彼の名は...
♦︎♢♦︎♢♦︎♢八蓮花つばき side ♦︎♢♦︎♢♦︎♢
一時中断された試合の中、私たちは見守ることしか出来ない。
私のせいであやめがまた傷付いたんだ……入れ替わりなんてするんじゃなかった。
あやめにも青蘭高校の思い出を残してあげたかった……私……あやめ……ユキタカくん……あの時こうだったね、ああだったねって三人で喋りたかっただけ……つい少し先を考えちゃう私は、三人でいる時間を想像してしまう。
あやめと共有したい……楽しいこともツラいことも公平に……私が好きな人を好きでいてほしい。
そんな歪んだ感情……
「共感の押し付け」……あやめにだけ持ってしまう感情……愛しくて堪らないあやめに、私の大好きなユキタカくんを好きになってほしい。
ユキタカくんはあやめが好きなんだ。私のこともきっと好きでいてくれてる……でも、あやめのことが好きなユキタカくんが好き……。
意味がわからない感情がときどき暴走する。
あやめが好き
ユキタカくんが好き
ユキタカくんに愛されたい
でも、あやめのことが好きなユキタカくんでいてほしい……ふふふ、私ってどうしたいんだろ……?
「選手交代で再開で〜す!神代くんと交代で入るのは……ええと……守日出来高くん!」
――アナウンスでその名前を聞いたときゾワッと鳥肌が立った……ああ……どうしてこんなにカッコいいんだろう……
あなたの底が知りたい……
いったいどこまでカッコいいの……
ずっと前からあなたは私のヒーローだから
大好きなあやめを助けてあげて……そんなあなたのミステリアスなところが私を夢中にさせる。
「やはり、出てきてしまったか……しょうがないヤツだ」
「守日出くん……怪我は大丈夫でしょうか」
「万全……とまでは言えませんが、軽く運動する程度は回復してます。驚愕の回復力です」
「つばきちゃんのためかしら……ねぇ、あやめちゃん」
「うん、デクはわたしたちのヒーローだから」
私があやめのフリをすることで誰かにバレることはない。誰よりもあやめを愛してる私にとっては造作もないよ……ククク……ってちょっとユキタカくんみたいかな?
「ヒーローか……たしかにな」
「でも、相手の子たちってバトミントン部なんですよね。いくら守日出くんがヒーローでも軽く運動する程度だと逆転は難しいですよね?」
「お母さん、勝つだけがヒーローじゃないと!」
「そうね、あやめちゃんの言う通り!可愛いわ〜彼氏のカッコいいところ見ないとね!」
「ちょっとお母さん……くっつかんで!」
そう、さすがのユキタカくんも無謀だと思う。運動神経が凄まじいのは知っている……ずっと見てきたから……しかも相手はバト部のエース2人、ユキタカくんも万全ではない。
でも私が彼をヒーローだと思うところはこの時点で確定している。ここで何か期待させるところが彼のヒーローたる所以だと思う。仮にここで負けたとしても……彼の何が変わるわけではないのだから。
「案外あっさり終わるのかもな」
「そうですか……1セット取られて、0対7からですもんね……どうか怪我だけはしてほしくないですね」
「いやいや、守日出と八蓮花の勝利で」
「「――!」」
「どういうことですか?岩国先生」
岩国先生は何か知っているの?……ユキタカくんのミステリアスな部分を……ほぼ毎日のようにテーピングをし直してくれるスポーツ専門の整形外科医……彼の全身のバネ、柔軟性、筋力……岩国先生が何かを感じているのはユキタカくんの過去を知っているから?
「いや、守日出の顔を見てるとヤツがヤツじゃないみたいで……あんなイケメンだったか?」
「――!あ……」
あの顔……ユキタカくんイケメンモード!ダメ〜こんな大勢の前であの顔出しちゃ〜!カッコ良さがみんなにバレちゃう!
ユキタカくんのカッコ良さは、私だけが知っていたのに!どうしよう、どうしよう……むぅ……
はぁ……しょうがないか……。ときどき見せるあの顔……私の「つばき調査」によると、昔を思い出す時、誰かを守ろうとしている時、そして必ず期待を裏切らない時。
「えぇ!?守日出くんはいつもイケメンですよ〜」
「お母さんにはいつもあの顔だもんね」
「そうなんだ!うふ、なんか嬉しいなぁ」
「「……」」
ユキタカくんはお母さんを特別視してる!不公平、不公平、不公平!試合終わったら公平にしてもらわないと。
「まぁ、守日出が出てきたからには勝つのは勝つだろう。あとは軽く流す程度でいけるかだが、あの顔見たら……あっさり終わるだろう。私の出番は試合後のテーピングかな、今日は念の為にしっかりとしといたから大丈夫だろうけど」
「――え?デクって何者なんですか?」
「付き合ってるのに知らないのか?……う〜ん、本人が伝えてないなら私からは……コンプライアンス的に!」
「コンプライアンスは関係無いです!わたし、知りたいんです!岩国先生だけズルい!」
「私も本人から聞いているわけじゃないよ。彼のトップアスリート並みの筋肉に欲情……じゃなくて興味があって調べたんだ」
欲情って……先生……コンプライアンス的に問題あるのは岩国先生です。
「わ、わたしも恥ずかしながら調べました……」
「あやめちゃん!調べたの!?」
「う、うん……でも何も記録になかったよ……インスタとか……エックスとか……」
「そりゃそうだ、彼は苗字が違うからね」
「「――!」」
そうだった……ユキタカくんはご両親が離婚している……守日出が母方の苗字!?
「じ、じゃあ、旧姓は!?……」
「「「オォォ!」」」
ドッと湧き上がる会場にその質問はかき消された!
釘付けになった……
特別なことをしているようにも見えない
必死にコートを走り回ってもいない
むしろ必死なのは、柚子ちゃんと六連島くん……
あやめに指示を出すユキタカくんは……遊んでる?いえ……楽しんでいるんだ。
六連島くんの叫び声はここまで聞こえてくる。
「テェメ〜!守日出〜!ふざけんなぁ!」
ユキタカくんの無駄のない動きに翻弄されている柚子ちゃんと六連島くんは、打ち返すだけで精一杯。
ユキタカくんは、あやめに決めさせている?自らはあくまでフォロー……あやめの打ちやすいところに、相手に打たせてる!?
あやめに決めさせることが六連島くんと柚子ちゃんのプライドを砕き、精神的にも追い詰めて普段のチカラを発揮させていない?
ううん、それだけじゃない!
次元が違う……柚子ちゃんと六連島くんは県大会常連なのに……ユキタカくんはレベルが違いすぎる。
15対7
「八蓮花さんすごくない?」「急に上手くなった?」「連続で何回決めるんだ!?」「あのイケメンって誰?」「アイツあれだろ?ほら……イジメの公開処刑執行人」
21対7 守日出&八蓮花 セットポイント獲得
「美女連れてたヤツ?」「ミス青蘭が覚醒してる!?」「っていうかバケモンすぎん?アイツらシングルス県3位だぞ」「バト部のインターハイまだだよなぁ、八蓮花さんを引き抜き有りじゃねぇ?」「なんかバト部、急にヘタになった?」
両チームワンセットずつ取り、最終セット
5対0 守日出&八蓮花 リード
「どうなってんの?」「全国レベル?」「バト部、だっさ!」「だな、六連島だろ?クソダサい」「八蓮花さん、ほぼ全部ポイント取ってない?」
20対0 守日出&八蓮花 マッチポイント
「相手って戦意喪失?」「あの男がバケモンすぎてこりゃしょうがない」「八蓮花さんだろ?すごいの」「いや、あの男が凄いんじゃねぇの?」「素人に負けるバト部エース」「ていうかあの二人楽しそう」「ドラマチックすぎて泣ける」
「お前らどこ見てんだ?凄いのはあの男だって!要所要所でヤベェスマッシュ決めてんじゃん!全部指示出してんのアイツだし、派手ではないがミスが無さすぎる!」
「セカン!ラストいけ!」
「ここ!」
「ヨォ〜シ!ナイス、お前、最強!」
「やったぁ〜!!」
21対0 守日出&八蓮花のタイトル取得
同時に2年3組の総合優勝確定!
選手兼監督「守日出来高」の凄さは分かる人にしか分からない。
「こ、これほどとは……さすがというしかないが、やはり心の揺さぶりがこのような結果になったのだろう」
「守日出くん、そんなにすごい子なんですか?」
「岩国先生……どうせ調べちゃうんで教えてください……デクって神奈川でどんな存在だったんですか?」
「神奈川?ふっ……彼の名前は鵠沼来高……元バトミントンU-15代表……世界一を二度とっている神童だよ。だが、最後の試合がトラウマになったのか、世界ジュニアから姿を消して消息不明……となっている。本人が言わないのであれば内緒にしてあげてくれ……人生そういう時もある」
「――世界一!……ユキタカくんが?……」
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「ゲーム!マッチ ワンバイ 守日出&八蓮花ペア!」
「デク〜!」
「お、おお!……ったく……」
笑顔のセカンがハイタッチ後に抱きついてきた!あ……あの……みんなが見てるから……それに胸の感触がダイレクトに当たって、いろいろ大変なんでグイグイ押し付けないで……。
(やった!やった!勝ったよデク〜!)
(30点はお前が決めてるな)
(だよね!だよね〜!)
(セカン、カッコ良かったぞ!)
(ねぇねぇ、なんでわたし覚醒しちゃったか分かったよ)
(そうか、どうしてなんだ)
(フッフッフ……デクと一緒だったから〜!)
(うぐっ……)可愛い過ぎる……。
(どうしたの?)
(……いや……セカンが楽しければいいんだ)
(うん!)
「デク、大好き!」
「「「――!」!」!」
「――え?……えぇぇ!」