守日出来高はあの頃を思い出す
イジメは犯罪だ。一方的に嫌がらせをし、精神的にも肉体的にも相手を追いつめる悪質な犯罪。
俺は中学時代、今とは違う人間だった。自分で言うのもなんだが神代のような存在だったと思う。争い事を嫌い、皆をまとめるクラスのリーダー……そんな俺を変えたのはイジメだ。
標的となったのは新任の先生……彼女は一部の生徒たちから嫌がらせをされ、心を病んだ。
俺は何も出来なかった……。
綺麗事で抵抗しても何も解決出来ない。
『みんなが人に優しくなれる大人になってほしい』
それを口癖のように言っていた先生は、別人のようにヒステリーを起こし生徒たちを傷つけた……。
物にあたり、暴力を振るう……。
やがて先生は学校を去り、大人は誰も何も言わない。
あの時、学級崩壊を起こした俺たちのクラスは卒業するまでのあいだ……まるで彼女という存在が無かったように過ごしたんだ。
開けられないパンドラの箱を抱えたまま……。
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「つばき……あやめが大変なんだ。俺はあやめがいる保健室に行くからお前は帰るんだ。ちゃんと連れて帰るから心配するな」
俺は岩国先生からのメールをつばきに見せた。
「――そんな!……あやめが?……私も行く!」
「ダメだ!ここでお前たちを会わすことは出来ない!家で待ってるんだ」
「でも、あやめが!」
つばきは俺の胸ぐらを掴み、必死で訴える。その震える手をそっと握り、優しく声をかける。
あの頃のように……少しだけ昔を思い出しながら……。
「つばき……大丈夫だ。俺がいる」
「――え?ユキタカ……くん?」
風紀係の注意を払いのけるように走った!
痛み止めが切れたのか、背中がズキズキと痛む。まず、向かったのは保健室。
走りながら状況を予測する……セカンは神代と一緒にいたはずだ。だがトイレで水をかけられた……神代と別行動していた隙にそれをされたということは、神代のことが気になる女子生徒……おそらく複数人いると考えたほうがいいな。
そして鏡に「調子に乗るな!ビッチ!ウゼ〜から来るな!」という文字……。
神代に蒼穹祭を一緒にまわろうと誘い断られた人物……セカンは誰にされたかも分かっていないだろう……わざわざ書き置きを残すくらいだ、声は出さずにトイレの上からバケツでも使って水をかけたか……。
「ウゼ〜から来るな!」……来るな?……「来るな」は三年の校舎にってことだ……。
三年生か。犯人は割と簡単に特定出来そうだな。
それよりもセカンの精神状態は?……。
しかし、神代は……守れなかったか……。
保健室に辿り着くと岩国先生と目が合う。カーテンの閉まったベッドのほうを目で示す。
ベッドに潜り込んだセカンは顔も隠しているのでどんな状態か分からない。椅子に腰掛け話しかけてみる。
声を聞けばどんな精神状態なのか感覚でわかる。
「俺だ……神代じゃなくてすまん。話したくなければ聞いていてくれ……神代と蒼穹祭をまわれるようにしたのは俺だ。悪かった……こんなことになるならもっと慎重に進めるべきだった。お前をこんな目に遭わせたヤツはすぐに分かるが……お前はどうしたい?ちなみに三年生の女子だと推測している」
ゴソゴソとベッドから白い手だけが出てきた。プラプラと手を振っている。なんだ?握れということか?俺は神代じゃないんだが……。
出てきた手を両手で包み込む。
震える手……微かに聞こえるすすり泣く声。
「せっかくの蒼穹祭なのにツラいな」
「……」
俺の言葉に答えるようにぎゅっと握り返してくる
「神代とはどうだった?」
「……」
チカラが緩む。ダメだったということか?
「怒ってるか?」
「……」
チカラを入れないから、怒ってはないんだな。
「悲しい?」ぎゅっとチカラが入る。
「寂しい?」ぎゅっ!
「嬉しい?」ぎゅっ!
「いや、嬉しいはないだろ?間違ってるぞ」
「間違ってないよ」
ひょっこり顔だけ出すセカン。目は赤く腫れて、髪もボサボサ、捨てられた子犬のように俺を見つめる。
「ふふ、ブサイクだな。鼻水出てるぞ」
「ゔるざい!バカデク!ぐるのおぞいっちゃ!」
「鼻声で何言ってるのか分からん……ごめんな」
泣き怒り顔のセカンを見て、胸がキュウッと苦しくなった……。
これはやはり庇護欲?……分からない……ただ……申し訳ない……そう思い、自然と手が伸びて、彼女の髪を整える。そのまま頬には触れず、涙を指で拭きとった。
自分がそんな事をするなんて信じられず、途端に恥ずかしくなる。
血迷っていた……セカンのことが、なんか子犬みたいで、ついヨシヨシしてしまった。
そして恥ずかしがっているのは俺だけではないようだ。セカンは顔を真っ赤にし、足をバタバタしている。
くっ……可愛いな……まったくこの姉妹は……。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
カーテンの隙間から顔だけ飛び出した岩国先生が興奮を抑えられず、欲情している。
「覗くな変態教師!」
「甘酸っぱいなぁ……若返るぅ〜」
セクハラ変態教師は無視するとして、やらなければならないことがあるので席を立つ。
「デク……どこに行くの?」
「後夜祭の準備だ」
「……そ、そばにいてほしいって言ったら?」
「後夜祭が始まって少ししたら戻ってくる。待てるか?」
「……うん」
「帰りは家まで送るよ。だから準備しておいてくれないか。制服は乾いてないだろうから俺のジャージを置いておく。絶対に一人で帰ったりしないでくれ」
「岩国先生が干してくれてるから、大丈夫とは思うけど、家に帰るならジャージのほうが都合がいいかな……でも家まで送るってデクの帰りが遅くなるよ」
「明日は休みだし、大丈夫だ。心配だからな」
「――!」
セカンはベッドに潜り込むと「今日のデク優しい!……顔が違う!……声も違う!……なんで、なんで!……意味わかんない!」と、こもった声で叫んでいる。
「と、とにかく、待ってろよ!」
「うん、待ってる」
セカンは顔だけ出してそう答えた。
さぁ、制裁の時間だ。覚悟しておけ……。