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06-14



「……オニヅカ家の野望って……?」


 ヒカリが小さな声で訪ねた。

 ……十中八九あれだろう。ヒカリもわかっていて聞いているはずだ。否定してほしくて。


「もう君たちは知っているはずだよ」


「……『あわれなおにのゆくすえ』……でもあれはオリーブの作ったただの推測じゃ……」


「残念ながら推測ではない」


「当時、ミソノのようにオニヅカ家の野望を目にした者がいてね。その人物の密告に基づいて作られたのがあの童謡だ。オニヅカ家の野望はあの童謡の歌詞のとおりなんだ」


「当時の告発者を守るためにゴメンマチ家の中でさえ緘口令をしいて、なおかつゴメンマチ ノブコに発表させたから、推測ではないと知るものはまずいないけどね」


「自分たちを徹底的に叩き潰した人類への復讐。肉体を奪い、電脳空間という箱に閉じ込め、地球を我が物にする。それが奴らの野望。『ボックス』はその野望のための道具でしかないのさ」


 ……あの童謡はまさしく、ノアボックスの野望そのものだったか。


 たしかに、アオヤギ先生の話を聞いていて、妙に思っていた。

 童謡「あわれなおにのゆくすえ」が世に出たとき、リリースから一週間程度でメディアからその童謡の話題が消えた、と先生は言っていた。オリーブの力が弱められていた、もしくは、もう「ボックス」への移住にストップをかけられないほど人類が切羽詰まっていた、とも。


 もし本当に、オリーブの力が弱くなっていたのだとしたら、そもそもリリースしたという情報をメディアに流すことすらしてくれなかったのではないだろうか。


 けど実際は一週間程度はメディアを賑わせた。

 しかも、そのアピールポイントはセンセーショナルな歌詞である、というだけだ。


 ……それだけでメディアを賑わせることができるのはおかしいと思う。


 歌がメディアに取り上げられるとき、それはかなり有名なアーティストの新しい楽曲であるとか、もしくはローカルにじわじわと人気になった無名のアーティストの楽曲である場合、が殆どではないだろうか。

 つまり、順番が違う。人気のあるアーティストの楽曲、もしくは人気になった楽曲がマスコミに取り上げられて、その歌詞に着目されることはあれど、まずマスコミが歌詞に着目して、人気になるかもわからない、作曲者もそれほど有名でない楽曲を取り上げるとは考えにくい。


 ゴメンマチ ノブコは評論家だ。評論家の出す童謡は珍しいかもしれないが、ただそれだけで楽曲が人気になる保証はない。


 いくら権力者から紹介しろと言われたって、数字が取れなければ仕方がない。無理やりねじ込んだマーケティングは却って浮いて印象が悪い。そのバッシングが向かうのはマスコミになるから、マスコミにとってはハイリスクローリターンでしかない。


 そのような状況で、一週間だけでもあの童謡が、「あわれなおにのゆくすえ」がメディアで流れた理由。

 ……そこに、歌の魅力だけではない何かが見出だせたからだろう。

 童謡としてではなく、童謡の格好をしたリーク情報――告発などの形でメディアに登場していたと考えてみると――。


 研究と構想を盗まれた挙げ句悪用までされたゴメンマチ ノブコは、ノアボックスに対して相当に思うところがあっただろう。

 そのような折にノアボックスの――オニヅカ家の野望を知る。

 告発する動機としては十分だ。


 童謡の体裁で暗喩をふんだんに織り交ぜて濁しながらも、ある企業の裏の顔としてマスコミに告発する。

 告発なんて滅多に起きるものではない。マスコミにとっては滅多にないイベントだ。それに少し想像すればどこの企業のことかすぐにわかる歌詞。数字を取るためのネタとして非常に好ましいものだったはず。

 だから、対して有名でもない作曲者、人気になるかもわからない童謡なのに、メディアに流れた。


 この童謡の不思議な点はさらに二つあった。

 作曲者の没後数十年も経ってからようやく世間一般に認知されるようになった点、誰も歌詞の全貌を知らない点だ。

 けれど、この童謡の初出が告発の形態であったなら合点がいく推論が立てられる。


 この童謡が、人気の歌としてメディアに現れ世を賑わせていたのなら、一つくらいは曲のすべてを録音した音源があっても良いはずなのに、全く記録されていなかった。

 ……それはリリース当時、歌として認知されるのではなく、リーク情報として認知されていたからではないか。ならば、歌詞に注目が行くのは自然なことで、音源や曲調が二の次になってもおかしくない。

 それが数十年たち、情報が隠蔽されて、リーク情報としての属性を失った断面で掘り起こされて、真に童謡として認知されたのではないか。



 そして、せっかく世に出た童謡が、一週間程度で世から消えた理由。もちろんそれは、ノアボックスにとって都合が悪かったからに違いない。

 ここで考えたいのは誰がそれをしたかだ。

 どんなに人類が切羽詰まっていたからって、自分たちが今後住むことになるであろう空間に関するリスクを全く無視するとは思えない。

 だとすれば、「あわれなおにのゆくすえ」がこの世から消えたのは、誰かにもみ消されたと考えるのが自然だ。

 ……しかし、それをできるものは限られる。ネットの海に出た情報を消すなんて、非常に大きな権力とリソースがなければまず不可能だ。

 真っ先に思いつくのはノアボックスだが、当時のノアボックスはベンチャー企業程度の規模しかない。大きな権力を持っているとは言い難い。


 ならば、誰がそれをしたのか。

 非常に大きな権力とリソースを持つ者――。

 言論統制とも言えるそのもみ消しをした者がいるとするならば――政府関係者が妥当と考えざるを得ない。オリーブをよく思わない、親ノアボックス派の政府関係者だ。


 ノアボックスの成立に立ち返って考えてみれば、その存在がいたことは想像に難くない。

 ノアボックスの前身は、ノア。宇宙開発を専門としながらも、先の大戦で軍需産業により儲けた会社だ。


 ノアはどうやって自ら作った武器を世界に売ったのだろうか。


 日本だって、先の大戦に参加していた。自国の中にいながら他国に武器を売り続ける民間企業を放っておくはずがないだろう。


 それでもノアが武器を売り続けることができたのは、政府関係者――特に通関をクリアするための協力があったからではないだろうか。

 兵器ないしはそれに転用されうる貨物や技術の輸出は外為法により規制される。その管轄は経済産業省。国内の産業の促進を仕事のひとつとする省庁だ。

 例えば売上の一部を渡すとか、何らかの見返りのために輸出の便宜を図るような形で大戦時にノアに協力していた経済産業省の人間やそれに関連する派閥が、時が経ち今度は電脳空間という新分野の産業を推すことで利権を得ようとしていたら――告発は邪魔でしょうがなかったに違いない。圧力をかけてでも消してしまいたいほどに。

 


 疑問を抱いていた点が繋がっていく感覚を覚える。

 先の世界大戦時から地続きで続く、裏の顔。一世紀以上も引き継がれた黒い欲望に、戦慄する。


 あの歌詞に書かれたことがノアボックスの狙いなら、それを推し進めるミレイは……。


「……ミレイはその野望の実現のために作られた?」


「……そういう形になってしまったというべきかな。生まれは違う。ミレイの経歴はもう少しだけ事情が複雑で、そして悲劇的だ」


 寂しそうな顔でサイカワは答えた。

 窓の外を仰ぐその仕草は、故人を偲ぶような印象を覚えた。



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