その暗闇の向こう側...
試合開始の10分前。
「柚子とムッツリくんは強い。だが、あくまで強い2人がペアになっているだけだ。あれはダブルスじゃない……ダブルスは強い同士が組めばいいってもんでもないんだ。つまり、そこが狙い目だ」
「なるほど、連携は取れていない……ということかい?」
「デ……ユキタカくん、そんなことも分かるんだ!?」
「まず、俺たちが出来ることは後衛の神代がペア間を狙うこと!柚子とムッツリくんのどちらが打ってもいいところを狙え!徹底してそれをやるんだ」
「そんなことでいいの?でも柚子ちゃんたち上手だから取れちゃうよね……」
「そうだ!だから決めるのは前衛のお前だ!」
「――わたし!?……でもそんなに強く打てない……」
「プッシュするだけでいい……打たなくていい……押し込むんだ。ムッツリくんはダブルス時に最初の一歩が弱い……その目の前に落とせ、柚子には返すな!ムッツリくんをイラつかせるんだ!」
「で、出来るかな……」
「大丈夫だ。お前なら出来る!」
「――う、うん」
「守日出、つまり僕は彼らの隙間に打ち込み、乱れたレシーブを上げさせる役目ってことだね」
「ああ、理解が早くて助かる」
「――う、うん」
くっ……二人とも同じようなリアクションしやがって!可愛いかよ!これはあれか?二人ともヨシヨシしたほうがいいのか?庇護欲お兄ちゃんが出ちゃうからやめて……。
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大声援の中、始まった決勝戦。神代、セカン、柚子という青蘭のスターたちのファンも押し寄せている。
「「神代く〜ん」」「「八蓮花さ〜ん」」「「ゆずり〜ん」」
女子の圧倒的な声援を受ける神代。男女関係なく大人気の麗しきミス青蘭。オタク中心で構成された柚子の親衛隊。ムッツリくん……お互い嫌われ者同士ツラいな……いや、俺にも応援席には若干三名ほどいるからツラくない。
むしろ、この三名は全校生徒全員を足してもお釣りがくる。
ムッツリくんのサーブから始まる試合。神代、一発目から決めてやれ!
開始直後の相手のサーブは油断している。
というよりミスをしない確実なサーブであることが多い。この大観衆だ、興醒めするようなミスサーブでなく打ちごろなサーブ……キタ!
大声援に呼応するかのような神代の強烈なスマッシュが柚子とムッツリくんの間へ突き刺さる!
目の覚めるようなスマッシュ音とともに完全に相手の虚をついた神代の一撃は会場にいる女性陣を虜にする。
「キャ〜カッコいい!」「ギャ〜神代ぐ〜ん!!」「イケメンすぎて死んじゃう〜!」
ドッと沸く声援。会場を味方につけるスーパーヒーロー・神代楓!
神代のサーブ権……柚子とムッツリくんの隙間に絶妙に落とす強烈なサーブ!
連携の取れない二人は崩れた体勢、乱れたポジショニングにより相手のコートになんとか返すだけだ。
類まれな神代のセンスと運動神経が可能にした作戦がハマる!
狙い通り!
「いけ!セカン!」
「まかせて!」
打ち返す必要はない……そう……触れるだけでいい……押し込め!
セカンの絶妙なタッチ!ムッツリくんの前に落とし、まるで最強の二人を嘲笑うかのようなプッシュで連続ポイント。
八蓮花姉妹は伊達じゃない!
「やったぁ!デク、見たぁ!?」
煌めく汗、振り返って俺を見るセカン……やったね!とピースサインする彼女の笑顔が眩しくて、ついつい口角が上がってしまう……。
彼女たちといると俺が俺じゃなくなる……いや、あの頃の俺に戻っている?……そんな感じがする。
「「「オォォ!!」」」
バトミントン部二人に対して鮮やかに決めていく神代とセカン……。
まさに完璧といえる作戦……。
流れは完全にこっちのもの……
と思っていたが……この2ポイントが最強の二人のプライドに火をつけてしまった。
「つばきちゃん……すごい……ウチら研究されてるんだ……。むっくん、この二人は強いよ。ちゃんと本気でやろう!なんせこの二人の後ろにはデッくんがついてるからね!」
「特牛……俺もそう言おうとしてたとこだ!素人らしからぬ動きに少し驚いたが、負けるわけにはいかねぇもんな!守日出の作戦もろともぶっ潰してやるぜ!」
「ヨシ!とりあえずサイドバイサイドでいこう!」
「慎重だな……だが、それもいいジワジワなぶり殺してやろう」
「言い方キモッ!むっくん」
「うるせぇ!」
ちぃ……サイドバイサイド……守備型か……対処が早いな。これではラリーになって、こちらのミスが出てジリ貧になる。神代……体力は持つか?
形勢はあっという間に奪われた……。
試行錯誤する俺の要求に神代とセカンは応えることは出来なかった……そりゃそうだ、神代が万全ならまだしもセカンへのカバーに加え、相手のラリー戦法によって削られる体力……こちらは素人で相手はバト部のエース二人……俺の要求も難易度を増す……詰みか。
「ハァ……ハァ……神代くん、ごめんね」
「八蓮花さんは、充分頑張ってるよ……ハァ……ハァ」
1セット目21対7で柚子&六連島ペア
コートチェンジ後、2セット目にセカンへの集中砲火!
ムッツリくんのスマッシュがセカンを狙う!
バト部のスマッシュは凄まじい。まともに当たればアザにもなる……六連島……お前……。
「うっ!……」
「八蓮花さん……大丈夫?」
「おいおい、どうしたよ!『わたしが勝つ』なんて言ってなかったか?棄権してもいいんだぜ」
「ちょっと!むっくん、やり過ぎ!」
「ケッ!出来もしねぇこと言いやがって!」
0対3
「あぅ!……」
「八蓮花さん!」
0対5
「痛っ!」
「六連島くん……君……女子の身体に本気で……!」
「お前が助ければいいだろ?神代」
「むっくん!」
「うるせ〜!」
蹂躙……一方的な試合展開でなすすべがない。試合開始時には盛り上がっていたはずの会場も、痛ぶられる神代とセカンを見て、悲鳴のような叫びが聞こえる。
0対7
ダンッと響く音とともにコートに倒れる神代!
「――くっ!」
――神代!……セカンを助けるために走り回った神代の太ももが肉離れを起こしたようだ。
棄権も考慮して、試合は一時中断となり協議が行われる。
ここまでか……。
「神代……すまん……無理させたな」
「――も、守日出!き、君が謝ることなんて……僕が不甲斐なくて……ごめん」
「セ……お前も頑張ったな。カッコ良かったぞ……こうなってはもう棄権して……」
「まだだよ!……まだ負けてないと!……う、うう……デク……わたしたちは……まだ負けてないっちゃ!」
悔し涙を流すセカンの目は死んでいない。俺の袖をギュッと握る手にはそれほどチカラは無く、ただ負けたくないという意志がそこにはある……ふぅ……仕方がない。
「あの〜、代わりの人がいなければ棄権ということでよろしいですか?」
実行委員が声をかけにくる。
「いえ、選手交代でお願いします」
震える手……
期待から失望へと変わった人たちの目が……
360度囲むように暗闇に浮かぶ……。
『意外と大したことないんだね』……『意外と大したことないんだね』……『意外と大したことないんだね』……
暗闇に浮かぶ複数の目が口に変わり、俺の心を支配していく……きたなプレッシャー……久しぶりだな。
暗闇を切り裂く一筋の光が目に映る。
――!差し伸べられた白くて華奢な手……見覚えのある手。
守ってあげないと簡単に折れてしまいそうな手……彼女の心を守りたくて、俺はその手を握る。
「デク……?」
その声とその手……潤んだ瞳、汗で濡れた前髪……彼女を見つめると暗闇は砕け散り、視野が広がっていく。
あの目も消え去り、あの声も聞こえない……ただ、目の前にいるのは心配そうに見つめる大事な女の子……。
なんだ……俺は彼女を救うヒーローじゃないんだ。
あやめが俺を救う女神だったんだ。
ククク、懐かしいなぁ、この感覚……。
「クク……セカン……勝ちにいくぞ!」
「うん!」
「選手交代で再開で〜す!神代くんと交代で入るのは……ええと……守日出来高くん!」