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02-01



「そう、今日のクライアントは! 工学部のマドンナ! ミレイちゃんです!」


 ヒカリは部室の入り口に佇むその美人を手招きして、自身の隣の席への着座を促しながら、そう言った。

 マドンナと言われたその人はヒカリに促されるまま、閑古鳥が鳴くこの部室には不釣り合いなほど立派な応接セットの一つに腰かけた。

 ヒカリの隣、一番入り口側に近い席に腰かけた彼女は、ヒカリと俺――ヒカリの正面に置かれた携帯端末の画面――に向かって会釈する。


「工学部3年のミレイです。よろしくお願いします」


 透き通った声。だが少しハスキーかかってもいる。


 こうやって話すのは初めてだが、噂には聞いていた。エラい美人がいると。

 情報源はヒカリ。けど俺は見る機会がなかった。

 講義のときはバーチャルカメラの画角の中にいる人しかその姿を見ることができないし、講義以外の時間は自身の足では構内を歩けないし。ヒカリとテレビ電話しているときしか、構内の様子を窺い知ることができない。



 しかしまぁ、噂に尾ひれは付き物と言うけれど、こと彼女については尾ひれが小さすぎる、むしろ付いていない。

 きっと、容姿端麗という言葉はこういう人のために使うものであろう。なるほど、マドンナと呼ばれるのも頷ける。


 胸のあたりまで伸びた髪は、絹糸のように滑らかで、漆のように黒い。白いワンピースによく映える。

 整った鼻筋。比較的薄めの唇はグロスでも塗っているのか、艶めかしく光っている。

 大きくも少し釣り上がり気味の目は、人形のようにぱっちりと開いたまつ毛を携えて、こちらを見ている。

 目線は力強く、纏う空気は冷たく凛としていて、仄かに畏怖の念すら抱かせるような風格があった。

 ……なにこの人、本当に同じ学年? 貫禄が違いすぎない? まるでどこかの王女のような……



 王女は続けざまに声を発する。


「ヒカリさんと……貴方が噂のサトルさんね」


「よろしくね。てか、ヒカリさんだなんて。ヒカリでいいよ!」


「あぁ、俺もサトルで良い。……ん?噂の?」


 直前に気になる単語が耳に入った気がしたので思わず聞き返した。


「……少し照れくさいから、ヒカリちゃんとサトルくん、にするわ。そう、()()サトルくん」


 聞き間違いじゃなかった。


「噂になるようなことをした記憶がないんですが……あぁ、そっちの住人じゃないからか?」


 思いついた理由を述べてみる。

 先述のとおり、物理空間から通う学生は決して多くない。珍しいものは目立ってもそうおかしくはないだろう。噂になるようなほどでもないとは思うけど。


「それもあるけれど……主な要因は違うわ。ヒカリちゃんよ」


「え? ヒカリ?」

「え? わたし?」


 ヒカリと声が重なった。


「……ふふ、本当に仲が良いのね」


 そりゃあ幼馴染だからな。仲の良さは否定しない。


「それは否定しないが……しかし、ヒカリが噂の要因ってどういうことだ?」


「だってこんなに可愛くて人気な子を独り占めしているのですもの。どんな男かと気になるのが人間の性ではなくて?」


 あ、そういう……ね。

 いや、独り占め……しているつもりはないけど実質そう見えているのかな。ヒカリが男の紹介とか付き合いとか苦手な割にずっと俺とつるんでいるから。


 ヒカリは優しいからな。ほっとくと俺が友達も作ることができずにひとりぼっちになってしまうのを案じて、一緒にいてくれているのだろうと認識している。

 この「手助けクラブ」を立ち上げたのだって、物理空間に住む俺が電脳空間の部活に入るのはハードルが高いから、というのがきっかけだし。

 物理空間に住んでいるからこそできること、人の助けになれることがあるかもしれないって提案してくれて。


 ……改めて思うと世話になりっぱなしだな。独り占めは独り占めだけど、もはや介護の域じゃないか? 

 とたんに申し訳なくなってきた。


 そんな思考をよそに、隣のヒカリが顔を赤くしてもじもじしながら答える。


「そ、そんな可愛いだなんて。えへへ、とってもキレイなミレイちゃんに言われると照れちゃうなぁ、えへえへ」


「ふふ、事実を述べたまでよ。人気ってところも事実よ、ね? サトルくん」


 悶えているヒカリを横目に、微笑みながらミレイが話しかけてきた。


「あぁ、そのとおりだ。よく知ってるな。毎度連絡先聞かれて、そのたびに断るのが大変なんだぞ、ヒカリ」


「ごめんね、いつもありがと。メッセージのやりとりとかあんまり得意じゃないからさぁ……」


 ヒカリは両手を顔の前で合わせて、申し訳なさそうにこちらを見ている。

 メッセージのやり取りくらいしてあげてもいいじゃないかとも思うけど、本人はそれすらも気乗りしないようだ。


 これを見ていたミレイがじっとりと見透かすような目でヒカリを見ながら問いかける。


「断り続けている理由は本当にそれだけかしら? ……ね? ヒカリちゃん?」


「ナッ! ナンノコトカナ! サッパリダナ!」


 ヒカリは、ミレイの言葉にびくっと身体を震わせたかと思うと、ピンと背筋を伸ばしながら叫ぶように答えた。半分裏声だ。顔も赤い。

 ミレイはくすくすと笑っている。


 ……? ほかに何か断る理由があるのか?


「わ、わたしのことはもういいから!ミレイちゃんのお願いについてお話ししようよ!」


 その場を取り繕うようにヒカリが提案する。


 ヒカリが断り続けている理由が気になるけれど……ヒカリは本当に助けが必要な時は言ってくれるからな。この場で無理に聞き出すことではないだろう。


 ミレイは相変わらず悪戯な笑みを浮かべている。


「……あら、もう少しこの件掘り下げてもよかったのだけど。また今度のお楽しみね。」

「けどそうね、いつまでも時間をとってしまうのも申し訳ないしね。」


 ミレイはそう言うと、すっと姿勢を正した。

 これまでの会話の中でじわりと現れてきていた柔らかな雰囲気はどこへやら。

 部室へ入ってきたときの凛とした空気が再びその身を包んでいく。


 ヒカリと俺を見据えて静かに話す。

 その空気の変わりように、俺とヒカリも思わず背筋が伸びた。


「今日、私がここに来たのはね、私がしたいことを手伝ってほしかったからなの」


 したいこと。

 はて、なんだろう。俺たちの手に負えるものであればよいけど……



「それはね。――――物理空間に行くことなの」



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