜そんなレベルじゃないそ……なんか……指導?っていうかウチらの弱点はココだよって教えてもらった感じなそ」
「まぁ、なんにせよおまえらに勝てて良かったよ、じゃあな」
「――って逃げるなデッくん!ウチはバト部に勧誘に来たそ!」
「――ぐっ!首にぶら下がるな……く、苦しい……」
「デッくんが、バト部を全国に連れて行くそ!」
「む……無理だ……インターハイなんてあと一カ月も……ないだろが!」
「ほらぁ!やっぱり経験者なそ!」
「知らん!……それより離れろ!嗅ぐな!耳に息をかけるな!無い胸が当たってるぞ!……親衛隊の殺気を感じる……」
「デッく〜ん!あぁ……ウチを見捨てないでぇ〜!」
柚子を強引に引き剥がし逃げた。
すぐに荷物を持ってつばきが待つ校門へ急ぐんだ!今さらバトミントンなんて出来るか!
「守日出、また休み明けに!」
神代!
「コーチ!お疲れ様です」
豊田!
「ア、アンタも早く帰りなさいよ!」
野原!
「デク!特牛さんは俺たちに任せておけ」
「お前ばかりずりぃぞ!デク」
「ちぃ、デクのくせにモテやがって!」
「八蓮花さんに俺たちの名前ちゃんと教えとけ!」
杉下、亀山、澤井、河田!
柚子に追われる俺を皆がフォローする!バリケードで柚子の猛追を防ぎ、通せんぼ状態だ!
ふん、まぁこれくらいはしてもらわないとな。せいぜい俺の手足となって働いてくれ。
「じゃあな!あとは頼んだぞ」
そう言い残し、急いで教室を出る俺の背中に思いもよらぬ反応が……。
「守日出くんが「じゃあな」って!?」「ヤバいツンデレ!」「カ、カッコいい」
「野原ちゃん、顔赤くない!?」「う、うるさい!」「絶対、俺たちに言ったんだぞ」「ハァ?分かってるわよ」「守日出……君は……本当にカッコいいな」「コーチ……」
ちぃ、なんかクラスが変な雰囲気になってるが……休み明けはきっと、あの過ごしやすい日々が待っているはず!……不安だ。
走り、向かった校門には、麗しく佇む女の子。
「つばき!」
振り返る彼女は笑顔で駆け寄る。
「ユキタカくん!」
あ……あれ?つ、つばき?そんな麗しい笑顔で駆け寄って来なくていいんだぞ。青春の一ページのような演出……ここで抱きしめろってことなのか?……そんな駆け寄り方して……はい、今ですよ、ここですよ!と言っているようなもんだ!
俺は教室からの流れで走って来ただけであって、お前を抱きしめるために走って来たわけではない!
彼女は両手を広げる!
観念した……。
つばきは俺の胸に飛び込んで来た。その勢いを受け流すように回転する。
スカートがふわりとなびく
プリンセスのように……
映画のワンシーンのように……
彼女は俺の頬にキスをした。
「――!」
「ユキタカくん……あやめを助けてくれてありがとう!そのお礼だよ!」
いつも大胆な行動するつばきの照れた顔……
その表情があやめと重なり俺の心を惑わせる。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
「クラスマッチ編」はここまでです
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第三部「夏休み編」の前に「三人でお出掛け編」が少しありますので今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m