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06-16



 先程見た光景が脳裏によぎる。

 我が家に頭を突っ込む大型のトラック。 

 平和の崩壊。


 あれがノアボックスの意図的に起こした事象ならば――。


 かつて見た悪夢。

 あれは、夢幻の類ではなく、10年前の記憶のひとつ。血まみれの車の中から見た現実。

 小さな穴――窓から見た先に見えたものは……大型のトラック。

 ――灰色の荷室に、黄土色の立方体。


 

 そのロゴマークを、俺は知っている。

 

 シノノメで見た灰色の怪物にも、描かれていた。

 

 

 そうか。

 そうだったのか。



 ――――ヒカリのお父さんとお母さんは、ノアボックスに殺されたのか。




 辿り着く、10年越しの真実。

 ヒカリを見れば、俯き、静かに涙をこぼしている。

 

 あの事故からこれまで、どれだけ寂しい思いをしただろう。どれだけ、悲しい気持ちを押し殺したのだろう。

 幼馴染の俺ですら想像しきれない。

 そんな悲しみを植え付けた奴ら――。


 自らの野望のために、当然のように人々を騙し、真実に気付けば躊躇なく消す奴ら。

 


 腹の奥底で、沸々と黒い感情が渦巻く。

 そんな奴らに、ヒカリのお父さんとお母さんは――アオヤギ先生は――。




 サイカワは俺に言った。

 俺なら、ミレイを()()()ことができる。


「……サイカワ。ミレイの格納されている基板の物理アドレスを特定したと言ったな?」


「……サトル? 行くつもりなの?」

 

「ああ」


「でもそれは」


「わかってるよ。でも俺は……許せない」


「…………私はサトルに人殺しになってほしくない」


 人ではない……というのは屁理屈だ。

 自分を動かすためだけの強情な正当化だ。


 肉体を持たない、基板にデータ化して収められた人と、同じく基板上で作られたAIを比較したとき、そこに明確な違いがあるだろうか。

 

 事象を観測し、考え、人と会話し、行動し、喜び、悲しみ、時には怒り、日々を過ごす。

 それらが全て基板上の電気信号によってなされるのだとしたら。


 ……きっと、無い。

 現代においてAIと人の間に差はない。


 故に、今から俺がしようとしていることは、人殺しと同義だ。いくら対象がAIだとしても。いくら理由を並べたとしても、しようとしていることの本質はそれだ。

 そういう意味では……ノアボックスと、変わらないのか。手段を厭わない奴らと。



 上等だ。

 堕ちるなら墜ちるところまで堕ちてやる。



「いつの時代だって勝った方が正義。たとえ何万人殺したってね。今回はひとつのAIを止めるだけ、それで人類全てが救われるなら…………合理的な判断だと僕は思うね」


 淡々とした口調で、サイカワが述べる。

 ……はは。そういうところ、実にAIらしいな。お前らにとっては姉に当たる存在じゃないのか?


 皮肉とも感心ともつかない乾いた印象を抱いていることも知らず、サイカワは言葉を続ける。

 

「サトルくん、ありがとう。僕たちも全力で援護する。……三号、車は?」


「サトルくんの家のを拝借したわ。この林の裏手に停めてある。爆発の火が回る寸前で焦ったわ……ところで、これね? 貴方が持ってきてと言ったハンディカムは。車の中に置いてあったわ」


 家の社用車のことか?

 たしかにアサギに行ったときのハンディカムは車の中に置きっぱなしだった……。

 というかあの状況下でよく車を出せたな……身体は金属で作られているから、人よりは火災の熱に耐えられるのか?


「ありがとう、それはいずれ使う、持っててくれ」


「サトルくん。話した通り、ミレイの収められた基板はシノノメのサーバ室だ。あの工場内にある。門の開閉だったり、工場内の案内は僕に、物理的に困難な事象に遭遇した場合は三号に任せてくれ」


「そして、改めて問おう」


「僕たちの依頼、受けてくれるかな」


 答えは決まっている。

 正直なところ、人類を救うとか、そういう大きなところは実感が未だないけれど。


 ヒカリのお父さん、お母さんの敵を取る。

 ヒカリにも及ぶかもしれない魔の手を止める。


 俺を動かすのはそれで十分だ。


「……ああ、やるよ」


 ヒカリはこちらを見ている。

 涙を滲ませた、悲しみを含んだ大きな瞳で。


 ……心配するな。

 なんてことないんだ。ヒカリのためなら。


「ありがとう、サトルくん」


「早速行きましょう。いつ追手が来てもおかしくないし、この雨……道が悪くなってしまう前に出発するのが良いわ」


 サイカワの礼の言葉に続けて、三号が提案する。

 同意だ。ここからシノノメまでは山道を通る必要がある。途中で土砂崩れなんて起きたら洒落にならない。


「あぁ、行こう」



 ピンポーン。


 決意とともに、出発の言葉を述べたとき、「部屋」のチャイムが鳴った。


 誰だ?


 緊張が走る。

 サイカワ、ヒカリと目が合う。

 サイカワが静かに頷く。



「解錠」


 そう述べると、ガチャリという音がして、玄関の扉のロックが外れる。

 静かに開く扉。

 その先に立つ人物は、恐ろしいほどの美人。


「ごきげんよう、サトルくん」


 ――氷の女王、オニヅカ ミレイ。

 背中に走る冷たさはきっと、気の所為じゃない。



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