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07-10



「アハハハハハハハ! あたり! 私の最終目標である一つの大きな人工知能の実現のためには、『虫』のネットワークを経由してリアルタイムに大量の情報を送ることができるか実験しなければならなかったからね」


「技術は確立していてあとは実験台を探すだけだった。……本当にちょうどよかったわ。両親も死んで、唯一の目撃者も集中治療室で意識不明。そんな好条件の個体、活用しなきゃ勿体ないじゃない」


「……この外道が……!」


 人を人とも思わぬ仕打ちに、頭が熱くなる。

 端末を握る手に力が入る。

 

 俺が意識を失っていたあのとき、ヒカリにそんなことが行われていたなんて――。

 かつてないほどの無力感を覚える。

 苛立ちを抑えられない。


 ミレイは嘲るようにケラケラと笑いながら、上ずる声で続ける。


「図ったようなタイミングで警告メッセージを送ることができたのも、私の『目』のおかげ。……警告に従って深入りしなければ、何も知らないまま生かす道もあったかもしれないのにね」


 ワカクサに出張した日の夜。

 たしかに、あのメッセージを受け取ったのは、ゴメンマチ ノブコの著書と童謡についてヒカリと会話した直後だった。

 あのタイミングの良さは、まさしくヒカリの見聞きした情報を監視していたからこそだと思うと辻褄が合う。


「ミソノのものに見せかけたパソコンをアオヤギに解析させたのも、あのtxtファイルを見せることで最後の警告とするつもりだったのだけど……その前にお喋りな人が全て話しちゃったから……かえって好奇心を煽ってしまったわね。お気の毒に」


 ……あのときあのtxtファイルに覚えた違和感――記録に残すというよりも、あえて編集できるような形にしているように見えたのはやはり、思い違いではなかったということか。

 もしあの時点で止まっていたら――違う未来を観ていただろうか。今のこの絶望的な状況とは異なる未来を。


「――だから、貴方たちのことは何もかも知っているわ。私がこの『部屋』に来る直前まで会話していた内容もね」


「笑いを堪えるのがこれほど大変なこととは思わなかった。なにもかも筒抜けなのに、まるで勝ち誇ったかのように……滑稽ね」


 ……ヒカリを通して我々の話を聞いていたのなら、()()()()()()()()()()()、もう俺達に打つ手はないだろう。

 サイカワの最後の依頼――ミレイの抹殺はいわば奇襲だ。秘密裏に行われなくてはならない類のものだ。秘密裏に行う前提であるからこそ、三号の姿をミレイに似せてあるのだ。

 しかし、その秘密でなければならない作戦が抹殺する対象に知られてしまったらどうなるか? それは当然――。 


「盗まれた人型機体は確かに貴重なものだけど、ただの一体しかないものでもない。各地から寄せ集めれば、人間一人と盗難機体一体を撃滅する程度の数は集められるわ。銃火器と一緒にね。……あと一時間もあれば十分」


「この意味がわかる? もう詰んでいるの。貴方達が目的を果たすことはもう不可能なのよ。サトル君が大急ぎでシノノメに向かったとしても二時間はかかる。その頃には数十体の人型個体の配備が完了しているわ。……シノノメに行くのは構わないわよ。蜂の巣にされるのがお望みなら」


「……クソッ…………!」


 サイカワが顔を伏せながら小さく舌打ちをする。


 もし自分が殺されると知ったなら、誰だって殺されないための対策をするだろう。

 従い、殺す側の立場にしてみれば、確実にその任務を実行するには、対策を立てられないようにすること――すなわち、対象に抹殺の気配すら気取られず、対策の時間すら与えないことが重要だ。重要だった。

 でも、知られてしまった。時間を与えてしまったのだ。


 そして、もし抹殺の対象が有力な権力者だとしたら、自身を殺そうとしている者を放っておくはずがない。ましてや、俺達は多くを知りすぎている。ミレイにとって都合の悪い真実を。


「……シノノメに行かなかったとしても、もうここまで知ってしまったのなら……生かしてはおけないわね。ヒカリちゃんも、チヒロも、私によく似た個体も……もちろんサトル君も」


「ウチが抱えている特殊部隊に拘束してもらうでも良し、『虫』で消すのでも良し。数えるくらいしかいないけれど物理空間にだってウチの人間はいるもの。人形機体に行かせるのも良い。……なんだっていいし、なんだってできるわ。そしてその指輪を後でゆっくり回収すれば良い」


「……言ったわよね? 後悔しないかって。あそこで止めておけば考えたのにね。本当に残念。サトル君もヒカリちゃんも、よく働いてくれる使える人間だったのに」

 

 ミレイの皮肉が心に刺さる。

 依頼人のためにと、努力していたつもりだったのに。与えられた最大級の評価は、人類に仇なす仕事に対するものだった。

 無念、という言葉で片付けられるほど、大人でもない。悔しさと罪の意識がごちゃ混ぜになって頭を回る。


 それを知ってか知らずか、ミレイは優しい声音で煽るように話す。


「……せめてもの情けね。私の嘘に付き合って、アオヤギやチヒロ達をあぶりだしてくれたお礼。今から二時間だけ待ってあげる」


「シノノメに死にに行くのも良し、ここで最期の時を待つのも良し。逃げる場所はないけれど、何をするのもどこに行くのも自由よ。……野暮だからヒカリちゃんの『目』の監視も切ってあげる。植え付けてあるから『虫』とのネットワーク接続を切断することはできないけれど、監視はしないでおいてあげるわ」


 パン!

 ミレイが両の手を叩く。乾いた音が端末から響く。


「――はい。それでは今から二時間ね。では良い時間を。また来るわ」


 淡々と機械的に述べ、氷の女王は「部屋」を出て行った。

 氷のような冷たさを残して。


 雨はまだ止まない。



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