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07-14



 ざあ、と音をたてて、青々と茂る木々の葉を風が撫ぜていく。

 頭上の穴を見上げると、一枚の葉がひらりと舞っていた。それは右に左に、不規則な軌道を描いて宙を泳ぎ、最後はまだ湿り気の残る土の上にゆったりと落ちた。

 この葉は紅葉を迎えることは無く枯れるのだと、全く意味のない推測が頭の片隅によぎる。まるでこれから起こる悲劇を示唆しているように思えて、胸がきゅっと締め付けられた。


 視線を上げて、少しばかり暗さの残る空間に、青くぼんやりと浮かぶ幼馴染に顔を向ける。



 ……背、伸びたんだな。


 いや、それはわからないか。

 人型機体の背丈に合わせて立体映像が出力されているだけの気がする。


 そんな、どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。

 もっと他に話すべきことなんていくらでもあるのに。



 画面越しにしか見られなかった。見られなくなってしまった。

 同じ空間にいたのに。いたはずなのに。

 近いのに遠い――そんな存在になってしまった。

 

 何度空想したかわからない。

 あの事故がなかったらと。

 

 ずっと会いたかったヒカリ。

 それが、いま目の前にいる。

 

 飛び上がるような歓喜。

 けれどその感情に酔うことはできない。

 

 10年越しの奇跡は、今生の別れの前の――ひとときの夢だ。

 

 終わりの瞬間は刻々と迫る。


 こんなとき、何か気の利いたことが言えれば良いのだけれど、ごちゃごちゃと感情の渦巻くこの状況下でそんな機転を利かせられる自信はない。


 それでも何か話さなきゃと、真っ白な頭から出た言葉は、まさしく俺の本心そのものだった。

 ヒカリの、優しい顔が見ている。


「今更何を言っても……聞かないよな」


「…………うん。知ってるでしょ?」


「ああ、何年一緒にいたと思ってる?」


「……何年も」


「これからも、ずっと一緒だと思ってた」


「私もそうが良かった」


 聞き慣れたヒカリの声。

 端末のスピーカー越しではないことに違和感を覚える。けれど嬉しい。そして悲しい。


 互いに噛みしめるように言葉を交わす。


 いつもと変わらないトーン。 

 きっと冗長な言葉はいらない。


「………ねぇ、その指輪」


 ヒカリがこちらの左手にはめている指輪を指差した。

 その後、自身の左手を指差すようなジェスチャーをする。

 

「……ああ」


 ヒカリが何をしたいかすぐわかった。

 左手の小指から、サイズの割に線の太い指輪を外す。

 取り外した指輪を右手の親指と人差し指で持つ。


「やった。薬指ね」


 うん、わかってる。


「ああ」


 ヒカリの左手をとる。

 滑らかで、けれど冷たい金属の感触。

 

 生身では無いことを不意に思い知らされるが、そんな思考は頭の片隅に追いやって、指輪をその薬指にはめた。

 サイズが合うか心配だったが、思いの外ピッタリとはまった。

 

 ヒカリの顔が明るくなる。

 左手を顔の前にかざし、キラキラとした目で指輪を見つめている。

 

 別の世界線ではあり得たかもしれない未来。

 ひとときの夢でも見たいというのはわがままだろうか。


 指輪が青く光っている。

 

「……ふふ、指輪、貰っちゃった」


「……ゴツいけどな」


「ぶー、そういうこと言わないの」


 ヒカリは頬を膨らませて、俺の余計な一言に対して抗議する。

 何度も見た子供っぽくも、愛しい所作。

 もう、見られない。

  


 ざあ、と頭上で音が鳴る。

 風が吹いている。


「……時間だよ」


 端末から低い声がした。

 

「……行かなきゃ」


 寂しそうに目を伏せてヒカリは言う。


「……ああ」


 行ってほしくない。

 紛れもない本心だ。


 けれど、ヒカリの意志を尊重したい。

 これも本心。


 相反する思いに揺さぶられて出る言葉は、曖昧な返事。


 こんなとき、気の利いた言葉が言えたら。

 また、ふと思う。

 

 しかし、気の利いた言葉ってなんだろう。

 そんな取り繕ったような言葉、俺たちの関係性に必要だろうか。


 自問する。


 もっとまっすぐに、伝えるべき言葉があるんじゃないのか。


 その言葉はなんだ。

 俺は何を言うべきだ。

 何を伝えたいんだ。


 これで最後だ。

 最後に伝えたい言葉。伝えたい想いは――。

 

 勿論ある。伝えたい想いは自覚している。

 けれど、伝えて良いのか。今さら。

 覚悟を鈍らせたりしないだろうか。後悔させたりしないだろうか。

 これを伝えるのは自分勝手ではないだろうか。

 

 ああ、最後の最後まで、こんなにもしょうがない。

 

 喉元まで出てきている言葉。

 吐き出そうにも引っかかる。


 ヒカリの顔を見つめる。

 ぽろぽろと涙を溢すヒカリ。困ったようにくすりと笑ったあとで、目元を擦る。

 そして、満面の笑みで小さく呟く。


「……元気でね」


 最期まで、俺を気遣う言葉かよ――。

 その優しさに言葉が詰まる。

 堪えていた気持ちが溢れ出す。

 肩が震える。嗚咽が戻る。

 

「生きて」


 カチッ――。

 機械的な音とともに、周囲に暗さが戻った。


 ついぞ、伝えることはできなかった。


 膝が落ちる。

 慟哭は空に抜けた。



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