07-11
しとしとと降り注ぐ雨粒は、髪を伝い、頬を伝い、そして顎先から落ちていく。
抱いた罪の意識さえも洗い流してくれたらいいのに、それは身体の熱を奪っていくだけで、心の大部分を覆う悔しさを溶かすことすらしてくれない。
「……くっ、あとたったの二時間……! どうすれば良い……何か手はないか……!」
サイカワは「部屋」の壁を右手で叩いて声を荒げている。
初対面のときに感じた気障な雰囲気は微塵もない。
「……奴の言うことがはったりの可能性は?」
「……その可能性もあるが、もし本当だったらサトル君が殺されてしまう! それだけは避けなければならない。いま物理空間で直接的に奴らを止めることのできる可能性を持っているのは君だけだし、何より指輪を持っている。僕や三号が消されるのは最悪構わない。サトル君さえ生きて、指輪を奪われなければ何とかできる」
「何を言ってるんだ! このままだとお前達も……ヒカリも消されてしまうんだぞ! それに結局遅かれ早かれ俺だっていずれ殺される。……だったら、一か八かでもいま行くべきだろう」
俺だけが生き残ってどうするというのだ。
いちばん大切な人を守れずに、消されたあとでかける命などあるのだろうか。
人類のため、という大義はあるかもしれないが、俺は――――この命をかけるとするならば、大切な人を守るためにかけたい。
サイカワは俯いている。
俺の言葉に対する返答はない。
沈黙が重い。刻々と時間は過ぎる。
「……時間がもったいない。俺はシノノメに行くぞ。おい、三号、車まで案内してくれないか」
カチ、という音とともに、目の前にあった金属製のマネキンが動き出す。
そして、先程まで「部屋」の空気を掌握していた怨敵と瓜二つの姿をその表面に映す。
「……可能な限り貴方をサポートするわ」
「……よし」
目の前のマネキンと目を合わせ、首肯したとき、端末から何度も聞いた幼馴染の声が響いた。
「待って! サトル!」
「……なんだ、ヒカリ」
「……行っちゃやだよ。……死んじゃやだよ」
「……俺だって、お前に居なくなってほしくない。そのために、行くんだ」
「やだよ……危ない目にあってほしくない」
「だったら、どうしたらいいんだよ!」
「……それは……」
言葉を詰まらせ、俯くヒカリ。
――強く言い過ぎた。ヒカリは純粋に俺の身を案じて発言しただけだ。それはわかっている。俺だって口論がしたい訳ではない。
直前の自身の発言に少し後悔する。
……けれど、これしか、俺が行くしかないのも事実だろう。
顔を覗かせた後悔の念を頭の片隅に押しやり、どうやってヒカリを説得しようかと思案していると、不意にヒカリが顔を上げた。
その目には、覚悟が宿っている。
「…………三号さんはシステムへの侵入とかが得意なんだよね」
……何を言い出すんだ、ヒカリ。
「『虫』に侵入して『虫』を壊したりできないの?」
……俺がシノノメに行く以外にミレイを止める方法、それはいまヒカリが尋ねたように、「虫」を破壊することだろう。
もちろんこの指につけている指輪を破壊することもミレイの野望を邪魔する一手にはなるだろうが、それはミレイの能力を解放し、「虫」を真に自由に使わせる可能性を閉ざすだけだ。この指輪がなくとも、都合の悪い人間を消すという傍若無人な所業を止めることはできないし、――ミレイは「虫」につながることができないからその真の価値は発揮されないが――「虫」のネットワークを使って人類を一つの脳にしてしまうという計画も止められない。
つまり、本当にミレイを止めるなら……ミレイか「虫」を殺さなければならないということだ。
……けれど、「虫」は「ボックス」のバグやウイルスを監視、排除するシステムだ。自身が壊れてしまっては元も子もないから、ウイルスも含めて外部からの侵入に対して十分な対策をしているはずで……だからこそ「ボックス」とは別系統のネットワークだったはずだ。
「ボックス」の中から侵入するポートなんかあるのだろうか。
「『虫』のファイアウォールはかなり手強いけれど、刃が立たないわけではないわ。……けれど問題は入口ね。『虫』は『ボックス』とは別のネットワーク系統にあって、直接両者が繋がるのはサーバ内の『ボックス』の外の階層だから……」
やはり「ボックス」内には侵入経路はないか……。
物理側の基板からアクセスするしか無いのだろうか。だとしたら結局サーバ室に行かなければならないということだ。
見えかけた光が残滓となって消えていく。
……やはり、俺が行くしかないか。
そう思った矢先に、ヒカリは静かに述べる。
「……例外があるよね? 『ボックス』内に入口が設けてあって、直接『ボックス』内のデータを吸い上げて『虫』に流している例外が」
「ヒカリ、お前なにを言って……」
……それってつまり――。
「私を侵入経路にはできないの?」




