断罪
午後6時、日も沈む頃に後夜祭が始まる。
蒼穹祭後夜祭では、フォークダンスとは別にステージが設けられている。
このステージでは伝統的に愛を叫ぶ者、謝罪する者、学校に物申す者などさまざまだ。各々が好きなことを吐き出す場所……自由の場だ、何を言おうと止められることはない。
{宇部さん!好きだ〜}
{{オォォ!}}
{下松先生ごめんなさ〜い!}
{{ウェ〜イ!}}
皆が思い思いに叫んでいく。参加する者は蒼穹祭実行委員の待つ受付カウンターへ向かい、順番を待つ。
そして俺もまたその一人だ。
「も、守日出!君がこのステージに!?」
受付をしている実行委員の中、一人の男が俺を見て信じられないという表情をしている。俺はそんな神代楓の問いに答えるでもなくステージに上がった。
「あ〜、あ〜、え〜と、俺は守日出来高といいます。まず、名指しで呼ばせて頂きます。三年生の柳井さん、小野田さん、萩さんいらっしゃいますか〜?」
この後夜祭、三年はほぼ全員いると思われる。青春を飾る最後の蒼穹祭、よほどの陰キャでない限り参加しているだろう。しかも彼女たちにとって可愛い後輩である神代が実行委員だ、必ず近くにいる。
彼女たちを特定するのは簡単だった。身近なところから絞り込めばいい。神代は二年で犯人は三年だ。
身近なところといえば実行委員かバスケ部の女子……実行委員は蒼穹祭の準備で自分達のクラスの出店には参加出来ていないはず……「ウゼ〜から来るな!」から推測すると……バスケ部の女子か……その中でも発言力の高い人間……おそらく2〜3人……特定したあとは後夜祭準備中に軽く聞き込みして確信に変わった。
何?何?と三人は楽しそうにステージ下に現れた。彼女たちの前にもスタンドマイクを置いてもらい準備万端。
「三人の誰かに告白すんじゃねぇ?」「だったら、他の二人いらんくねぇ?」ざわざわと徐々に盛り上がっていく会場。
「神代楓!彼女たちの前に出てきてくれ!」
{{オォォ}}
神代の名で最高潮に盛り上がる!神代の名は絶大だ。その名は三年の生徒たちにまでも届いている。
神代は戸惑いながらも彼女たちの前に立つ。コイツは実行委員だ、指名を受ければ表に立つしかない……神代……これはセカンを守れなかった責任だ!悪いが俺と断罪の舞台に上がってもらうぞ。
柳井、萩、小野田の三人は目の前に立つ神代に興奮を抑えられない様子だ。彼女たちは、ヤバいヤバいと連呼する。
「神代楓は皆さんご存知の通り二年生にしてバスケ部のエースです!そして、こちらの先輩方三人は神代のことを影ながら支えてきた女子バスケ部の面々です!」
{{オォォ}}
「先輩方!可愛い後輩に愛を叫びましょう!神代くん好きだぁ〜!せ〜のっ!」
これだけ温まった会場のノリに後押しされるように三人の女子生徒たちは乗っかる!
{{好きだ〜!}}
{{オォォ!}}
目の前の神代に自らの想いをぶつける三人の女子生徒たち!それを気まずそうに受け取る神代。
「守日出……君は何を……」
怒りを押し殺すように俯き震える神代。
「いや〜叫びましたねぇ〜!皆さん神代のこと本当に好きなんですね!」
{{好きだぁ〜!}}
ここぞとばかりに愛を吐き出す三人。愛の行方は誰の手に!とばかりに盛り上がっていく会場は熱気に包まれた!……が一言で会場を冷やすのはオレの一言。
「あぁ、でも神代はアンタらのことなんか絶対に好きにはなりませんよ!」
そんな発言を聞いた会場は、戸惑いを隠せないようで冷え切ってしまった。その会場の雰囲気に飲まれるように黙り込む三人の女子生徒たち。
「なんだアイツ?」「嫌がらせ?」「嫉妬とか?」「意味不明」ざわざわとそんな声も聞こえる。
「――も、守日出!」
珍しく感情を露わにする神代がステージに上がり俺の胸ぐらを掴む!
「君は何がしたいんだ!」
「だってお前……イジメをするようなヤツらを好きになったりするか?」
「――え?イジメ……?」
もちろんマイクを通して言った言葉は、会場中に広がっている。
「この三人は三年の校舎で一人の女子生徒に水をかけて嫌がらせをしてました!」
「は?マジ?」「引くわぁ〜!」「神代がらみの嫉妬とか?」「イジメって推薦とかも消えるんじゃねぇ?」「女って怖っ!」徐々にざわつきだす会場……。
「ちなみに俺はまったく関係ないけど、そういうの見て見ぬふり出来ないんで、ここで叫びま〜す!」
「ハァ?嘘よ!」
「そうよ!そんなの知らない!」
「みんなウチらを信じて!」
「コイツ、マジキモい!」
「ふざけんな!名誉毀損!」
三人は必死に弁解しようとする……
そうだ……もっと言い訳しろ……
わたしたちは関係ない……
イジメなんて知らない……
どんどん嘘を上塗りしてくれ……
それが真実となった時……
お前たちは断罪される。
「守日出……それって……まさか……八蓮……」
神代の言葉を遮り、ヤツらを追い詰めていく。
「この三人、実は器物破損と公然わいせつ罪もあるんですよ!」
「「「――!」」」
三人は身に覚えのないことに困惑しているようだ。
「え?どゆこと?犯罪ってこと?」「いよいよ終わったな」「わいせつ罪ってヤバすぎ!」「どんなことしたか知りてぇ!」「でも、本当なの?」「さすがに嘘じゃねぇ?」飛び交う言葉が場を温めていく。
「嘘つくな!」
「そんなの絶対知らない!」
「マジいい加減にして!」
そろそろかな……かなり興奮して自分たちが何を言っているのかすら分からなくなる頃だろう。
「だってほら、リップで卑猥なことを書いたでしょ?それが器物破損にもなるし……」
「――な!?そんなのトイレの鏡だから消せるでしょ!それに卑猥なことなんて書いてない!…………あ…………え?」
三人の中の一人がこぼした言葉に周囲も気付く。
「あぁ、ちなみに女子生徒がイジメられた現場は3年校舎の女子トイレです。卑猥な事が書いてあった場所と同じなんですよ。それは、女子生徒を中傷するものだったので、今ここで俺の口からは、とても言えません……あれ?俺、トイレの鏡て言いましたかね?」
自供したな。俺は、あえて罪を二つに分ける事にした。一つ目は女子生徒へのイジメ……これは、知らぬ存ぜぬで通せてしまう。証拠がないからだ。
だが、二つ目の罪は、反論の余地があると認識させる。自分たちはそこまでやっていないと怒りに震えるだろう。だが、興奮するとどうなるか……犯人しか知り得ない情報を誘導し吐かせることが出来る。
最後は二つの罪が一つだと提示すれば詰み。
悪いが、ヤツらの学校生活もこれで詰み。
この程度の人間をコントロールする事は簡単だ。煽れば勝手に自滅していく。
「……先輩……」
憐れむような目で三人を見つめる神代。はぁ……お前はダメだ。優しすぎる……コイツらは犯罪者だ!この三人がこれからどんな将来を進んでいくかなんて知らない。だが今、この瞬間はイジメの重さを知らなければならない。
「アンタら三人は今どんな気分だ……後悔してるか?全員の前で恥をかかされて怒ってるか?だけどな、アンタらにイジメられた女子生徒は怯えていたんだ……怖かったんだ……たった一人で……何度も何度も水をかけられ……想像出来るか?出来るわけないよな!アンタらが彼女につけた傷はこんなもんじゃねぇぞ!」
俺の怒号が会場に響く。彼女たちを裁く俺もまたクソ野郎だ。
だが、これでいい。綺麗事で解決出来ないことは、全てを泥まみれにしていかなければならない。
いろんなものを巻き込んで汚さないと誰も拭おうとしないから……一人でもそれに気付き拭おうとすれば、いつかきっと……二人、三人と泥の重さに気付いていく。
イジメという犯罪は難しい。
大人ではダメなんだ。
守るものが多すぎて有耶無耶にしてしまうから……やるなら俺のようなクソ野郎がアイツらのようなクソヤローを裁かなければならない。
青ざめたヤツらの膝は震えている。後ろに大勢いる同級生たちの冷たい視線を背中に感じているのだろう。
俺はあえて言う。マイクは切り、ヤツらにだけ聞こえるように……。
「いやぁ……アンタらみたいな悪者を退治出来て良かったわぁ……ん?ああ、もう帰っていいですよ。それとも、まだ3年生最後の後夜祭を楽しみます?」
お前たちはセカンの痛みを思い知るんだ。
静まり返る会場は三人の罪を決定付けていた。