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月夜にうさぎを拾いまして


ちんとんシャン、ちんとんシャン


 今年一番のまん丸お月さまから薄っすらと伸びる、いくつもの淡い光の橋の上を、大きな包みを持ったうさぎ達がちんとんシャンと列をなして渡っていく。

 そういえば大月見の時期だったかと、おれはリビングのカレンダーを一瞥して独り言ちた。


 天帝主催の大月見。

 天帝のおわす月の宮で、一番月の綺麗な夜から三日掛けて行われる、月の縁者のうさぎ達にとっては年に一度の大イベントだ。

 毎年この時期になると、商店街やスーパー百貨店、全ての店から餅米や上新粉がごっそりと消える。天帝に献上する為の団子や餅を作るために、うさぎが買い占めていくからだ。

 そうして作られた献上品の餅は大きな風呂敷に包まれて、通行書代わりの鈴をつけたうさぎ達によって、えっちらおっちら、ちんとんシャンと月光の橋を渡って月の宮へと届けられる。

 あと、なんでもその年一番天帝のお眼鏡にかなった献上品を差し出したものには褒美と祝福が与えられる、らしい。その辺はおれはうさぎじゃないから詳しい事は解らない。


 そして大月見はうさぎ達や月の都の民だけが楽しむわけではない。おれ達地の民にとっても楽しみなイベントのひとつなのだ。


「今年は拾えるかなァ。おこぼれ餅」


 小さな身体に大きな包みのアンバランスさからか、うさぎ達はよく運搬中に餅を零す。それを地の民達はおこぼれ餅だとありがたがって、月光の橋の下から拾うのを楽しみにしているのだ。

『おこぼれ餅には福がある』

 誰が言い出したか知らないが、実際食べた者に福が来るそうだから、大金叩いて人を雇ってでも確保しようと必死になる輩も居るらしい。


 ガラリとベランダの掃き出し窓を開けて、おれもおこぼれに預かれるかなァと外に出た。

 秋も半ば、夜風が冷たくてぶるりと震える。なんか羽織れば良かったかと、でも面倒くせぇやとそのまま手摺に凭れ掛かった。

 その時、ふと視界に白い塊が入って徐ろに目を向けてみた所、猫かと思ったソレは予想に反したものだった。


「エッ、うさぎ!? なんでこんな所に。お前さん大月見に行かなくていいのかい?」


 そこに居たのは悲しげに月を見上げながら、前脚でくしくしと目を擦る片耳の折れたうさぎだった。前脚が動くたびにシャンシャンと音が鳴るから、大月見に行く予定ではあるらしかった。


「あぁ、ごめんなさいお兄さん。邪魔しちまってすまないねえ」

「いや、それは別にいいんだが…… どうしてそんな悲しそうなんだい?」


 町中でうさぎを見ることはあっても話したことが無かったおれは、おっかなびっくり声をかけた。おれの言葉に、うさぎはくりくりした目にじんわり涙を浮かべると、『聞いてくれやすか?』とその身に起こったことを話して聞かせてくれた。


 うさぎ曰く、今年はうさぎの山で栗が豊富に取れたから、栗餡を包んだ餅を献上することに決めたそうな。

 しかし山の栗は渋栗で、しっかり渋抜きをしないと食べられたもんじゃない。その分渋を抜けば美味しい栗となるそうで、うさぎは丁寧に渋を抜き、ホクホクに茹で上げた栗と砂糖とほんの少しの蜂蜜を使って、黄金色のそれはそれは甘くて美味しい栗餡を作り上げたそうだ。

 その栗餡を使って渾身の栗大福を作り、意気揚々と月光の橋を渡り始めたところで、運の悪いことに金も権力もある意地悪なうさぎに横取りされ、突き落とされたと言うのだ。


「あの成金うさぎ、毎年自分では作らず金に物を言わせて余所のうさぎからタカるのです。また、私のような耳折れや歯向かいそうにない者相手だと、こうしていじめてかかるのですよ。そして奪った餅を天帝に捧げ、虐げた相手を天帝のために餅も用意できぬ不忠義者だと誹るのです」

「そいつぁなんて酷いやつなんだ」

「今年は早い内から私が目を付けられていたようですね。耳折れですし、栗は手間がかかりやすから。まァ、あまり高い所から落とされなかったのは不幸中の幸いでさァ」


 お兄さんとこには邪魔しちまいやしたが、こうして怪我もねぇですし。

 そう言って、どこか諦めたように笑ううさぎがおれは不憫でならなくて、相手のうさぎに腹が立って仕方なかった。


「それでお前さんはどうするんだい? このまま泣き寝入りして恨めしそうに月を眺めるだけかい?」

「どうすると言われやしても…… もう餅米や上新粉はどこも売り切れてやすし、栗餡も使い切っちまってるし…… 私にはどうすることもできやせんよ」


 しゅんと耳を垂らし力無く微笑むうさぎに、おれはこれも何かの縁だと心を決めて、うさぎに一つ話を持ちかけた。


「それならサ、今からおれと作らないかい? うちはしがない氷屋でね。餅米や上新粉はねぇが、かき氷のトッピング用に白玉粉なら用意があるんだよ」

「エッ、いいんですかい? でもそれはお兄さんが使うんじゃ……」

「いいんだよ! こんな時期にカキ氷食う好きモンも居ねぇし、居たとしてもトッピングの白玉が一日くらい無くたって誰も怒るめぇよ」


 おれの提案に少し悩む素振りをみせたうさぎは、それでも決心したのかおれをしっかり見上げると、ペコリと頭を下げた。


「じゃァ、お言葉に甘えさせていただきやす!」

「おうよ! そのいけすかねぇ成金うさぎに一泡吹かせてやろうぜ!」


 そう言って笑い飛ばすおれを見て、悲しげだったうさぎはようやく晴れやかな笑顔を見せた。

 よォし、じゃあいっちょやりますかね!




 

 下の店舗に移動して、うさぎと一緒に作業場に立つ。

 階下に下りる途中、うさぎと話した中で新たにわかったことだが、今回の大月見には天帝の末の姫が初めて参加するということで、皆それは張り切っているのだという。末姫様の初誉れの名誉をいただくために、捧げ物には腕によりをかけたものが並ぶだろうということだった。


「その末姫様ってのは何が好きとかあンのかい?」

「うーん、甘いモンは好きって話でさぁ。あとは姉姫様達の真似したがるから皇后様が困ってるって話なら聞いたことありやす」

「ほォ? なら姉姫達は何が好きなんでい?」

「姉姫様達は地の民の『ばえ文化』に興味があるようで。カワイイもんが好きみたいでさぁ」

「アー、映えね、了解」


 うさぎの話を聞いて、おれは白玉粉と豆腐、作り置きのあんこに缶詰めと果物をいくつか用意すると、傍らのうさぎに声をかけた。


「じゃあその映えを狙ってくとするか」

「エッ、団子じゃないんで?」

「団子だが? ただ、団子以外にも盛るってだけさ。なんだい、献上品にはなんか決まり事でもあんのかい?」

「いや、特に決まりはねぇけども。大体みんな大福や蒸し団子、お月見餅を拵えるもんだから……」


 なるほど、代わり映えが無いわけか。


「じゃあここらでお前さんが目新しいモンばーんと持ってってド肝抜いてやんなァ」


 ニッと笑えばうさぎはきょとんと目を丸くして、しかし同じ様にニッと笑い返して拳を握り締めた。


「いいですねぇ! いっちょやってやりましょう!」

「そうこなくっちゃ!」


 おれ達は拳をコツンとぶつけ合うと、さぁてやるぞと目の前の材料に向き直った。


「白玉粉と豆腐ですかい?」

「あぁ、水の代わりに豆腐使うと時間が経ってもモチモチなんだよ」

「へぇ!」


 ボウルに白玉粉に豆腐を潰しながら入れて程よい硬さになるまで捏ねる。途中半分だけ別のボウルに移すと、おれはそこに黄色い粉末を振り入れた。


「その粉はなんでい?」

「カボチャの粉末よ。黄色い団子を作るんだ。お月さまみたいだろ?」

「なるほど! そりゃあいい!」


 そうして黄色い団子をうさぎに任せて、沸かした湯に白い方の団子をコロコロ丸めて放りこんだ。そして茹で上がるまでに缶詰を開けてシロップと果物を選り分けていく。

 横でうさぎが団子を捏ねるたび、シャン、シャンと鳴る鈴の音が心地良くて思わずふっと笑みが溢れた。


「お兄さん、団子が浮かんでんだが上げていいかい?」

「おう! そこの氷水にあけてくれ。そんで黄色の団子丸めて茹でてくれるかい?」

「任しときなァ」


 手際良く団子を上げていくうさぎに感心しながら、おれは戸棚からクッキーのカンカンを取り出した。中に入ってるのは抜き型だ。花や星、ハート型なんかを選んで洗って準備する。


「そういやァ、結局何を作るんで?」


 黄色い団子を湯がきながら、不思議そうにうさぎが首を傾げた。


「あァ、言ってなかったか。フルーツポンチを作るんだよ」

「ふるーつぽんち……」

「団子と果物とサイダーで作るんだ。そっちだとラムネって言やぁわかるかい? そんでラムネのシュワシュワが苦手だった場合の冷やしぜんざいだな」

「ぜんざいはわかるんだが、フルーツポンチってのは初めて聞くねぇ。ラムネと白玉って合うのかい? しかしハイカラな響きでいいねぇ」

「合う合う。こっちじゃカフェやパーラーでパフェと並んで人気の商品だよ」

「ははは! 月にゃカフェもパーラーも無ぇからなぁ。私もこっちに住んでても行ったことねぇや」


 月の縁者であるうさぎは地の民と暮らしてはいるものの、生活様式や食文化は古き良きを愛する天の民と同じらしい。地の店で買い物はするものの、カフェやパーラー等の目新しい物にあまり冒険はしないようだった。


「私らは茶屋でみたらしと渋い緑茶、菓子処であんころ餅や上生菓子にお抹茶と口直しの塩昆布が馴染みがあるんでさぁ」

「アァ、それもいいねぇ。みたらし食いたくなってきたなァ」


 今上げている団子はうさぎに持たせるものだから、試作品以外摘めないのが残念だ。

 ぽんぽん話が弾みながらも、手は作業を止めること無く動いている。黄色い団子が全て上がり、水気を切った頃には、おれがちまちまと型抜きした果物達も用意が整っていた。


「みかんにりんごに…… これは鳳梨かい?」

「そうさ、こっちじゃパイナップルっつーんだ。他にもキウイ、苺が有りゃよかったんだが…… あぁ! さくらんぼの缶詰があったな。これ乗っけときゃァ映えるぜ」

「そういうもんかい? この果物が型抜きされてるのは何か意味があんのかい?」

「いや、特に意味はねぇよ。強いて言えばカワイイからだな。姉姫さん方が好きなんだろ? カワイイもん」

「なるほどねぇ! こりゃあこのままでも姫様方にウケそうだ」


 鼻をひくひくさせながら、心底感心したようにウンウン頷くうさぎに笑みを溢して、おれは硝子の器を取り出すと盛り付けの見本を見せることにした。


「良く見ててくれよ。なに、難しいことはなんも無い。まず器に白と黄色の団子を二つずつ入れるんだ。で、この型抜きした果物とみかんをこう、バランス良く散らしていく。最後にこの缶詰のシロップとラムネを混ぜたもんを注いでさくらんぼを乗せたら完成だ」

「お、おぉお! 簡単なのにキラキラシュワシュワしていて爽やかですねえ。こりゃ見た目も良い!」

「だろ? 同じようなモンばっか食って飽きてる姫さん方にはいいと思うぜ。冷やしぜんざいの方はあずきの上に白玉二つずつ乗っけて、みかんも二つほど乗せりゃあいい。他の果物はお好みでってとこだな」


 そうして盛り付けた二つの器をずいとうさぎに押しやると、うさぎはキョトンと首を傾げおれを見上げた。


「え、と?」

「お前さんの分だ。食ってみねぇと説明求められた時にわかんねぇだろ?」

「それもそうさね。じゃあフルーツポンチからいただきやす。 ……んっ! シュワッとして甘くて爽やかで、美味い! 果物とラムネがシュワッと来る所に団子のモチモチが合わさって、こりゃあ食感も面白ぇ! 確かにラムネと白玉合ってるよ、凄ぇやお兄さん! こっちの冷やしぜんざいも美味ぇなぁ。みかん乗せるなんて考えもつかなかった!」


 キラキラした目で見つめられて、柄にもなく照れて所在なく頬を掻いた。いやそれおれがすげぇんじゃねぇし、発案者がすげぇんだし。


「ア~、気に入ってくれたならよかったよ。フルーツポンチはもうちっと丁寧に作る方法もあるんだが、今は急ぎだからな。簡単な方で許してくれや」

「全然構わねぇさ! あぁ、これで月光の橋を渡れる! ありがとう! 本当にありがとう!」


 ペコペコ頭を下げ涙ぐむうさぎの背を、いいってことよと軽く叩く。

 そうして、善は急げで材料をそれぞれ落とさないようタッパーに詰めて、斜め掛けの保冷バッグに入れてうさぎに手渡した。


「これなら橋を渡っても落とさねぇだろう。おこぼれしてる余裕もねぇからな」

「何からなにまで本当にかたじけねぇ。この御恩は必ずや!」

「はは! 恩着せたくてやったことじゃねぇよ。ほら、早く行きな! ド肝抜けるといいな!」

「えぇ! では失礼!」


 店の引き戸を開けて外に出ると、うさぎは前脚を二度叩いて『橋をこちらへ!』と月に向かって呼びかけた。すると、シャンシャン! と鳴る鈴の音に向かって月から淡い光が降りてきて、うさぎはぴょんとそこに跳び乗ると、一度こちらに深々と頭を下げ、一目散にまん丸い月へと駆け上がって行った。


「上手くいくといいなァ。頑張れよ、うさぎ」


 おれはちんとんシャンと遠ざかって行くうさぎの背が見えなくなるまで、月光の橋を見つめ続けていた。



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