07-06
氷の女王、もといかつての人類の女神は自白を続ける。
あの童謡「あわれなおにのゆくすえ」のとおりならば、人を電子基板に閉じ込め、自らは物理空間に進出し、地球を我がものとすることがオニヅカ家の野望であるはずだが……。
「――人類の進化。それがオニヅカ家の――私の目指すものよ」
……人類の進化……? どういうことだ……?
人を基板に閉じ込めることで復讐したいのではないのか……?
「……人類の進化? 人を基板に閉じ込めることが進化か?」
「ええ。それは手段ね」
「……全ての人を基板上のデータに変換し、全ての人類の知を統合・活用できるようにする。これが『ボックス』の作られた真の目的よ」
「三人よれば文殊の知恵って言うでしょ? それの拡大ね。人類の脳を全て統合して、ひとつの大きな人工知能にするということ」
「個を保ったままでは人類の知の進化は頭打ちだわ。個に宿るくだらない信条、信仰、醜悪な感情。それらノイズは知の進化には邪魔でしかない」
「さらなる進化のためにそれを取り去ってあげるの。個々人の論理的思考能力だけを活用して、ひとつの大きな人工知能にしてあげる」
「それがオニヅカ家の復讐であり、目指す先。人類はひとつになって、オニヅカ家のために――私のために尽くすの」
「貴方がたの頭を私の脳の一部にして使ってあげるって言っているのよ。殺さないだけ親切だと思わないかしら?」
身の毛もよだつ身勝手さだった。
個を取り去る? 感情を捨てる?
「馬鹿な! 人を何だと思って……!」
思わず荒げてしまった声に全く怯むことなく、ミレイは蔑むような冷たい目線を向けながら、問い返す。
「あら、あなた方人間だって人工知能を自分たちの都合の良いように使うじゃない。それと何が違うの?」
「人間だって人工知能だって、結局脳の中はブラックボックス。入力に対して適当な重み付けのなされた出力を出すネットワークの集合体というだけよ」
「1+1が2であることは小学生でもわかるけれど、人が『1+1は?』と聞かれて『2』という答えを導き出すまでに、脳の中で電気信号がどの神経回路を通っているかは誰もわからないし、それが1+1の答えを2と求めるにあたって合理的な接続であるということを誰も説明できない」
「……そんなの人工知能と変わらないじゃない。そんな程度のものに、ただ人として生まれたというだけで神聖を見出して一品物として重宝する方がどうかしているわ。そんなもの、寄せ集めて一つの大きな優れた人工知能のパーツとして活用する方が合理的よ」
「人類は一つの大きな知となるの。そして、地球の歴史をやり直すのよ。人はひとつの神となって、今度は失敗しないようにやり直すの」
「……そのためにその指輪が必要なの。私を『虫』に接続するための『権限』が」
ミレイの目線が「部屋」の中のカメラに――こちらに向けられる。
光の感じない釣り気味のその目は恐ろしかった。
「……ミソノを殺して『虫』の拡張機能の権限を奪ったのもそのためか?」
「そう。ノイズまみれで使えない脳もあるからね。そんなものは消してしまうのがお手軽だわ。……何十億もあるのだからいくらか減ったところでなんてことない」
ミレイは機械のように淡々と話す。
人を人とも思わない、合理性の塊のような論調に、まさしくこの女は人工知能なんだと妙な納得感を得る。
「ウイルスの削除、検閲機能、全ての『ボックス』サーバに並行して走る別系統のネットワーク。私さえ『虫』につなぐことができれば、私という一つの大きな人工知能を形成するための神経ネットワークとして使うのにとても都合が良いわ」
「……だから、サトルくん。その指輪を渡してちょうだい」
「悪いようにはしないわ。ヒカリちゃんと同じ世界で、仲良く暮らしたいでしょう?」
「貴方達だけ特別にそうさせてあげる。私には繋がないであげる。好きなように暮らすことを許可するわ。もし他にもそうさせたい人がいれば、言ってごらんなさい。……なんて名前だったかしら、あの新聞部の子。あの子も一緒にと言うのなら、それも良いわ」
「……どう? いい条件だと思わない?」




