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06-13



「まず、伝えなければならないのは――」


「ゴメンマチ家とノアボックスの対立において、決してノアボックスも一枚岩ではなかったということさ」


 目の前の青年は、「窓」に映る木々を遠い目で見つめながら静かに話す。


「表面上はどうであれ、内心、ノアボックスのやり方に疑問を抱いている者も社内にはいたんだ。サイカワ ミソノはその一人だった。ある真実を知って以降、ゴメンマチ家とつながる内通者となる」


「ネットワーク及びそのセキュリティを専門とする技術者のミソノは、それの集大成ともいえる『ボックス』に携わることを夢見て、ノアボックスに入社した」


「そんなミソノはある日、ある業務のために『ボックス』のシステム改修履歴を調査していた際に、古いファイルを発見する。『ボックス』の開発時の設計図書だった」


「その設計図書を読んでいると、開発初期はそれほど進捗が芳しくないのに、ある時期から突如加速度的に仕様と設計が固まり、実装が進んでいることを確認した。不思議に思って、同じフォルダ内の他の資料にも目を落とすと、ゴメンマチ ノブコの名前と、『ボックス』と全く同じ設計をまとめた他社の資料を見つけた」


「『ボックス』は他社から盗んだ技術で作られたのではないか。ふと頭によぎった疑念を検証するため、ミソノはゴメンマチ ノブコと、その資料に書かれていた社名、オリーブについて調べた」


「そして、ミソノは知るんだ。ゴメンマチ ノブコの著書と童謡の歌詞、そして、ゴメンマチ家とオニヅカ家の対立の歴史をね」


「強まった疑念。誇りを持って取り組んでいた業務の裏の顔。襲ってくる虚無に抗おうと、より深い階層の社内資料に――経営層、つまりオニヅカ家の人間のみが閲覧できる資料にアクセスしたんだ。……そこで目にしたのはオニヅカ家の悲願。人類に仇なす鬼の野望だった」


「絶望だった。抱いていた希望が朽ち落ちる瞬間だった。だが同時に、怒りも覚えた。自分の好きな技術が、携わっている製品が汚されていくような感覚を覚えてね」


「……ミソノは強い女性だった。ミソノは怒りを決意に変えた。絶対にオニヅカ家の望むようにはさせないとね」


「ミソノは秘密裏にゴメンマチ家とコンタクトをとり、内通者としての任務についた。腹の中にオニヅカ家に対する敵対心を隠しながら、着々と仕事をこなして上からの信頼を得られるよう努めた」


「そして、ある程度自由に仕事ができるほど裁量を任された頃合いで、『虫』の大幅なアップデートの機会を得た。アオヤギと出会った頃だね」


「そのときにミソノは『虫』に対してこっそりと仕込みをしたんだ。オニヅカ家の野望を邪魔するための仕込みをね。監視を避けるため、あえて一番遅くまで残業したりもした」


「『虫』の権限の分割。これが、『虫』の通信プロトコル更新の背後で実行したミソノの仕込みだ。厳密には、ある特定のプログラムを実行する際の権限を分割し、それぞれに鍵を設けたうえで持ち出し、隠したのさ」


「その特定のプログラムというのが、アオヤギが消されるときに使われたもの、というわけさ。『虫』によるユーザの隔離と排除、ならびに関係ユーザの持つ情報の調整」


「『ボックス』の維持のためにバグやウイルスを排除するのが『虫』の役目だが、悪意を持って転用すれば、ユーザ……つまり人そのものをあえてバグと判定させることで、対象を意図的に隔離することも、そのデータを改変することも可能となる」


「何らかの不具合でそういう状況が偶発的にでも起きてしまった場合、ユーザに対する処置の権限がなければバグやウイルスが広がってしまう恐れがあるからね。念のために実装されてはいたが、使うための規定ならびに発動の条件付けが非常に厳しかったため、あくまで緊急用という位置付けで、幸いにもそれまで使われたことはなかった」


「ただ、ノアボックスの上層部がこれに目をつけて悪用を試みてもおかしくない、そう思った矢先、『虫』のアップデートに際して提示されたノアボックス上層部の要求の中に、当該プログラムの規定の緩和が含まれていた。発動のための条件付をいくつか外すよう要求してきたというわけさ」


「ミソノはアオヤギと一緒になってそれを拒否して一時的にその場を凌いだが、いずれ同様の要求が上層部から降ってくることは想像に難くなかった」


「自分がノアボックスに勤めているうちはいくらでもその要求を突っぱねられるが、いつ首を切られるかわからない。だからミソノは危険を犯してまで工作をしたんだ。人類のため。オニヅカ家の野望を阻止するため」


 サイカワはここまで話して一息ついた。

 ……かなり昔の映画にも似たようなプログラムがあったような……それと同じことになるのだとしたら、笑えないな。


 額を一筋の冷たい雫が伝う。

 雨によるものか、区別はつかなかった。



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