07-17
カラリと晴れた朝だった。
7月の初旬。
抜けるような青空、点々と漂う雲、表情だけは爽やかなここ最近の天気は、その見た目の印象と裏腹に殺人的な暑さで列島を襲っている。
遠くの山間に覗く入道雲はもくもくと沸き立ち、この後の豪雨を警告するとともに、太陽の熱の強さを示唆していた。
ここ最近のラジオは専らこの殺人的な暑さを取り上げるニュースばかりだ。
やれ、例年より高い気温だとか、何人が熱暴走の疑いで救急搬送だとか、そんな具合だ。
「……毎日毎日あちーんだよな。たまには太陽さんだって休むべきだ。いや休んでほしい。……いや、休みたいのは俺だ」
「なに馬鹿みたいなこと言ってるんですか、サトル殿」
助手席から甲高い声が響く。知り合い――幼馴染の親友だ。
訳あって、これから行く俺の仕事場についてくることになった。
「いや、稼働の終わったサーバ室って暑いんだよ。冷房切っちゃうから。そのくせ気密性は高いからまるで蒸し風呂」
「そんなに暑いんですか? 嫌ですねぇ……なんで稼働が終わった瞬間冷房消しちゃうんですかね。業者が入ることだって分かっているのに」
「コストを抑えたいんじゃないの。もうユーザはいないし、ほっといたら赤字を垂れ流すだけになるんだから」
「栄枯盛衰ですねぇ……かつての覇権『ノアボックス』もこうなっちゃうんですね」
「……まぁな」
「私も解約した一人ですけどね。……ヒカリさんのあの記事を見たら、誰だって」
ヒカリがその身を犠牲にミレイと「虫」を破壊した日。「ボックス」内の各地にひとつの記事が配られた。ヒカリの最初で最後のライターの仕事だ。
ある人工知能――サイカワと三号の計らいによって配信されたそれは、まさしく世界を揺るがした。
信頼して身体と未来を託していた企業の裏の顔を暴くものだったからだ。
当初は悪質な悪戯のように思われていたが、「虫」が破壊され検閲の利かなくなった世界において、その裏取りをするのは容易く、世界中からヒカリの記事の妥当性を認める声が上がった。
ノアボックスを糾弾する運動にまで発展し、ノアボックスの説明責任が問われたが――実質的トップのミレイは消えていて、それまでの粛清によって残された役員はミレイの被り物のオニヅカ ケイただ一人。言われたことを言われたとおりに話すだけの人形に碌な対応などできるわけもなく、その酷い会見の有り様に世間は一気に脱「ボックス」に傾いた。
政府による調査を皮切りに、ノアボックスはその実権を国連などの公的機関に握られていき、利益を求める営利企業としての顔を完全に失った。
ノウハウとして社内に蓄積されていた技術は公開されていき、秘密裏に開発していた人型機体の存在も明らかにされた。
そこから世界は逆転を始める。
人類は物理空間への帰還を始めたのだ。
「ボックス」のサーバに保管されている人のデータを人型機体に移し、「ボックス」から脱出、物理空間へと舞い戻る。
機械の身体なら劣悪な地球環境にも耐えられるし、何より最もシビアな食糧問題とは無縁だ。
身体を動かすエネルギーさえ確保できればよく、バッテリーを積んでいるその身体なら、太陽光発電パネルを接続して日向ぼっこでもしていれば経済的な面も含めて困ることはないわけだ。
この魅力的な選択を見過ごす者は全くおらず、富裕層から徐々に物理空間へ引っ越しし始めた。
人型機体の生産が追いつかない程度に引っ越しをする人々は増え続け、最後の「ボックス」ユーザが引っ越ししたのがつい先日。
ヒカリの記事が配信されてから、ちょうど10年の日だった。
「――で? なんでお前はついてきてんだっけ?」
「そりゃあもちろん取材のため、ですよ。かつての栄華の末路。ノスタルジーを感じるでしょう。絶対数字がとれ………過去の遺物として歴史に刻まないと」
「だからって、サーバ室を畳む作業まで見に来なくても」
「ふふん、聞いてるんですよ、サトル殿。少しおかしな基板があること」
「……お前の情報網には舌を巻くよ」
ヒカリがいなくなったあと、俺は親父の仕事を継いだ。
いつの日かヒカリに誓ったあの言葉を――電脳空間の世界を守るという誓いを守るためだ。
ヒカリがその身を挺して守ろうとした世界。けれど一番守りたかったヒカリのいなくなった世界。守る価値などあるのかと自問しながらも続けてきた。
物理空間に帰還する人が増えていく中でも黙々と仕事を続け、ようやく肩の荷が降りた頃。さて、これからどうしようかと目標を見失ったとき、一本の電話が入った。
「ボックス」のサーバ室を撤去する業者からだった。
サーバの各基板に格納されたデータを確認し、生きている人が取り残されていないことを確認しながら撤去作業を進めているらしいが、一枚、様子のおかしい基板を見つけたらしい。
格納されているデータ群をチェックすると、それらは人を形成するデータ群で、最後に「ボックス」のネットワークに接続された形跡があるのは10年前だが、死亡判定のフラグが立っているわけではないらしい。物理空間への移住の記録も見受けられず、まさしく10年前から時が止まったかのような状態、とのことだ。
そのまま処分してよいかどうか判断がつけられないため、かつて「ボックス」の保守作業を請け負っていた俺のところに話を持って来たとのことだった。
「……変な期待はするなよな。数字の取れるネタとか。できることは限られるんだから。模擬的に『ボックス』の演算を再現して『部屋』に来てもらうだけ。そこで挙動が確認できたらそのデータは生きているし、そうじゃなければ……残念だけど死亡判定するだけだ」
「わかってますって。けど現場じゃないと見つけられない発見だってあるかもしれませんし」
「さすが敏腕記者は言うことが違うな――と、ここか。今日の現場は」




