06-01
ピンポーン。
ベッドサイドに置いある携帯端末が電子音を鳴らした。「部屋」に誰かが来たようだ。
……それが誰であるかは想像に難くない。
「解錠」
淡々と応えると、携帯端末の画面は真っ白な部屋の様子を映し出し、続いて見慣れた顔が扉を開けた様子を映す。
「おはよう、サトル! ちゃんと起きてたんだね、偉い偉い。朝ご飯ちゃんと食べた?」
「……オカンかおのれは。食べたよ」
アオヤギ先生の居室に訪ねた翌日。
時刻は朝の8時。
昨日、アオヤギ先生に電脳空間「ボックス」の裏の歴史について教えてもらった。
そして、ミレイのお母さん――ミソノさんの行方を追うために、「ボックス」ないしはそれを運営するノアボックスに関連する情報を探ることとし、ヒカリの父母の遺品を探ることとしたわけだ。
善は急げ、ではないが、だらだらと先延ばしにする意味もない。早速今朝から探してみようと普段の日曜日よりは少し早めに起床した。
人から褒められるほど早いわけでもないが、朝飯を――目玉焼きだけとは言え――作って食べたのは我ながらよく面倒くさがらなかったとは思う。
「……なにか見つかるかな」
「……どうだろう。10年前の事故の後と、ヒカリの家を取り壊すときにそれなりにどんなものが遺っているかは確認したけれど……そういう目では見てないからな」
そういう目、というのはヒカリの父母がノアボックスに対する諜報活動を行なっていたという点を踏まえた見方、という意味だ。
あくまで幼馴染の親御さんの遺されたものとしてしか見ていないから、表面の汚れを落とすなど外観上の見た目をきれいにしておく程度の配慮はすれど、ヒカリから頼まれない限り中身を検めてプライベートな領域まで踏み込むようなことはしていない。
ましてや諜報活動をしているなんて知らないから、極秘の機密情報が隠されているかも、なんて発想すらも無かった。
だからこそいま、その前提情報が頭に入った状態で改めて遺品を見てみれば、何かしらの発見がある可能性は否定できない。
「……改めて聞くけど、箱とかあったら開けて中身を見ても大丈夫なんだな? 嫌だったら遠慮なく言ってくれな。……まぁ、開ける前に都度聞くけど」
「うん、大丈夫。どんどん開けちゃって」
結構あっけらかんとしてるのな。
……いや、知ってるけど。
「わかった。よし、じゃあ早速ガレージ行くか」
――――――
数日ぶりのガレージ。アサギふれあい広場への遠征のためにハンディカムを探しに来たとき以来だ。
たかだか数日だというのに、随分と久しぶりに来たような錯覚を覚える。前回ここに来てから新たに得た情報の密度が濃かったためであろうか。
埃っぽいのは相変わらずだが、ワカクサの図書館よりはマシだ。むせ返るようなムッとした塵埃の圧はない。
ガレージの入口のすぐ脇にあるスイッチを押して、灯りをつける。
車を出し入れするためのシャッターを開ければ光は取り入れられるが、ヒカリの父母の遺品はガレージの奥まった部分の一角に専用のスペースを設けて保存してあるので、探しものをするのに適当な光量は届かない。紫外線による劣化を防ぐため、あえて奥まったところに置いている節もある。
灯りの付いたガレージの中は幾分か埃っぽさが緩和されたような印象を受けた。
足元に気をつけながら――ときどき自らのがさつさ故に物が転がっていることがあるから――奥に進み、ヒカリの父母の遺品を並べている棚の前まで来た。
「久々に見たなぁ、それ」
携帯端末から昔を懐かしむように小さく呟く声が聞こえた。
「……どれ?」
「……棚の二段目の右側に掛けてあるお守り」
「あ、これ?」
「そう、それ」
その木製の棚、右側の端にねじ込みされたフックに、赤色のお守りが掛けられていた。
赤地の布製のそれは手のひらよりも一回り小さい縦長の形をしていて、白色の刺繍で交通安全と書いてある。
巾着のように上の方が絞られていて、その部分から伸びている紐によってフックに掛けられていた格好だ。
「お母さんがいつもつけときなさいってくれたんだよね、それ。交通安全って、私たちくらいしか車持ってないのに交通事故になんてあうのって思ったけど」
……たしかに。
というか、どこから貰ってきたんだろう。
神社仏閣の類は建物として残ってはいるけれど、宮司は不在の場合が殆どで、故にお守りを入手できるところなんてまず遭遇できないはずなのに。
「ひいおじいちゃんが若いときからずっと持っているものだから大事にしなさいって言ってたなぁ」
なるほど、そのお守りをヤナギ家が手に入れたのは「ボックス」への移住が始まってきたあたりってことか。とすればまだそのくらいの時期は物理空間にも人は沢山住んでいたし、お守りを手に入れることのできる神社仏閣もあったはずだ。
「……だけどおかしいなぁ。なんでそんなにキレイな状態なんだろう」
「あのときもこれ、着けてたのか?」
「うん。常に着けとけって言われてたからあの日も着けてたと思うんだよなぁ」
……ヒカリの言うことが真実なら、たしかにこのお守りは妙だ。
なぜ、血の跡が無いのだろう。
赤地の布でできているために血の跡が目立ってないだけで、実は付着している可能性もなくはないが、そうだとして、なぜ白色の刺繍の部分には全く血の跡が無いのだろう。
経年的な色の劣化はあれど、赤色、茶色ないしは黒色の、血の跡と思われるような付着物は刺繍の部分には全く認められない。
「……親父がキレイにしたのかな…………いや、それは難しいよな。染みてしまった血を全く跡を残さず染み抜きするなんて。そうする頃には時間が経って血が固まっていただろうし、というかお守りを洗濯するって」
「そうだよね。けど着けてたのはそれのはずなんだけどなぁ……。まぁ、いいか! ノアボックスへの関連はなさそうだから、とりあえず置いといて、他のものをよく見てみよう!」
妙な引っ掛かりを覚えたままではあるが、ヒカリの言うとおり、今の目的はノアボックスに関連しそうな情報を探すことだ。
「……わかった。じゃあ棚の一段目の右から順に一個ずつ棚からおろして見ていこう」




