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07-08



 ゴロゴロと低く唸る雷鳴。

 思いの外近くで鳴ったように感じて空を見上げた。西の空からまた分厚い雲が迫ってきている。

 

 そろそろ出ないと、本当に道が荒れてしまうかもな……。

 

 強まる雨脚に、少しばかりの焦りを覚えて思案していたら、不意に端末から声がした。



「本当に後悔しないかしら?」


 どこか棘のある問いかけ。

 氷柱で小突かれるような、冷たい印象を持った。



 ――後悔?

 なぜ、そんなことを聞く?

 というか、聞ける立場ではないはずだろう?


 どこかもやもやとした、ある種危機感にも似た、漠然とした不安感を抱きつつも、いま自分達は有利な立場にいるはずなんだと自らに言い聞かせながら答える。


「……後悔なんてしない」


「…………ふふふ。そう」


 にやにやと含みのある笑みを浮かべながら、ミレイは応えた。

 置かれた状況と不釣り合いに見えるその言動に、妙な胸騒ぎを覚える。


「……なにがおかしい」


「サトル君、もう構うのはよして、そろそろ出発しよう。大層な御託を並べたところで、実現しなければ絵にかいた餅だ。引導を渡しに行こう」


 サイカワが割って入った。

 たしかにその通りだ。もはや、議論の余地はない。


「……ああ」


 端末から目を離すその刹那――。

 ミレイの口元が大きく歪むのが見えた。

 ぞくりと冷たいものが背筋を伝う。


「……そうよね。サトル君はヒカリちゃんを守りたいのよね」


 生気の感じない無機質な言葉。

 故に、次の言葉が余計に際立つ。


「――『俺も親父とおんなじ、そっちの世界を守る仕事に就く。そしてそっちの世界ごと、ヒカリのことを守る。そうすればずっと一緒。住む世界が違ってもずっと一緒』……だったかしら」


 戦慄が走る。


 ――なぜ、その言葉を知っている――?


 10年前の誓いの言葉――。

 住む世界を奪われ、電脳空間に移住した幼馴染に向けた宣誓。

 俺とヒカリしか知らないはずなのに、なぜ、この女が知っているんだ……?


「ふふふ。いいわよね、青臭くて。今もその誓いを守ろうとしているなんて、健気なことだわ」


「……どうしてそれを……」


「さて、どうしてかしらね」


 ミレイはくすくすと小さく肩を震わせながら、仰々しく天を仰ぐ。

 アハハと短く笑ったあとで、今度はサイカワを見据えて問いかける。


「これから車でシノノメの工場に向かうのでしょう? 私を殺しに。私のデータを格納した基板をサーバから隔離するために」


 たった今話したことを――ミレイがこの「部屋」に来る前に話していたことを、なぜ知っている?


「――私達から奪った、人型の機体を使って? 私によく似た幽霊女と一緒に?」


「なぜそれを……盗んだ時のログは完璧に抹消した。物理空間でしかその姿を見せていない。お前に幽霊の容姿の話はしていない」


「盗聴器だって常に警戒していた。なのに……どうして……」


 サイカワが震えた声で呟く。

 額から一筋の汗が伝って落ちていくのが見えた。

 その様は演技をしているようには見えない。

 

 サイカワの言うことは真実だろう。

 盗んだ痕跡をあえて残す盗人はいるまい。


 それに、サイカワ達はミソノさんがその命を奪われてからずっと、ノアボックスに対する諜報活動をしていたのだ。ならば、その足を掴まれないようにするのはお手の物だろう。自身に盗聴器の類がつけられていないことを確認するのは日常の一つであるはずだ。

 ……それにもかかわらず、こちらの情報が漏れている……?

 どうやって……?


「……一体何をした」


 自分でも芸が無い台詞だと思う。

 いや思わず口から出てしまったという方が正しい。

 手の内を見透かされている恐怖――。

 頭から血の気が抜けていくような感覚を覚える。

 思考がまとまらない。


 少しだけかすれた、甲高い笑い声が響く。


「ふふふふふ……アハハハハハハハハハハッ! ……貴方達のような反抗的な人間をいくら相手にしてきたと思っているの」


「……ねぇ。…………ヒカリちゃん?」


 ……ヒカリ……?

 恐る恐る見た端末の画面。

 映る唯一の幼馴染は、俯いていた。

 

 突如空が光る。


 眩まされた目。遅れて耳を襲う轟音。

 直後の闇は、暗かった。

 


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