07-12
ヒカリはまっすぐと強く、サイカワを見つめて問う。
唯一の例外。
「虫」への入口を、ヒカリは持っている。持たされている。
本来、「虫」は「ボックス」の世界からは見えないし入れない。「ボックス」とは別系統のネットワークを成し、「ボックス」の外の階層からデータを監視している。
だがミレイは、自身の都合のためにヒカリの中に「虫」の「神経節」と「ボックス」をつなげる入口を作った。
「虫」の設計思想を無視した、手前勝手な改造。その無理によって生じた穴を突こうとするつもりなのだ。
たしかに入口としては機能するかもしれないけれど……侵入経路に使われたヒカリが無事でいられるのだろうか。
ヒカリの問いに、サイカワは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。そして少しの間のあと、小さく答えた。
「……それも一つの手段として思いついていた。……結論から言えば不可能ではない。むしろ、物理空間側からのアクセスを除いて、『虫』に侵入できる手段はそれしかない。もはや今のヒカリくんは『虫』そのものだからね。……だが、しかし…………」
「……私が死んじゃう?」
「……侵入を検知されて即座に隔離されるかもしれないし、侵入した瞬間に『虫』の別の『神経節』に消される可能性も否定できない。うまく侵入し『虫』を破壊できたとしても、ヒカリ君への『虫』の『神経節』の埋め込まれ方によっては、『虫』の破壊とともにヒカリ君そのものがデータ群としての塊を保てなくなる可能性がある」
「つまり、私の予想通りってことだね」
「……ミレイの話す野望は『虫』の機能をベースにしたものだった。だから『虫』さえ消えてしまえば、少なくともミレイの野望を大幅に足止めできる可能性は高い」
「……ヒカリ、やめろ」
ヒカリに声をかける。
努めて冷静さを保って。
本当は声を張り上げたいくらいだ。
この話を止めたい。
ヒカリが犠牲になるなんて容認できない。可能性すら許容したくない。そんな方法なんて議論する価値もない。
守りたい対象があって、それを守るために自分ができることを考えているのに、守りたい対象が自らを犠牲に守る側を守ろうなんて、そんな馬鹿な話があるか。
「……足止め、か。……サトルの持っている指輪は何かに使えない?」
「――そうか! 指輪に格納されている『虫』への接続権限か! ミレイの接続制限をあえて解除して、『虫』に接続させたと同時に『虫』ごと破壊してしまえば……!」
サイカワが大きな声で応えた。
幾分か興奮しているようだ。目が見開かれている。
その様を制すように、隣から落ち着いたトーンで三号が述べる。
「……あのミレイが『虫』への接続制限が解除されたことを見逃すとは思えないわ。接続された瞬間に、逆に『虫』を使って消される可能性だって……まさに『虫』を意のままに使えるようになるということでしょう?」
「……そこは僕たちの出番だろう、三号。僕たちも『虫』に接続できるということなのだから」
「……なるほどね。私たちも『虫』に接続して、『虫』の命令系統を乱せば良いわけね。……システムへの侵入と擾乱は私の得意分野だから任せて。壊す方はチヒロの方が良いでしょうね」
「……ああ、もちろん。任せてくれ。……ヒカリ君に話すのは初めてかもしれないけれど、僕はコンピュータウイルスを作るのが趣味でね。普段は絶対にできないけれど、いつかは何らかのシステムに侵入させてみて、挙動を見てみたいと思っていたんだ。最期に、それも大舞台で夢を叶えられそうで嬉しいよ」
ヒカリは少し驚いた顔をした後、くすくすと笑いながら話す。その目は明るい。
「そうだったんだ、ふふふ、随分変わった趣味だ。……私がそれを知らなかったってことはミレイちゃんもそれを知らないよね」
「ミレイちゃんはさっき、私達の会話を聞いて人型の機体を配置したって言ってたよね? ……ということは、当たり前だけど、事前に情報がないものの対策はしていないってことだよね?」
「ウイルスの話は聞いてないから、ウイルスへの対処もまだしていない。まだ一つの大きな人工知能になる前のミレイちゃんは、あくまで一個体の、人の能力を超えない範囲で作られたAIだし、事前情報のないウイルスに即座に対応できるわけがない」
「……いけそうだね。……やろう! オニヅカ家を、ミレイちゃんを止めよう!」
「――やめろ! ヒカリ!」
思わず声を荒げてしまった。
直後、怒鳴ってしまったことに対する後悔がまた襲ってくる。それに引きずられるように、奥底にしまったはずの弱い気持ちが顔を覗かせる。
ヒカリは優しい眼差しでこちらを見ている。
「やめてくれよ……ヒカリがいなくなったら、俺は……」




