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蒼穹祭開幕

➖5月26日➖蒼穹祭1日目


 いろいろあったがクラスは一つとなり、無事に当日を迎えることが出来た。俺というピースは欠けてるが、なんら問題はないだろう。


「お化け屋敷」なんてものに需要があるのかと思っていたが、これが案外客入りがいい。客も文化祭テンションなのだろう、ありがちな作りでも充分盛り上がってくれている。


 ちなみに俺は「お化け役」ではない。「広報」としてプレートを持ち廊下に立たされている。


 いわゆる「客引き」というやつだ。


 お化け役、受付、屋敷内の管理、清掃、などなど、皆はそれぞれの役割をまっとうし交代で休憩しつつ蒼穹祭を楽しむ。


 しかし、俺に「客引き」をさせるとはまだまだだな。つばきにやらせれば、行列でもできそうだが、クラスの害悪をなるべく遠くに配置して、今の雰囲気を壊したくないのだろう。


 神代も実行委員で忙しいし、俺の扱いに困っているのかもしれない。


 ソロプレイヤーどころか邪魔者扱いは、少しやり過ぎたかな。


 む……受付のつばきの視線が痛い。きっと、客引きをして来いということなのだろう。だが昨日の一件で妙に意識して目を合わせづらい。


 視線を感じるが、無視をしておこう。視野の広さには自信はあるが、見なければいいだけのことだ。あとで怒られるのは面倒だが、明日のこともある。


 そう、明日の蒼穹祭は一般の入場が可能だ。予定ではセカンが登校するので、つばきは私服で潜り込むというのだ。コイツら本当にバカだ。


 その上、つばきは俺と一緒に回りたいという。なぜならセカンには内緒だからだ。


 双子が揃うということは、バレる確率が上がる。セカンにもバレないように行動するのに一人では危険だと事情を知った俺を誘った、というわけだ。


 つまりあれだ……俺は利用されているのだ。


 一瞬ドキッとしたあの感情を返せ!いつもの俺なら即答で断っているところだが、あのシチュエーションで言われると……お……おう……まぁ、いいけど……と返すしかなかった……。


 俺もまだまだだな。「麗しきミス青蘭」の誘いに、一瞬でも何かしらの期待をしたのかもしれない。


 だが、俺は「誰も期待しないし、期待されない男」を一年以上通してきた……。浮ついた自分に平手打ちだな……。高校生活を双子に翻弄されるわけにはいかない。


「デッくん!君は相変わらずのはみ出し者やね〜そんなところに立たされて、新しいクラスでも輪に入れてないん?」


 話しかけてきたのは一年の頃のクラスメイト。女子バドミントン部の副キャプテン。


 特牛柚子(こっといゆず)だ。


 女子も男子も関係なく、誰とでも気軽に話しかける彼女は、いわゆる人間的に人気者だ。


 高めの身長に部活により引き締まった身体、さっぱりした性格で、ふわっとした柔らかい髪質がくせ毛風に動くカールヘア。ウルフカットがボーイッシュで女子にもモテる女子。


「……誰だお前?」 

 

「くはぁ〜!辛辣(しんらつ)……。はみ出しドSっぷりは健在か!?」


「……」

 ここは無視だな。


「ぐはっ!さらに無視って……そんなだからデッくんは、はみ出しちょるんよ!ドS過ぎてみんなのヘイトを集める君は、むしろドMなん?ドSでありドMでもあるなんて、ほとんど変態やん!そもそもウチのこと覚えてないとかありえんやろ!君の成績はお飾りか?仮にも学年2位という地位にいながら記憶力が無いなんて言わせんよ!一年間ずっとウチのことを見続けていたくせに今さら忘れたなんて……うう……ひどい……」


 ガタンッと目の前で音がした。


 受付に忙しいつばきが、テーブルに置いていた水を落としたようだ。ゴロゴロと転がってくる「いろはす」を拾い上げて、表面を軽くハンカチで拭くと、俺はそれをテーブルに置いた。


 軽く「大丈夫か?」とだけ声をかけたが、つばきは目を合わさずに「ありがとう……」と少し元気なく答えた。


「おい、八蓮花はずっと受付してるようだが、誰か代われないのか?コイツは休憩してないぞ」


 俺はもう一人の受付女子である豊田(とよた)に声をかける。豊田の前は赤池(あかいけ)という女子だった。つまり、つばきは2周目だ。ずっと受付をしていることになる……。


「え……でも……八蓮花さんが交代はいいって……」


 少し怯えたように答える豊田は、どうやら俺のことが怖いらしい。クク、2か月でずいぶん浸透してきたな。


「うん、私がいいって言ったんだよ。気にしてくれてありがとう、ユキタカくん」


「「――!」」


「ちょ……ちょっと、どゆこと!?ユキタカくんって?……デッくん、八蓮花さんに名前で呼ばれてるよ。気付いてる?お〜い、無視するなぁ〜、答えろぉ〜、無表情でわから〜ん」


 ユキタカ呼びに反応したのは豊田と特牛柚子(こっといゆず)。柚子はつばきと面識がないようだが名前くらいは知っていたのだろう。


「麗しきミス青蘭」の八蓮花つばきだ、そんな子が俺を下の名で呼んでいる……不思議に思ってもしょうがない。豊田も、えっ、えっ、と挙動不審になってるぞ。


 俺はいいが、セカンのこともある。いいのか?つばき……。神代が変な誤解をしなければいいが。と考えていると、柚子が俺の肩に気安く手を置いて話しかけてくる……。


 まったく、コイツは距離感がおかしいんだった……これは俺だからではない。誰にでもこうなのだ。


 それでよく男どもが勘違いをする。そりゃそうだ、女子がスキンシップを(はか)るのは好意の表れだと多感な男どもは思っている。


 それをこの女は無自覚でやる。


 八蓮花姉妹とは違うがコイツもモテる。スタイルはいいし、顔も美人だ。何より飾ってない……女だけでなく男からしても話しやすいだろう。陽キャたちはもう慣れているだろうが、普段から女子と話さない陰キャたちが問題だ。


 アイツらは免疫が無いから惚れやすい。何人もの隠れファンがコイツにはいる。「無自覚の小悪魔」……そう呼ばれてないが俺がたった今、命名した。


「……俺の肩に手を置くな」


「おっと、オレに気安く触るんじゃねぇ……ヤケドするぜ……と小林旭ばりにカッコいいセリフを吐くデッくん!」


「――それってニーチェの言葉じゃなくて?」


「え?そうなほ?知らんかった」


「いや、俺も自信はないけど……」


「ふ〜ん、でもニーチェって言ったほうがなんか頭良さそうやし……次からはそうしよ!いい?」


「勝手にしろ、責任は取らん」


「デッくんの突き放した言い方、ひさびさ〜!最初の頃はグサグサきて、どうしようかと思ってたけど、いざ別れてみるとアレが快感だったんだと気付かされたわ!たった今!」


 ガタンッとテーブルに足をぶつけたのか、痛そうに足をさするつばき……本当に大丈夫か?


「変な言い方をするな!……というかドMはお前だな」


「そ……そうか!……ウチはドMなんや!……デッくん……ちょっと罵ってくれん?」


「バカかお前は。そんなことより自分のクラスに帰れ!俺たちは忙しいんだ。お前のクラスみたいに過疎ってないからな」


「う……いいねぇ……さすがデッくん。なかなかぶち込んでくる。さぁ、もっと罵ってよ!ウチを目覚めさせたのは他でもないデッくんなんやけ!」


 柚子のテンションに圧倒されるようにつばきと豊田が若干引いているようにも見える。これは文化祭テンションでもなくコイツの平常運転だ。いわゆるムードメーカーと言えるだろう。

 

「おい……八蓮花と豊田が引いている。おふざけはいいからもうクラスに戻れ」


「えぇ!今、休憩に入ったばかりなのにもう働けって!?デッくんって本当にサディスティック♡」


「……ハァ、相変わらずだな。柚子」

 

「やっと思い出してくれましたか!ウチのこと忘れたなんて言うから、ついつい絡んでしまいました。デッくんはどうやら記憶障害があるみたいやけ、忘れんように定期的に顔を見せんといけんね」


「だったら、もう忘れないんで、二度と俺に絡まないでもらえるか」


 そういうことならと、丁寧にお断りをしておいた。


「――辛辣(しんらつ)!でもその要望は聞き入れられませんねぇ」


 ……と、再び俺の肩に手を置いて答える柚子。まったく色気を感じないから問題ないが、つばきと豊田に勘違いされるのは勘弁してほしい。


 なんとなく、つばきの笑顔が怖いのは気のせいか?


「……お二人は仲がいいんですね」


「いや」

「うん」


 俺と柚子が真逆の答えを出すと、プッと豊田が笑った。あ……ごめん、と豊田は申し訳なさそうにする。


「デッくんって面白いよね!えっと……」

「豊田です。こんなに喋ってる守日出くんを見たの初めて……」

「豊田さんも気付いちゃったかぁ!デッくんの魅力に!」

「八蓮花さんは気付いてたみたいやけどね!……そ……それで……お二人の馴れ初めをウチにも聞かせてくれるそ?」


「――え?わ、私たちはそういうのじゃないですよ」

「ほぅ……ではユキタカ事件にはどういう経緯があるん?」 

「わたしも知りたい」

「と、豊田さんまで……」

 

 持ち前のコミュ力でつばきと豊田に話しかける柚子は、いつの間にか予備のイスに座り3人並んで受付をしている。おい、お前のクラスはここじゃないぞ、とは言わなかった。


 八蓮花つばきはクラスでも一目置かれた存在だ。カーストも上位にいるんだろう。俺はそんなピラミッドにすら入ってはいないが、つばきはトップにいるはずだ。おとなしい性格だが芯があり、クラスでの発言力も高い。


 恵まれた容姿だが、それを周りから疎まれたりしない。きっと努力をし、皆に気を遣い、男子ともあまり関わらないことが女子の確執などにも影響を与えてないのだろう。嫌われるわけがない……だが、柚子のように誰とでもフラットに付き合える友達はいないように感じた。


 人気者同士だ、ちょうどいい。


 俺はそう思い、そっと元の立ち位置へと戻る。客引きをするでもなく、ただプレートを持ち、かすかに聞こえる女子トークをなんとなく耳にしながら暇を持て余していた。


 そう、暇だった。この時までは……。


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