07-16
電子の織りなすその夢は人の希望となりうるか
2230年6月20日 ヤナギ ヒカリ
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人類が電脳空間への移住を始めてから、はや一世紀以上。肉の器を捨ててまで逃げ込んだこの世界は、果たして真に人類史を託す価値のあるものだろうか。
電脳空間「ボックス」。
当たり前だが、電子基板の上に成り立つ世界だ。物理空間側に分散配置されたサーバによって構築されている。
この世に完全無欠なもの――人の永遠の夢ではあるが――そんなものが存在しないことは誰もが認識している通りであるが、それはこの世界を作り上げているサーバのその中身、電子基板も例外ではない。電子基板にも寿命はある。
しかし「ボックス」に住む我々は電子基板の寿命を実感することはない。
突如隣の家の住人が、家ごと消えたことがあったであろうか。突如隣の市がまるごと機能しなくなったことがあったであろうか。
無いだろう。そんなことがあったら一大事。特大ニュースだ。そのような恐ろしいニュースを聞いたことはない。
ではなぜ、無いのだろう。
考えたことがあるだろうか。その答えを。
もし考えたことが無いのであれば、この記事を読んでいる間だけでも考えてみてほしい。知っていてほしい。
退廃の進む物理空間で、自らの生活を犠牲にしながら、この世界を維持することに人生を捧げている人達がいることを。
先に述べた通り、電子基板の寿命は永遠ではない。必ずいつかは壊れる。
従い、この世界を滞りなく、一切の機能停止をすることなく運営を続けていくためには、電子基板を新品に逐次リプレイスしていく必要がある。
そのために、「ボックス」がリリースされた時期から、物理空間に残ることを決め、「ボックス」のサーバの保守を続けている一族がいる。
半ば強引に、ある企業からそれを押し付けられたその一族は、人々のために文句も言わずその家業を続けている。
人類のほとんどが電脳空間に移住してしまった現代、崩壊していく建物、飽食とは縁もない食糧事情、過去の時代の遺物を漁り生活を紡ぐ人達。
およそ手にする新品は、「ボックス」のために作られた電子基板のみ。せっかく手にした真新しいそれだって、受け取ったその数時間後には自身の手を離れる。
幾度、逃げ出したいと思っただろう。
他の人たちと同じように電脳空間に移り住み、電子の夢に酔いしれたいと、幾度その胸を焦がしたであろう。
それでも叶わなかったその願い。
自分たちがその職務を放棄すれば、何億人もの人の人生に爆弾を残すことになる。
その思いから、歯を食いしばって、唇をかみ殺して、職務を全うしようとしている人達がいることを忘れないでほしい。
我々、電脳空間の住人の生活は、物理空間上に残した善意にあふれる人達を奴隷のように使って成り立っているということを、どうか考えてほしい。
「ボックス」が立ち上がった当初、ある一つの会社のある一人の技術者はこう提案していた。
軍需産業により先の大戦を過熱させ、世間から大バッシングをうけたのち、その暗い経歴を抹消して再興したノアボックスのオニヅカ ジロウではない。
それと敵対するオリーブのゴメンマチ ノブコだ。
「ボックス」がリリースされた翌日に発行の彼女の著書「ノアの方舟構想とその展望」にて述べられている。以下はそれの引用だ。
――
……
電脳空間への逃避は、より少ないリソースで、経済レベル・文化レベルを落とさずに人々を現在の物理空間上の地球から移住させる最も現実的な手段である。宇宙空間への移住ほど莫大なリソースを必要としないことが大きなメリットとなろう。
サーバを動かすための電力がネックになるが、それ以外にも、この手段には欠点が一つある。
サーバを恒久的に維持していくために、物理空間に残り、設備の保守をする人を残さないといけない、という点だ。
全ての人を――より快適であろう――電脳空間に移住することはかなわず、犠牲になる人をうみださなければならないのだ。
……
(中略)
……
もし、電脳空間への移住を今後の人類が生き残るための選択とするならば、私が提案するのは完全な移住ではなく、部分的な移住である。
肉体は保存処理をし、必要な時に物理空間側に戻ってこられる状態を維持したうえで、電脳空間への移住をする、ということだ。
これは先の章で述べたように、人類が物理空間を離れたことで、自浄作用により地球環境が改善した際に人類が物理空間に戻ってこられることを志向した提案でもあるが、それだけではない。
ある特定の誰かのみが物理空間に残され、設備の保守を押し付けられる状態を回避するための一手でもある。
人類の希望を紡ぐその手段において、もっとも重要な設備の保守が人権を無視した犠牲の上に成り立つのは間違っている。
それが人類のための手段であるなら、人類すべてで背負うべき責務でもある。
そこで、完全なる移住ではなく、肉体を物理空間に残すことを提案しているのだ。そうすれば例えば、駐在業務のように、数か月や数年のスパンで交代しながら保守業務を実施するなど、いくらでも方法はとりえるからだ。
……
――
いまの「ボックス」の運用形態はどうだろう。
善意につけ込み、電脳空間の住人を人質にとり、保守業務を押し付け続けている現状は果たして正しい姿であろうか。
挙句の果てに、「ボックス」により儲けた莫大な金を使い、こそこそと怪しい野望を推し進める姿は、卑しい鬼と何が異なるのであろうか。
そのような企業の運営する「ボックス」は、本当に人類の希望なのだろうか。
筆者は読者にそう問いかけたい。




